エピローグ
エピローグ:前編
静まり返る館内。
スクリーンの前で。
「ねえ、“映画部”さん。私、ずっと気になってたんだけれど」
隣席に座る”園長先生”が、何気なく口を開いた。
「なんです?」
「今回の映画って、どんなお話なの?」
「それはまあ、……観てのお楽しみ、ってことで」
すると”園長先生”は、ぷぅと唇を尖らせる。見た目的にはほとんど十代の娘と変わりないとはいえ、とても年長者とは思えない仕草だ。
「だってだって、私にだけ内緒にされてるみたいなのよ」
「そうなんですか?」
一瞬、ジョカンとカントクは目を見合わせる。
「ええ。私、“映画部”の新作はいつも愉しみにしているのに、みんなその話になると、へんに私を避けようとするの。なんでかしらね」
“園長先生”の言葉に、ネタバレ厳禁が信条のカントクも、少し苦い表情を作った。
「別に箝口令を敷いたわけじゃなかったんだけど。きっとみんな、必要以上に気を遣ったんだわ」
「ねえ、せめてどういうジャンルなのかだけでも教えてよ。ふつう、どんな映画だって、それくらいはわかって観るものでしょう?」
カントクは、「うーん」と少しだけ唸ったあと、
「それじゃ、ジャンルだけ」
渋々頷く。
すると”園長先生”は、年頃の娘のように目を輝かせた。
「今回の映画は、――」
「ふむふむ?」
「”終末もの”よ」
すると、“園長先生”は満足そうに顔をほころばせて、
「いいわね。少しありふれてるけど、――私の好きなテーマだわ」
そう言った。
そこでチャイムが鳴り響く。
映画が始まるのだ。
騒然としていた室内が、さっと静まり返る。
照明が落ちた。
スクリーンに映像が投影されて。
タイトルロゴが表示される。
シンプルなフォントで、
――『少女と不死の猫』
という文字。
主演の有坂絵里や、脚本、監督の名前が、しっとりとしたBGMと共に画面に表示されていく。
背景に映っているのは、人気のない21世紀初頭の町並み。
動きは少ないが、退屈な画面ではない。
二十年以上前、そこに人々が息づいていたということ。
それが、観ている者にも伝わるのだ。
――『助監督 一条完太郎』
テロップが表示され、心臓がわずかに高鳴る。
それはまるで、始めて映画を観たあの時のようで。
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これは、とある少女の物語である。
年は十六。名は明かされないが、美しい娘だ。
山奥の豪邸で、人知れず暮らしている彼女の素性は、尋常の者ではない。
彼女は、とある”財団”に雇われた構成員にして、――殺し屋なのだ。
少女は、”財団”から依頼される様々な仕事をこなしながらも、猫のように気ままに生きていた。
――どうせ、不要と判断されれば、捨てられる身の上である。
短い命とわかっているならば、自由に生きていたい。
それが彼女の望みであった。
▼
ある日のこと。
少女の元へ、奇妙な指令が下される。
それは、
――とある猫の面倒をみること。
であった。
不審に思った少女は、”財団”の職員に問いただす。
それは本当に、自分がすべき仕事なのか、と。
だが、猫の詳しい情報を知るにつれ、彼女も納得せざるをえなくなった。
報告が真実であるならば、……その猫は、不死の存在であるという。
”財団”は、こういう人知の及ばぬ不可思議な動物、もの、現象などを密かに管理し、公にならないよう秘匿することを目的とした組織なのだ。
例えばそれは、死人を蘇らせるウイルスであったり。
例えばそれは、生き物を巨大化させる薬であったり。
例えばそれは、異常に知能が発達した、奇妙な生き物の群れであったりした。
”死なない猫”も、そんな”財団”が管理する不思議な生き物のうちの一匹である。
少女は、殺し屋としての腕、それに”財団”構成員としての生真面目さを買われて、今回の仕事を割り当てられたらしい。
