その4
のどかな場所だった。
敷地の面積は、”学園”よりもはるかに広い。どことなく郷愁を誘う田園風景だ。
ここで撮影したら、いい画が撮れるんじゃなかろうか。なんとなくそう思いながら、ひときわ頑丈そうな門の前に立つ。
“学園”とおなじく、敷地全体を鉄柵が取り囲んでいた。だが、こちらの柵はずいぶん劣化しているところが多いように見える。
――これじゃ、簡単に”ゾンビ”さんが侵入してしまうんじゃないだろうか。
他人事ながら、少し不安になった。
”神の御子の郷”と大きく書かれたその門の前には、ギラついた目をした三人の見張りが立っている。年はいずれも、ジョカンと同じか、少し年上くらいだろう。思っていたよりも皆、ずいぶん年若い。
それぞれの手には、かなり型の古いライフル銃が握られていた。
「運転手は?」
そのうちの、代表者と思しき長身の男が、目ざとく問いかける。
「ここに残すわ」
「なぜだ?」
「イカレてるの。あの子、趣味で人を殺すから」
言うと、後ろで控えている見張りの表情に、”狼狽”の二文字が浮かんだ。
「――そうか。なら、いい」
長身の男だけが、顔色を変えずに言う。
そして、ジョカンとカントクは男の指示に従い、物資を荷車へと運んだ。
食料、医薬品、バッテリー、毛布、その他もろもろ。
「……これで全部か?」
「ええ」
カントクが言うと、男はわかりやすく舌打ちする。
「薬品と食料は十分だ。しかし、弾が足りない」
「必要最低限だけ持ってきたわ。これだけあれば、自衛には十分なはずよ」
「ふざけるなっ!」
長身の男が、唐突に激昂する。
大股でこちらに歩み寄り、乱暴に少女の肩を押した。
「いたっ」
カントクは、壊れた人形のように転んで、ぺたんと尻もちをつく。
瞬間、ジョカンの全身を、ほとんど制御不能なレベルの憎悪が満たした。
反射的に《圧縮銃》へ手を伸ばす。
ほぼ同時に、見張りの二人が、ライフルをこちらに向けた。
――知った事か。道連れにしてやる。
感情の赴くまま、そう考えていると、
「
カントクが、小さく、しかしはっきりと、諭すように言った。
動きが止まる。
時間にして五秒ほどだろうか。
自分が何をしようとしているかに気づいて、ジョカンはゆっくりと手を引っ込めた。
「……むぅ」
小さく言って、両手を上げる。
すると、こちらに向けられていた銃口も下ろされた。
よくよく見てみると、ライフルを構えていた見張りの二人の顔には、びっしりと脂汗が浮かんでいる。
――悪いことしたな。
ここの人は、”みらい道具”を使わないんだったか。
そうなると、この殺し合いはフェアじゃない。
「……ふん」
暴力を働いた男だけが、冷ややかにジョカンを睨んでいた。
「まあいい。中に運べ」
本来なら感謝の言葉があってもいいくらいのものだが。
一同、気まずい空気のまま門に向かう。荷車を引くのは、カントクとジョカンの役目であった。先を行く長身の男を追いかける形で、二人は”神の御子”の領内に進む。
カントクは、後ろの男に聞こえないよう、小声で言った。
「実を言うとね、さっきのやつ、通過儀礼みたいなものなの。毎回やってるのよ、ああいうやりとり」
「なんだそれ」
「あたしが転んだところまで含めて、半分演技みたいなものよ。交渉という名のミニコント、みたいな?」
脳裏に、先ほど絵里にしてやられた一幕が思い浮かんだ。
「……む。なるほど」
時として交渉事には、演技力が必要な時もある。
ここの連中にしてみれば、”敵”から施しを受けた前例があってはならないわけだ。
見せかけの暴力でも、物資は”勝ち取った”形でなければならない。
思わず、渋い表情を作る。
――怪物が世界中にあふれているというのに、人類が一丸となれない訳だ。
”人類の天敵”から世界を救った”救世主”も、最期は男女の諍いで命を落としたという。
人類最大の敵は結局、人類そのものだということかもしれない。
映画なんかじゃ、よく取り上げられる題材の一つだけども。
そこから歩くこと、十数分。
遠く、畑の中を駆ける子供の集団を見かける。
その服装は、“学園”の子供たちと比べて一様にボロい。あまり物に恵まれている様子はなさそうだ。
手を振ってみようかと考えていると、
「家に戻ってろっ!」
長身の男が、ぴしゃりと叱りつける。子どもたちは一瞬、戸惑うようにこちらをみて、渋々とその場を後にした。
――ここの連中と親交を深めるのは、かなり難しそうだな。
そう考えていると、木造の平屋が続く場所へ出る。
平屋はそれぞれ正面の道路に面しており、隣り合った家と壁を共有しているらしい。
”ゾンビ”から身を守る場合、こういう形の街は守りを固めやすいというが。
家はどこもしっかりと戸締まりがされていて、人の姿は見えなかった。
――悪魔の使者と接触してはならない、とか。そんな風に思われているのだろうか。
なんとなくさびしい気持ちになりながら、ジョカンは荷車を引く。
長屋を抜けて、公共の広場と思しき空間に出ると、
「ここだ。後は我々がやる」
長身の男が先導して、荷車を止めた。
「”園長先生”は?」
「少し待て」
今度は、こちらが文句をいう番だ。
「待つつもりはないわ」
こちらにはタイムリミットがある。その点、譲歩する訳にはいかない。
「……わかった。ついてこい」
男は、心底嫌そうに言った。
早足に男の後ろを追いつつ、
「これも交渉の一貫か?」
「いいえ。いつもなら人質になった子が広場にいて、そこで物資と交換する手はずになっているんだけど。……っていうか」
小柄な少女は、ここにきて複雑な表情を作った。
「そもそも”園長先生”が捕まるなんて、ありえないんだけどな」
「そうか? いくら“英雄”だって言っても、大人だろ?」
大人は”みらい道具”が扱えない。
それ故、自分の命の取り扱いに関してはどうしても慎重にならざるを得ないのだ。
「そうなんだけど。――あの人、結構めちゃくちゃやるからね」
「そうなのか」
「うん。一度、銃で撃たれたのを見たことがあるけど、『ツバつけとけばそのうち治る』とか言ってたわ」
「そんな馬鹿な」
「若いころは、『ニキータ』みたいに殺しで飯食ってたっていうし」
これは、”学園”生徒であれば誰でも知っている噂話だ。
直接見たことはないが、”園長先生”の剣技は達人の域に達しているらしい。そしてその腕は、殺し屋としての仕事で磨いたと言う。
「あたし、あの人くらいタフなのはシュワちゃんくらいだと思ってる」
「じゃあ、どうして捕まったりしたんだ?」
「……うーん。やっぱり何か、事情があるのよ」
”園長先生”と接した時間は長くない。
だが、彼女の人柄が”学園”の方針に深く影響を与えていることは知っていた。
――”学園”をまとめるのは、あの人でなければ。
そう思うに至って、胸がざわめく。
「無事だといいが」
「ええ。あの人のことだし、万一ということはなさそうだけど」
そこで、先導する長身の男が立ち止まり、前方を指差した。
「……この先だ」
見ると、黒い煙がもうもうと上がっている。何かを燃やしているらしい。
「俺はここまでだ。また後で合流する」
それだけ言うと、長身の男は踵を返した。
ジョカンとカントクは、少しだけ顔を見合わせて、――煙の方向に走りだす。
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