その3

 その十数分後、“映画部”一同に絵里を加えた四人は、生徒会長が運転する車に乗り込んでいた。

 欠伸の出るように慎重なハンドルさばきだったが、一応、急いでくれてはいるらしい。

 何せ、新たな”人類の天敵”である。”ミュータント”が現れてから、およそ十年ぶりの出来事だ。これがちょっとした事件なのはわかりきっていた。


「それにしても……」


 生徒会長は後部座席に振り向く。

 そこには、車に乗り込むなり、泥のように眠ってしまったカントクとホンがいた。


「大丈夫なんか? こんなで」


 首を横にふる。ジョカンにも、二人の真意はわからない。

 果たして映画は完成したのだろうか? とてもそうは思えなかった。てっきりカントクは、時間ギリギリまで作業を続けるものだと思っていたが……。

 それとは別に、奇妙に思えることがあった。

 カントクとホンが持ってきた、大きめのリュックサックである。

 ”ロボット”の操縦には、特別な用意を必要としない。人によって汗ふき用のタオルが必要なくらいだ。

 と、なると。あの中には何が入っているのだろう。


「お、……見えたな」


 遠目に、一体の巨大な人型”ロボット”が見えた。

 “ロボット”は、切り崩し、形を整えられた山の一部に腰掛けていて、どことなく『考える人』のポーズをとっているようだった。

 自分が乗ったことのある”ロボット”とは、少し形が違う。”ロボット”には個体差があって、デザインと性能が若干異なる、とは聞いていたが。

 目の前にあるその”ロボット”は、どことなく”中世の騎士”をモチーフとしているように見えた。


「あれ、――名前はなんて言うんですか?」


 生徒会長に尋ねる。これは、ただの好奇心ではない。四年ほど前に発表された仮説によると、”ロボット”には意志が存在するという。

 それが事実かどうかはわからない。ただ、名前すら知らない相手を乗せるのは、”ロボット”も気分が悪いだろうと考えたのだ。


「えーっと。……なんやったっけ」

「覚えていない?」


 無理もなかった。この世に女の子ほど“ロボット”の固有名に興味が無い生き物は存在しないのである。


「いや。のど元まで出とる。元ネタがあるんや。すごい有名な小説で。……ええと。どっかのイカレたおっさんが、風車を怪物に見立てて喧嘩するやつ」


 文学少年を気取るつもりはないが、たまたまそれには覚えがあった。


「……《ドン・キホーテ》?」

「そう、それや!」


 生徒会長が手を打つ。


「なるほど。……《ドン・キホーテ》ね」


 ジョカンは、眼前にそびえ立つ巨人を見上げた。

 それから間もなくして、車は《ドン・キホーテ》の足元に到着する。


「着いたで」


 生徒会長がカントクとホンに声をかける。すると、二人は死にかけた芋虫のように、車から這いずりでた。


「君ら、ホンマに大丈夫か?」

「だいじょーぶー」

「……そんじゃ、ウチは”学園”に戻るさかい」


 言って、生徒会長は”学園”へと引き返していく。

 ジョカンたちは、《ドン・キホーテ》の足元に備え付けられた、操縦席へのアクセスコンソールを操作した。

 “ロボット”の操縦席は密閉されていて、物理的にアクセスする手段がない。

 では、どのようにして操縦席に行くか。

 一度、自分の肉体を量子レベルまで分解し、コックピット内で再構築する必要があるのである。

 つまり、――テレポートするのだ。

 ジョカンは少しだけ逡巡した後、アクセスコンソールに触れる。


「うえ、……この感じ」


 思わず、顔をしかめた。

 この瞬間。自分の身体がこの世のどこにもないような、まるで、“透明”になってしまったかのような、……そういう、得体の知れない不安感・喪失感に襲われるのだ。

 転送されたジョカンが、ゆっくりと周囲を見回す。

 ツルツルした白い壁に、素っ気ない長方形の空間。

 そこに、四人分の操縦席が備え付けられていた。

 操縦席には、ボタン一つないシンプルなデザインのコンソール台と、座り心地の良さげな椅子がある。

 コンソール台の中央には、ヘッドマウントディスプレイに似た装置が取り付けられていた。これを頭にかぽっとはめるだけで、小さな子供でも“ロボット”の操縦が可能になるのである。