▼
そして、少女と”死なない猫”が対面する日が訪れる。
頑丈なケージの中で、暴れまわる猫。
その開き戸が開けられた、次の瞬間である。
猫は、近くの”財団”職員数名を噛み殺し、猛烈な勢いで飛び出した。
そんな荒れ狂う不死の猫を、一刀の元に斬り捨てる少女。
”殺し屋”としての彼女は、日本刀の使い手なのである。
真っ二つに両断された猫。
返り血を浴びる少女。確かに息の音を止めたと、……そう思った、次の瞬間。
二つの身体がずるずると地面を這いずり、一つになっていく。
肉体の再生が始まったのだ。
数分もせずに、猫は息を吹き返し始めた。
”死なない猫”という異名は、伊達ではないらしい。
なるほど危険な仕事だった。だが、それに見合って、報酬は大きい。
結局、少女は欲に負け、猫との共同生活を送ることにするのだった。
▼
”死なない猫”には、奇妙な習性があった。
一度ターゲットにした獲物は、どのような障害があっても、必ず自分の手でとどめを刺さないと気が済まないのである。
猫は少女の周りをつきまとい、常に彼女の命を狙った。
寝ている時も。
風呂に入っている時も。
そのたび、猫は返り討ちにあう。
苦しみ、悶え、血をまき散らしながら、……幾度も幾度も、幾度も幾度も幾度も、息の根を止めては、また生き返り続ける、”死なない猫”。
猫を殺すことは、達人級の腕前を持つ少女にとって、赤子の手をひねるように容易い行為であった。
新たな発見もあった。
猫は、命を奪われるたび、息を吹き返すまでの時間が長くなるらしい。
都合のいいことに、今では、一度殺せば再び猫が動けるようになるまで、半日以上の時間がかかっていた。
そんな日々を簡単なレポートにまとめるだけで、少女の預金残高はみるみるうちに増えていく。
少女は幸せだった。
――”死なない猫”には、いつまでも家にいてほしい。
心からそう思うのだった。
▼
そんな、ある日のこと。
久しぶりに回ってきた殺しの仕事を果たすため、とあるビルへ侵入すると、奇妙なできごとが起こっていた。
少女が手を下す前に、ターゲットとされる者たちが全滅していたのである。
どうやら犯人は”死なない猫”のようだ。
少女の作戦は、最初から敵に筒抜けであった。
猫は、少女の敵となる者を事前に察知し、先回りしていたらしい。
言葉の通じない猫のこと、なぜそのような真似をしたのかはわからない。
その時である。
ビル全体を、轟音と破壊が襲ったのは。
事前に爆弾が仕掛けられていたのだ。
倒壊していくビル。
少女は逃げ切ることができない。
▼
崩れ落ちたビルを、とある”財団”の職員が調査している。
”死なない猫”の件で、時折少女と連絡を取っていた男、――それが彼である。
彼は”死なない猫”を探していた。猫は、少女と共にこの場所で消息を断っている。”財団”としても、このままあの猫を放置しておく訳にはいかない。
だが、瓦礫の山から現れたのは、猫ではなかった。
用済みとなり、罠にかけられて殉職したはずの少女であったのである。
ボロボロの身体で立ち上がった彼女は、猫の死体を抱えながら、一人、涙を流す。
「こんなに辛い想いを。……まるで、自分が”透明”になって、世界から切り離されてしまったみたいな想いを、――ずっと抱えて、この子は生きていたのね……」
▼
その後、少女は”財団”職員を拉致し、洗いざらい話を訊くことにした。
幸い、その職員は少女に同情しており、必要な情報はなんでも話してくれる。
「君と”死なない猫”との生活は、――とある実験の一貫だったらしい」
少女は、幾度となく”死なない猫”を殺してきた。
そのたびに彼女は、猫の血を浴び、不死の命を吸い取っていたのだという。
それはまるで、花粉を受けて、種が芽吹くように。
少女にも”不死”という特性が、移り始めていたのだ。
そして、”財団”の上層部は、ついにこう判断した。
