その6

 連れて来られたのは、コンクリート製の建物であった。

 ここの界隈は、基本的にみな木造建築であることも手伝ってか、その建物だけ少し異質に見える。古いが、特別頑強に作られているらしい。“終末”以前の建物であることは間違いなかった。

 ジョカンは、これまで歩いてきた”神の御子の郷”の地形を頭に思い浮かべて、――どうやらここは、この建物を取り囲むようにして出来ていることに気づいた。


「お前たちはここで待て」


 プリスキンが、仲間を建物の入り口に待機させる。

 ジョカンを取り囲んでいた連中の人数は、いつの間にか十数人ほどに増えていた。どことなく皆、”地元の悪ガキ集団”といった感じの出で立ちで、それぞれ手にライフルや金属バットなんかを携えている。


「こっちだ」


 建物の中へ入ると、真っ直ぐに伸びた廊下に行き当たった。

 内部は、ずいぶん簡素な作りである。

 そっけない白塗りの壁。冷たいラバーシートの床。

 廊下はいくつもの小部屋に通じているらしかった。すべての部屋に管理番号と思しきプレートが割り振られている。元々、何かの研究施設だったのかもしれない。

 目的地は、建物の最奥にある、見るからに頑丈そうな金属製の扉であるらしかった。

 ふと、プリスキンが口を開く。


「お前は”神の御子”の前身となった組織を知ってるか」

「……いや。知らない」

「その組織の名を、”財団”と言う」

「なんだって?」


 ジョカンが驚いたのも、無理はなかった。

 ただ””とだけ呼ばれているその組織に、聞き覚えがあったのである。

 何を隠そう、”映画部”の新作は、その”財団”にまつわる物語なのだ。


 ――妙な因縁だな。


 話によると、不思議なアイテムの収集を目的とした秘密結社であったというが。


「当時収容していたオブジェクトのいくつかは、我々にも受け継がれている。水晶の髑髏だとか、古代に作られた電池だとか、ミッキー・マウスが描かれた古代の壁画の写しだとか……。その大半は、取るに足らない眉唾ものだがな」


 “財団”と呼ばれたその組織は、ある種の都市伝説的な扱いをされているらしい。

 その中でも最も代表的なのが、“終末”が起こった原因を、彼らの監督不行届に求めるものだ。

 要するに、この“財団”が、それら人智を超えたアイテムの管理を誤ったために、死人が蘇り、“怪獣”があちこちで生まれ、核戦争が起こりかけ、“ミュータント”が暴れまわることになった、……という説だ。

 もちろん、よくある陰謀論だという反論もある。

 彼らのような変わり者の集まりが、文明崩壊の原因としてスケープゴートに使われているのだ、と。

 今となっては、真相は誰にもわからない。

 全ては二十年前のごたごたで、歴史の闇へと葬り去られてしまった。


「だが、中には、――人智を超えた、本物の宝もある」

「本物の、宝?」

「そうだ……」


 いよいよ、といった感じで、鉄扉が開く。

 中は、拍子抜けするほどに殺風景な部屋だった。

 まず、資料と思しき大量の紙束が並べられた棚が見える。

 その少し手前、部屋の中央に、ぽつりと木製の箱が鎮座していた。

 木箱の高さは、ジョカンの腰ほどだろうか。観音開きになるようで、中央部におもちゃのような錠前が備え付けられていた。


「その、……宝とかいうのは、これか?」

「そうだ」


 箱の外側を、軽く調べる。年代物の箱だと思った。それ以上はよくわからない。


「これは……?」


 疑問符を頭に浮かべていると、錠前に鍵が差し込まれた。

 かち、と、小さく音を立てて錠が外れ、箱が開く。


「――む」


 中に入っていたのは、木彫の人形であった。

 背丈は五十センチほどだろうか。しかし、不思議と実寸以上の迫力が感じられる。

 一瞬本物の人間かと見紛うほどに、よくできていた。

 特徴的なのは、歯をむき出しにした、その双眸だろうか。朗らかに笑っているようにも、凶相を浮かべているようにも見える。

 表情に多面的な解釈ができるというだけでも、これに高い技術が使われていることは明白だ。

 人形は、白いローブを身にまとっていて、立派にたくわえた髭に、白髪混じりの長髪で、頭部に光輪がある。

 年をとった白人の人形。そう判断する。


「“機械じかけの神デウス・エクス・マキナ”という言葉を知っているか?」


 ジョカンは表情を”不機嫌顔”に固定したまま、応えた。


「知っている。作劇上のタブーだろ」


 “機械じかけの神デウス・エクス・マキナ”。――”ご都合主義”と言い換えてもいい。

 前触れや伏線なしに、神、あるいはそれに類する存在が現れ、それまで物語の根幹にあった問題を解決してしまう演出技法のことだ。


「そうだ。さすが”映画部”といったところか」


 自分たちの情報収集力を誇示するように、プリスキンが言う。


「それがどうかしたのか?」

「このオブジェクトにつけられた名前だ。洒落がきいているとは思わんか」

「この……、人形が?」

「そうだ」

「ふぅむ」


 ジョカンは唸った。それ以外、特にすることもなかった、というのもある。


「“機械じかけの神デウス・エクス・マキナ”。制作は2005年。制作者は無名の職人だったらしく、資料には残っていない。元々は、素人の劇団が、人形劇『ファウスト』に登場させる予定で作らせたものだ。ちなみに、髪と髭は取り外し可能になっていて、上演の際には、『ファウスト』に登場する悪魔、――メフィスト・フェレス役もやる予定だったという」