 ふう、と、一息ついて、振り返る。


「で? 誰が、どこを担当する?」


 返答はない。

 その代わりとばかりに、カントクは持ってきたリュックサックをどかりとコンソール台に乗せた。

 そして、――ノートパソコンや、外付けハードディスクドライブなどの編集用機材を取り出し、セッティングし始める。


「……ん?」


 目を疑う。カントクはどうやら、ここで部活動の続きを行うつもりらしい。


「良かった。ちゃんとデータは残ってマス」

「助かったわね」


 ジョカンと絵里は置いてけぼりだ。


「お前ら、一体……?」

「今から編集の続きをするわ。戦闘はあなたたち二人に任せる。良いわね?」

「ちょ、ちょっとまて」


 さすがに驚く。


「なぜだ」


 なぜ、わざわざ、こんなところで。質問を凝縮して言う。

 すると、カントクの方がむしろ不可解な表情で、


「決まってるじゃない。部室じゃ、作業できなくなったから」

「……?」


 狐につままれたようにしていると、


「のっぺり顔野郎の放送デスよ」


 ホンが助け舟を出す。


「お陰で、モニターが使えなくなったわ」

「だが……、これあれ、電波ジャックってやつだろ」


 ジョカンは首を傾げた。

 電波ジャックは、昔からある犯罪の一種で、基本的には高出力の送信機によって行われるという。

 電波の受信装置がないパソコンモニターなどは、影響を受けないはずだが。


「知らないわよ。電源つないでないやつまで、ぜんぶ使えなくなったの」


 ジョカンは、この奇妙な友人の言葉を疑わずにはいられなかった。

 だが、こんなに手間のかかる嘘を吐く理由がない。


「そ、そそそ、そういえば……き、きゅ、給湯室のテレビも、電源が入っていないのに、勝手に点きましたよ……ね? 職員室の前にいた子たちのテレビも、そ、そんな感じでした」


 絵里が控えめに意見する。


「そういえばそうか……」


 高出力で電波を送信するだけでは、電源が勝手に入ったりすることはない。


「この“敵”は、エネルギーに作用する何かを発信する力がある、と」


 納得する。


「“ロボット”の操縦席って、外界からの影響をほとんどシャットダウンするでしょう? ここでなら編集できるかも! って、そう思ったわけ。逆転の発想ね」

「しかし、“ロボット”は四人乗りだ。俺と有坂さんだけでこいつを動かせっていうのか」

「使うのは、運動制御とサポートコンソールだけでしょ」


 それは事実であった。

 “ロボット”の操作は、


 ――“ロボット”本体を操作する者。

 ――その補佐をする者。

 ――ボディの数カ所に備え付けられたレーザーの発射装置を制御する者。

 ――その他の武器システムを管理する者。


 という役割分担になっている。

 ジョカンと絵里だけでも、《ドン・キホーテ》を動かすことは十分に可能なのだ。

 だが、


「それじゃあ、武器システムが丸ごと使えないじゃないか」

「使う必要ある? 今回の目的は、連中と交渉することでしょ」

「うーむ……」


 一理、ないこともない。

 無用の殺しは禁じられているのだ。

 で、あれば。


 ――下手に相手を刺激する必要もない、か。


「よし、わかった」


 ジョカン自身、少しでも映画の完成度を上げてもらいたい気持ちがあった。


「ごめん、俺たちの我儘に巻き込むことになるけど」


 すると絵里は、こくこくとうなずく。


「カントクちゃんの映画には、わ、わわ、私、出てますから。っていうか、主演で、でで、ですから。……その。できれば私も、きょ、協力、したい、です……」


 どうやら、彼女も一枚噛んでくれるらしい。


「それじゃあ、俺が動かすから。サポート、よろしく」


 少しだけ気を遣ったつもりである。“ロボット”を直接制御するよりも、パネルを見てあれこれ指示している方が、いくらか気楽なのだ。


「は、はい」


 言われるがまま、絵里は“ロボット”のコンソールに座り、ヘッドマウントディスプレイ型の装置を頭にはめた。

 ジョカンもそれに続く。

 同時に、

 ぞわ、と。

 自分の意識が、何倍にも拡張されていくのを感じた。

 まず、自分の身体を動かすのと同じ感覚で“ロボット”の右腕に信号を送る。

 “ロボット”の右腕が、自身の右腕かと錯覚するほどのスムーズさで動いた。

 内部に振動はない。操縦席は、周囲の衝撃を遮断する構造になっているのだ。


「……よし、いけそうだ。立たせるぞ」

「は、はい」


 《ドン・キホーテ》が立ち上がる。地面が遥か遠くに見えた。自分の身体は、コックピットに座ったままなのに。まるで、身体が二つ存在しているような気分である。

 慣れるまでは妙な感じだが、大した問題ではない。

 要するに、とてつもなくリアルなテレビゲームをやっている感じだ。


「連中の、大まかな位置はわかるか?」

「はい。……す、少しお待ちを」


 “ロボット”には、強力なセンサーが備えられている。奇妙なエネルギー反応があれば、すぐにわかるはずだ。


「旧都の方向。太平洋に、不審な反応を確認しました。ええっと……今、ナビゲーション機能をオンにします……」


 同時に、ジョカンの視界に薄透明なグリーンの矢印が表示される。そちらの方向に進めばいいらしい。

 “ロボット”の操縦に難しいことは何もない。歩いたり走ったりするのと同様の感覚で、念じてやればいいだけだ。

 ただ、少し操縦に慣れないと酔うことがある。俗に“3D酔い”と呼ばれる症状と同じもので、視覚によって得られる“ロボット”の動作と、自分自身が行っている動作が一致しないため、脳が混乱してしまうのだ。

 ちなみに、根っからのゲーマーであるところのジョカンは“3D酔い”をとうの昔に克服している。

 3Dゲーム慣れしている子供ほど“ロボット”の操作が巧い、というのは有名な話で、ある時代の子供は、授業の一環でテレビゲームをさせられていたらしい。


「飛ぶぞ」


 ジョカンは淡々と言った。

 《ドン・キホーテ》背面に装着されているスラスターをオン。高度を上げる。間違って森の動物なんかを踏みつぶしてしまわないための配慮だ。


「あわ……あわわ……あわわわわ……」


 視界を共有している有坂絵里が悲鳴を上げる。地面がどんどん遠くなっていた。人によっては、恐怖を感じてもおかしくない。


「怖い?」

「あ、ああああ、あの。て、て、……手を握ってもらえませんか……?」


 一瞬、ジョカンは《ドン・キホーテ》の操作を忘れそうになる。


「……手を?」

「はひぃ……うう……」


 一体これは、――どういう申し出だろうか。

 二人きりの時ならともかく、今はカントクとホンの眼もあるのだ。

 しかし、だからこそ、彼女が切羽詰まっているのでは、という推測も立つ。

 迷っていると、誰かがジョカンの手首を掴んで、絵里のものと思しき手の上に乗せた。

 耳元で、


「ふひひひひ。甘酸っぱいデスねぇ」


 と、からかう声。

 こう言う真似をするのは一人しか居ない。ホンだろう。


「うう……あ、ありがとう……」


 湿った声で、絵里が礼を言った。ジョカンとしても、もはや引っ込みが付かない。

 目の前の仕事に集中することで、気恥ずかしさを抑えるしかなかった。

 目的地には、それから数分もせずに到着する。


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