――本格的な“不死”となる前に、少女を始末すること。
だが、”財団”の判断は遅すぎた。
少女はすでに、不死の力を受け継いでいたのだ。
いつの間にか姿を消していた猫の後を追って、少女が自宅に戻ると、そこにあったのは、大量の“財団”職員の死体と、八つ裂きにされた猫の姿であった。
どうやら猫は、少女の家を守ってくれていたらしい。
そうして初めて、少女は、”死なない猫”の真意に気づく。
――猫はただ、仲間が欲しかったのだ。自分と同じ、不死の仲間が。
なんという、ひねくれ、捻じ曲げられた友情だろう。
……それでも。
不死の力を共有できるのは、少女のような者でしかありえなかったのだ。
その時少女の胸に、とある決意が生まれる。
彼女と、”猫”の身体に染み付いた”不死”という呪い。
この呪いを解く必要がある、と。
“財団”職員の手を借りて、少女はある情報を手に入れる。
”財団”保有のアイテムに、”不幸”を管理するとされる箱があるらしい。
――その箱は、通称”パンドラの箱”と呼ばれていた。
“パンドラの箱”は、”財団”の施設内で厳重に保管されているという。
もし、”不死”の連鎖を解きたいのであれば、”箱”の力を使えばいい。
だが、……少しでも”箱”の使い方を誤れば、ありとあらゆる不幸と絶望が吐き出され、世界は破滅してしまうという。
少女は独白する。
「あの子のためなら、地獄に堕ちたって構わない。たとえ……」
この世界が、終わってしまうとしても。
戦い疲れ、気を失ったままの猫をケージに入れた少女は、住み慣れた家を後にする。
▼
最後の戦いの火蓋が、切って落とされた。
少女は剣を振るい、”財団”の戦闘員を次々と斬り捨てていく。
廃校の奥にひっそりと置かれている、”パンドラの箱”を開くために。
不死となった彼女を妨げるものは、もはや存在しない。
非戦闘員である”財団”研究員から浴びせられる罵声。
「たった一匹の猫と小娘の人生と引き換えに、世界が滅ぼされていいはずがない!」
だが、少女は怯まなかった。
元より彼女は、猫のように気ままな性格なのである。
少女はついに、“パンドラの箱”へとたどり着く。
そこで少女が見たのは、――完全に蓋が開かれた、”箱”の姿であった。
“箱”を手にして、猫と、そして自分にかけられた不死の呪いの解除を願う少女。
だが、”箱”はすでに、力を使い果たしていた。
何者かの手により、既に”パンドラの箱”は開かれていたのだ。
いったい、いつから? だれが、なんのために?
いくら調べてみても、結論はでない。
確かなのは、――世界にはすでに、無数の不幸がばら撒かれていた、ということ。
とある場所では、“ゾンビ病”が発生し、
とある場所では、天を覆うように巨大な”怪獣”が産まれ、
とある場所では、戦争が激化し、数多くの無辜の民が虐殺されていった。
失意にのまれながら、少女は“財団”の施設を後にする。
持ってきたケージを開く。そこには、”不死の猫”がいるはずだった。
だが、そこにいるはずの猫の姿はどこにもいない。
まるで掻き消えたように、”猫”は消滅していた。
どうやら、”猫”だけは、“パンドラの箱”の力に救われたらしい。
最後の最後で、死ぬことを許されたのだ。
少女は、世界にたった一人だけ残された”不死”として、むせび泣くしかなかった。
▼
早晩、”財団”という組織は消失する。
その責任を負うものは、影も形もなく。
地獄の釜の蓋は、とうの昔に開かれていたのだ。
オレンジ色に照らされる旧市街。
人気のない商店。
強くない風が吹き抜けて、木々を揺れる様。
――“終わってしまった世界”の風景。
全てはやがて、消え行く運命にあるのだろう。
最後に、
「この作品を、私たちの”園長先生”に捧げる」
というテロップが出て。
END
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