「ほほう」


 小道具ガジェット好きの血が騒ぐ。ついつい感心してしまった。


「上演中、演者と無関係にしゃべりだしたため、”財団”の目に止まったようだ」


 当時は、この手の不可解な出来事に不寛容な社会だったと聞く。

 話が本当なら、上演時は大事になったことだろう。


「今、俺が読んでいる資料には、こうある。『この人形に、どのような要因があって“力”が宿ったかは不明。だが、いずれ人類が終焉を迎えるとき、この人形の“力”が最後の希望となるかもしれない』……と」

「終焉、ねえ」


 ジョカンは、気安くその言葉を口にした。

 この時代の人間ならば、誰でも知っていることである。

 人類の終焉なんてものは、ある日突然、理不尽に突きつけられたとしても、なんら不思議でないものだ。


「それで? その、”力”というのは?」

「結論から言おう。この人形には、

「『ドラゴンボール』の神龍みたいに?」

「まあ、あれに近いかもしれん」


 なんだ。読んでるじゃないか、『ドラゴンボール』。


「信じられん」


 この場にホンがいたなら、猛烈な勢いで話の矛盾点を指摘したことだろう。


「でも、そんな便利なものがあるなら、お前たちはもっといい暮らしをしていてもおかしくないんじゃないか?」


 それこそ、”学園”から物資を掠め取るような真似をする必要もないはずだ。


「それが、……そうもいかんのだ」


 プリスキンが視線を逸らす。


「どういう意味だ?」

「“機械じかけの神デウス・エクス・マキナ”は、……その、なんというか。制御が難しいのだ」

「ご都合通りとはいかない訳か」

「うむ」


 プリスキンは、暗い顔で頷く。


「まさかとは思うが」


 ジョカンは迷惑顔のまま、訊ねる。


「あの、”歩くキノコ”の一件も」

「勘がいいな。あれは、我々が“機械じかけの神デウス・エクス・マキナ”を使った結果、生まれたものだ。十分な食料品を要求したところ、ああなった。まったく訳がわからん」

「それで、自分たちの手に負えなくなって、”園長先生”の力を借りた訳だ」


 話が飲み込めてきた。

 つまり、自分がここに呼ばれた理由は、――転ばぬ先の杖ということか。


「まあな。だが、二度はしくじらん」


 重い沈黙が生まれる。


 ――これでこちらを騙しているのなら、役者としてスカウトしたいくらいだが。


 ジョカンが口を開いた。


「一つ、いいか」

「言え」

「“機械じかけの神デウス・エクス・マキナ”を使うのは、……お前らの独断か?」


 この場合の”お前ら”とは、”神の御子”全体を指して言っているのではない。

 プリスキンと、その一味のことである。

 ぴったりと締め切られていた家。

 あれは、自分たちが避けられているからだとばかり思っていたが……。


「勘がいいな。大人は今、用事で出払っていてここにはいない」


 少し呆れる。

 通りで、ここに来てから大人の姿を見かけない訳だ。


「親のいぬ間に……って。エロ本でも買うみたいに」

「なんとでもいえ。連中以上のわからず屋を、俺は知らん。奴らがいては、この建物に入ることも許されないのだ」


 ジョカンは渋い顔を作る。

 親子喧嘩なら、自分の知らないところでしてほしいものだ。


「これは提案なんだが。お前ら一度、“学園”に来い。《魂修復機ソウル・レプリケーター》に登録して、後は自分たちの責任でやれ」

「それは……、できん」


 プリスキンは、それこそ絞り出すような声で言う。


「お前らの、……なんかの教義に反しているからか?」

「そうだ。一応、この教義には合理的な理由がある。ここには“機械じかけの神デウス・エクス・マキナ”の他にも、様々なオブジェクトが保管されている。我々が“みらい道具”の使用を避けているのは、そうしたオブジェクトに妙な影響を与えないためでもあるのだ」

「ふむ……」

「もし、ここで俺が、その《魂修復機ソウル・レプリケーター》とやらを使ってしまえば、間違いなく悪しき前例を残すこととなるだろう。戒律というものは、一度破られれば脆いものだ」


 一見、筋は通っているように思えた。

 もっとも、カルトというのは得てしてそう見えるものなのかもしれない。


「ちなみにその“人形”には、何を願うつもりだ?」

「むろん、世界平和を」


 原作の“プリスキン”なら、決して口にしないであろう台詞だ。


「それで何もかもうまくいくなら、まさしく”ご都合主義”だが」

「だが、賭けるに値するとは思わんか? ……いま、この場所で、世界がより善くなるというのなら」


 長身の男と視線が交錯する。


 ――これは。


 情熱と、理想に燃えている眼だ。

 自分の正しさを、少しも疑っていない眼だ。


 ――少しだけ、誰かさんに似ているな。


 危険な男だと思う。

 だが、映画に登場するような、根っからの悪党ヴィランでもない気がしていた。


「俺の話はここまでだ。どうだ? 協力してくれるか」


 ジョカンは深く嘆息する。


 ――なんでこう、自分はお人好しなんだろう。


 そんな風に思いながら。


「まあ、付き合ってやるよ。少しくらいならな」


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