エピローグ:後編
締め切った部室の中。
ジョカンは一人、映画を観ている。
タイトルは、『少女と不死の猫』。
「ウーム……」
この映画を見返すのは、これで七度目であった。
エンディングロールが画面に流れて、
「ふうむ……」
と、嘆息する。
そしてもう一度、とあるチャプターを指定して、再生。
気になっているのは、とある箇所だ。
物語中盤。
少女と、”死なない猫”の暮らしを描いたシーン。
”猫”の視点で、ぴょんと”ヒロイン役”の、有坂絵里に飛びかかるカットがある。
そのカットが、どうにも気に食わないのだ。
――ほんの少し、カメラを起こすのが遅かった。それで間抜けに見えるんだ。
この時、想定していない笑い声が、観客席から漏れていたのを、ジョカンは聞き逃さなかった。
このカットを撮影する際、カメラを持っていたのは他ならぬジョカン自身である。
「ウームムム……」
許されるならば、そこだけ撮り直ししたいほどだ。
今回、実際にはそこにいないはずの”猫”を表現するために、ずいぶんと苦労させられている。
”不死の猫”は、その性質上、外注によるコンピュータ・グラフィックスを使って、映画の中に登場させていた。だが、”猫”が登場するカット全てに特殊効果を使えるほど、”映画部”に予算や時間がある訳ではない。それ故、様々な趣向を凝らして、実際には存在しない”猫”を表現することにしていた。
例えば、ライトに照らされた影を猫に見立てたり、カメラそのものを”猫の視点”に見立てて撮影したり、だ。
直接”不死の猫”という奇妙な生き物をカメラに映すばかりが、映画の面白さではない。……というのは、カントクの弁。
優れたモンスター映画の中には、怪物の外見を直接描写することなしに、視聴者にその存在感を印象づける技法を使っているものがある。これは、それに似た演出と言えるだろう。
「なにやってんの?」
ふいに声をかけてきた少女がいる。――カントクだ。
「お、おう」
ジョカンは、慌てて「停止」ボタンを押そうとしたが、
「ああ、そのカット? 確かにちょっと変になっちゃったわね」
カントクはひと目でこちらが気にしていることを見抜いた。
「ウム……」
渋々、ジョカンは頷く。
「そこ、編集でも気づいてて、うまく処理しようとは思ったんだけど。……完全にごまかすことはできなかったわねー」
「正直、ここだけ撮り直したいんだが」
すると、カントクは肩をすくめて笑った。
「はっ、バカ言わないで。『E.T.』じゃあるまいし。なんだったら次は、武器を全部トランシーバーにCG合成してみる? ……一度上映された作品は、そう簡単に手を加えてはいけないものよ、ジョカン」
「そう、かも知れんが……」
「そんなことに時間をかけるくらいなら、次作に力を注がなくちゃ。それこそが視聴者の求めていることなんだから」
これは、つい最近知ったことだが。
――彼女の作品は”中央”の映画ファンの間でも高く評価されているという。
努力と情熱が、しっかりと結果に結びついている。これは常あることではなかった。
「君は、――すごいな」
ジョカンが素直に言う。
「でしょー?」
少女は謙遜しない。
わかっている。そういうところも含めて、彼女はカントクなのだ。
そういうところも含めて、……彼女を好きになったのである。
「ふわぁ~あっ!」
少女は、口の中が覗き見えるほどに大きな欠伸をして、
「まだねむい」
と、言った。
「ここんとこ徹夜続きだったからな。今日はたくさん寝ればいいさ」
「言われなくても、もちろんそうするわ」
――口の減らないやつだ。
「……なあ。ところで、新作の構想はもう練ってあるのか?」
「もちろんっ」
カントクは唐突に元気を取り戻して、身を乗り出した。
「やりたい企画はねー。まだまだ頭の中に、ゴマンと眠っているのよ」
「ちなみに、……俺はまた、それに関わっていいのか?」
さりげなく、訊ねてみる。
画面には、例の失敗したシーンが映っていた。
「とうぜんじゃない。なんで?」
「いや……」
ジョカンは目をそらす。
「最初に言ったでしょ。あたしの”映画”、見せてあげるって。まだまだ、半分も”見た”ことになってないわ。今回ジョカンは途中参加だったでしょ? 次からは、企画段階から関わってもらうからねっ」
「そうか……」
そのとき。
ふいに。
「そりゃ、楽しみだ」
マキナ・ドゥームズデイとの約束を破りそうになって。
自分の中の感情を誤魔化すように、ジョカンは言葉を継ぐ。
「……で? 次はどういう映画を撮るつもりなんだ?」
するとカントクは、機嫌よく語り始めた。
「それはね、――」
了
終わるセカイの過ごし方 ~終末にはすてきなシネマを~ 蒼蟲夕也 @aomushi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます