その7

「始めるぞ」


 まずプリスキンが取り出したのは、四つの単三電池である。


「それは?」

「動力だ」

「ただの電池が?」


 それには応えず、プリスキンは丁寧に人形を取り出し、その背に電池をはめた。


「これで、少ししたら動き出す」


 ジョカンはまんじりともせず、その人形を見つめる。


 ――これで、やっぱりウソでしたー、やーい騙されてやんのーバーカバーカアーホ、……みたいなオチだったら、片っ端からここの連中の足を撃ってやる。


 そんな暴力的な空想を弄んでいると、


『あ、――、――うああ、ごほ、ごほ、……』


 木彫の人形が、がくがくと動き始めた。


『うー、げほげほ。あー、ああああああ……よし』


 その人間味の有り過ぎる仕草に、まず腹話術を疑う。

 だが、プリスキンが何かしている様子はない。


『望みを言うのは、お前か?』


 こちらを向いた木彫の顔が、訝しげに歪んだ。。もうこの時点で、尋常ではない出来事が起こっているのがわかる。


「む。いや、俺ではない」

『じゃあ、……お前か』


 “機械じかけの神デウス・エクス・マキナ”の視線は、隣のプリスキンへと向く。


「そうだ」

『やれやれ。強欲な肉袋め。また望みを言いに来たのか』

「言っておくが。前回、俺はあんなものを望んだ覚えはない」

『そうか? 個人的には、かなりうまくやったつもりだが』

「しかし、あの一件でお前のやり口はわかった」

『己はいつだって、最良の方法を選んでいるつもりだがね』


 プリスキンはあからさまに不機嫌そうに、


「……まあ、いい。望みを言うぞ」

『どうぞ~』

「人類の文明を、――2014年のレベルにまで戻してくれ。”人類の天敵”などなく、全ての物事に道理が通っていたあの時代に。……どうだ?」


 プリスキンによると、前回は「食料品が欲しい」という曖昧な望みを言ったが故に、妙なキノコが大発生するような結果に終わったのだという。

 その失敗を活かしてか、今度は明確な基準を設けた訳だ。


 ――2014年、か。


 ”ゾンビ”が発生する以前。“怪獣”が街を壊す前。”地獄の釜の蓋が開く”前。

 世界中に、様々な文化・文明が息づいていた、最後の年だ。

 財布の中にある、亡くなった両親の写真を思い出す。

 あれも確か、2014年に撮られたものだった。


『ふむ』


 人形が興味深げに頷いて、眠るように瞼を閉じる。

 それきり、ピタリとその動きを止めた。

 聞こえてくるのは、カシャカシャ、ギギギ、という、古いパソコンがデータを読み込んでいるような異音だけ。


「本当に、こんなんでうまくいくのか?」

「わからん。だが資料には、『無から有を創りだす力を持ち、その力に際限はない』とある」


 ジョカンは妙な表情を作った。


 ――なぜだろう。


 この人形の力が底知れないとわかるほどに、不安が大きくなっていくのは。

 そもそも、当時の”財団”は、何故この人形を保管するだけに留めておいたのか。


「せめて、何らかの成果があってくれないと困る。今晩には、大人がみんな帰ってくる予定だからな」


 そんなプリスキンの事情を知ってか知らずか、人形はゆっくりと目を開いた。


『よし。わかった。少し骨が折れそうだが』


 あっさりと言ってのける人形に、驚きを禁じ得ない。


「具体的に、」


 どうやるつもりだ? と、ジョカンが訊ね終える前に、


『では、まずこの指を見ろ』


 “機械じかけの神デウス・エクス・マキナ”は、人差し指を立てて見せた。


「指?」

『そうだ』


 プリスキンが不思議そうな表情を作る。

 その、次の一瞬。

 ジョカンは、人形の指先が金色に煌めくのを見た。


『――神ビーム』


「は?」


 鳩が豆鉄砲でも食らったような顔のプリスキン。

 そのすぐ横を、何かが通り過ぎる。

 二人の背後で、じゅ、という音がして、


「……なっ!」


 振り向くと、壁に穴が空いているのが見えた。


 ――どうやら、さっそく厄介ごとが起こったらしい。


 そう理解する。始末せねばならない相手も含めて。


『あ、外れた』

「ふ、ふざけるな! 何のつもりだ!」


 たじろぎながらも、プリスキンはものすごい剣幕で怒鳴りつけた。


『あー、いや。いま、色々と計算したんだが。……たぶん、サルの時代からやり直すのが、一番手っ取り早いと思って』

「なんだと……?」

『ずいぶん数が減ったとはいえ、世界中の人間全てに叡智を授けるには、手間が掛かり過ぎるからな。人口を適切な数まで調整してから、もう一度文明を立て直すことにするよ。五百年くらいかかかると思うけど、うまいこと導くから。――ほら、己、神だし』


 無言のまま、ガンベルトに収めた《空気圧縮銃》を抜く。

 そして、目の前の人形に向けて、容赦なく引き金を引いた。

 ――だが。


『おいおい、不遜だぞ』


 人形がそういうと、ジョカンの手のひらで、《圧縮銃》が、どろりと飴細工のように溶けた。


「むっ、……これは」


 さすがに驚かざるをえない。

 《空気圧縮銃》は、“中央”にいる大人たちが総掛かりで挑んでも、分解することはおろか、破壊することすらできなかった代物である。

 それを、こんなにもあっさりと……。

 人形は、今度はこちらに向けて人差し指を向ける。


『神ビィ――ム』


 ジョカンの横っ面を、何かが掠めた。一拍遅れて、頬から温かいものが吹き出す。


「……くそっ」

『うーむ。もう少し練習せんことには当たらんなァ』


 人形は、他人事のように言う。

 その時、プリスキンが、手元の資料を人形の顔に投げつけた。


『むぐ、』


 一瞬の目眩まし。

 その隙に、扉へ走る。


「こっちだ!」


 言われるまでもなく、ジョカンはプリスキンの後ろに続いていた。武器なしでは、どう考えても勝ち目が薄い。

 全身を叩きつける勢いで、鋼鉄の扉を開く。

 廊下に飛び出すと、木箱から出た人形が、とことこと、滑稽な足取りでこちらに歩いてきているのが見えた。


「――ッ!」


 すぐに扉を閉め、鍵をかける。


「……まあ、実のとこ、うまくいかない気はしていたよ」


 ジョカンは冷静に言った。

 プリスキンが何ごとか反論しようとした時、


 がん、がん、がん!


 猛烈にやかましい音を立てて、鉄の扉がひしゃげる。


「おいおい……。木製のくせに、鉄を曲げるのか」


 ぐにゃりと歪んだ扉の隙間から、莞爾とした笑みを浮かべた人形の顔が覗く。


『おこんばんはぁ』

「ふっ、ふざけるな……ッ!」


 プリスキンが怒鳴った。


「中止だ! さっきの望みはなしにしろ!」

『お前さあ』


 人形が、けたけたけたけた、と、嘲笑うように言う。


『一度言ったことを取り消すなんて、それでも男か?』


 ジョカンは、そこでようやく得心がいった。

 ”財団”が、この人形を使わなかった理由が。

 こいつは、――人間をおちょくっていやがるのだ。


「逃げるぞ!」


 言うが早いか、廊下を全力で駆ける。

 視界の端で扉が吹き飛ぶのを捉えて、さすがに背筋が凍った。


「これからどうする?」

「やむをえん、あれは破壊する」

「それができれば、だけどな」


 建物の外に飛び出すと、騒ぎを聞きつけたプリスキンの仲間が集まってきている。


「タッチン、どうした、何があったッ!」

「馬鹿野郎! プリスキンと呼べ! プリスキンと!」


 プリスキンが怒鳴りつけた。


「でも、タッチン……」


 仲間の一人が何か言いかけた、その時だ。

 かた、かた、と、足音をさせながら、“機械じかけの神デウス・エクス・マキナ”が姿を現す。


『やあ、肉袋諸君。月夜に悪魔と踊ったことはあるか?』

「――な、」


 プリスキンの仲間たちは仰天して、を見た。


「う、う、うわ! うわあ!」


 一拍遅れて、何人かがライフルを構える。

 結果は、ジョカンの時と変わらない。彼らの持つ銃器は、得体のしれない、どろどろした何かへと変貌してしまう。


「銃はきかない! みんなを避難させろ!」


 それだけで、どれほど厄介な事態が起こったか、おおよそ伝わったようだ。

 仲間たちはみな、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 残ったのは、ジョカンとプリスキンだけだ。


「お前は逃げないのか?」


 傍らの男に声をかける。


「そうはいかん。こうなったのは俺の責任だ」


 声は震えていた。虚勢を張っているのがわかる。

 ジョカンは、何気なく時計を見やった。

 時刻は、一時半。


 ――もう、どうやっても二時の上映会には間に合いそうにないな。


 そう考えると、ちくりと胸が痛んだ。

 足元を見ると、プリスキンの仲間が置いていった、鉄パイプが落ちていた。手に持つと、中々具合の良い形をしている。


「予備の命もないようなやつは、足手まといだ。さっさと消えろ」


 これまでの仕返しも含めて、そう言ってやる。と、長身の男は、心底憎らしそうにジョカンを睨んだ。


 ――まったく、助け甲斐のないやつだ。


 鉄パイプを素振りしながら、身構える。こんなことなら、”おもちゃ箱”を持ってくるんだった。


『すぐ済むからな。さっと済ませるから』


 “機械じかけの神デウス・エクス・マキナ”が、不吉に嗤う。


「なんであんなもんが世界を救うなんて思ったんだか」


 小さく独り言ちる。

 この世の中には、数多くの”終末因子”が眠っている。

 ”ゾンビ”然り。

 ”怪獣”然り。

 ”ミュータント”然り。

 その他諸々の、奇怪な生命体然り、だ。

 そして、それら”終末因子”は、いつ、何時人類の喉元に喰らいつき、トドメを刺すかわからないものであった。

 目の前にいるあれも、そうした”終末因子”の一つであったということか。

 と、次の瞬間。

 “機械じかけの神デウス・エクス・マキナ”が跳ねた。

 その動きは、想像していたよりも遥かに俊敏だ。

 弾丸のような速度の敵を目の前にして、口元が変に歪む。


 ――あ、これ、勝ち目ないかもしれない。


 絶望的な考えが頭をよぎったが、引き返すにはもはや、遅すぎる。

 側頭部を狙った一撃は、軽く片手で受け止められるだけに終わった。

 まさしく、人外の者ならではの反射速度である。


『これ、ひょっとして武器のつもりだったのか? 人類最初の殺人者アベルだって、もう少しマシな方法で殺ったモンだ』

「はなせッ! 化物!」


 間髪入れずに横槍を入れたのは、プリスキンだった。

 金属バットを、人形の頭部めがけて振り下ろす。

 かぁん、と、硬球を芯でとらえた時のような音が響いた。


『俺に用か(You talkin' to me)? ――クハハハ』


 “機械じかけの神デウス・エクス・マキナ”はびくともしない。


「……くそ!」


 ――馬鹿が! 殺されるぞ!


 ジョカンは、ほとんど脊髄反射的に、プリスキンを蹴り飛ばす。


「――なっ!?」


 想定外の方向から一撃をもらって、長身の男は派手にもんどり打った。


「相手は、……俺だ!」

『仲間思いってやつか? 熱いねぇ』

「だまれ、ニセモノの神め!」


 すると人形は、木製の華奢な手で、鉄パイプをやすやすとひん曲げる。


『適当抜かすな。それともお前、ホンモノを見たことがあるのか?』

「くっ!」


 残ったもう片方の手が、ジョカンの右腕を掴んだ。

 しまった、と思った時には、もう遅い。

 万力のように、腕に圧力がかけられて、


「……ぐッ、……ぐあ、ぐあああああ!」


 喉から、ほとんど自動的に悲鳴が上がった。


『地獄で会おうぜ、ベイビー(Hasta la vista baby)』


 骨が軋む音。あまりの痛みに、目の前に星がちらつく。


 ――まずいっ。……折れる!


 そう思った、次の瞬間。



「まったく、手間のかかる助監督ね」



 ふと、この場にいないはずの者の声が聴こえた。

 風を切る音。

 人形の首から上が吹き飛ぶ。

 すぐ目の前に、自分の身の丈ほどもある日本刀を振るうカントクの姿が見えて。

 ジョカンを押さえつける力が、ふいに緩んだ。


『ぐぅ。…………………ああ』


 ぼんやりとした口調で、人形が声を出す。

 そして、


『―――――――――――――――――――――――――――ッ!』


 耳に障る悲鳴が、辺りに響き渡った。

 カントクは刀を鞘に収めて、微笑む。


「さっすが“園長先生”の愛刀だわ。すごい切れ味」


 ジョカンの方は、何が起こっているか、まだ飲み込めていない。


「カントク、……なんで?」

「封切りはみんなでって、そう言ったでしょ」


 そういう彼女の手には、《透明薬》の瓶が握られていた。


「まさか。で、ずっと話を?」

「まーね」


 ふわぁぁぁ、と、眠そうに欠伸をするカントク。

 この世界に生きる者にとって、”世界の終わり”とされるものは、近所に住む厄介な老人のようなものである。

 こちらの状況次第では、面倒なケースにもなりうるが。

 必ず、自らの手元に攻略の手段があるのだ。


 ふと、――遠くから、“園長先生”の声が聞こえた。


「おーい、みんなぁー。だいじょうぶー?」


 すると、


「もんだい、なぁーし!」


 カントクは両手を挙げて、大きく”○”の形を作る。



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