その2

「今度はなんだって?」

「たぶん宇宙人じゃないかって話」

「ああ、ようやくか」

「今更って感じねー」

「でも、そこそこ頭が回る相手なんだろ」

「今度ばかりはダメかもわからんね」

「本気じゃないくせに」

「面倒くせえ、どいつもこいつも、片っ端から消し炭にしちまえよ」

「そーいうの、野蛮な考え方だって思わない? そもそも、二十年前にたくさん人が死んだのだって……」

「うるさい。うーるーさーいー」

「アニメがいいとこだったのに! もぉおおおん! もおおおおおおん!」

「ぎゃあぎゃあ騒ぐな、”年少組”」


 職員室に向かうと、すでに数十人の”学園”生徒が人だかりを作っていた。

 何人かの手には、携帯型のテレビがある。チャンネルを変えても、電源を切っても、表示が消えないらしい。


「やあ、一条くん」


 生徒たちの中から、生徒会長が顔を出した。


「……新しい”敵”ですか?」

「向こうはそう自称しとるなぁ。最初から喧嘩腰とは、恐れ入る」

「確かに」


 ――フィクションの世界ですら、真っ向勝負は避ける風潮にあるというのに。


 この”天敵”、どうやら度胸だけは良いらしい。


「ジャックされてるのは、世界中のテレビでしょうか?」

「わからん。が、少なくとも“学園”のモニター類は、片っ端から乗っ取られとるみたいやなぁ」

「正体は?」

「さっぱりや。君にはアレ、何に見える?」

「やっぱ、エイリアンの一種じゃないでしょうか」

「せやな。ありうる」


 “ゾンビ”がいて、“怪獣”がいて、“ミュータント”もいる。

 これまで宇宙人の侵略がなかったのが奇跡に思えるほどだ。

 実際、”中央”の本屋に行けば、「エイリアンの侵略はいつ頃か?」について考察された本が山ほどある。


「先生はなんて?」

「それがな。いま、奴さんから、直接電話が掛かってきてるみたいなんよ」

「電話が?」

「せや。どうやって“学園”の番号を調べたか知らんけど」

「しかし、なんで“中央”の外交官のとこじゃなく、うちへ?」

「わからん。案外、たまたま目についただけかもな」


 そこで、職員室の扉が開いた。

 出てきたのは数人の教師と、猫の髪飾りを付けた少女だ。


「――?」


 ジョカンは眉をひそめる。

 彼女には見覚えがあった。以前、保健室で少しだけ話したことがある。

 だが、なぜ彼女が教師陣と一緒にいるのかがわからない。

 新任の先生という年でもなさそうだし、外部の人間かもしれない。あるいは生徒会のOB、とか。


「あー、こほん」


 体育の教練を担当している、筋骨隆々の教師が口を開く。


「先ほどから流れている放送の件でー、みんなに話があるー。えーっ、ちょっとばかし、静かにしてくれやー」


 すぐさま、その場が静まり返った。人望のある教師なのだ。

 そこで、猫の髪飾りを付けた少女が一歩前へと進み出る。どうやら、彼女が事情を説明してくれるらしい。


「困ったわぁ」

「どないしました?」


 生徒会長が尋ねる。


「うーん。いま、先方と少し、おしゃべりしたんだけどね」


 ”先方”というのは、今、テレビに映っている連中のことだろう。


「『迷惑だし、教育にも良くないから、あんまりへんな映像流すのやめてもらえませんか』ってお願いしたんだけど。……『ダメだ』って」

「なるほど」

「それでね、『地球上の人間みんな、殺してしまうか、奴隷にするから、反撃しないでほしい』って、そう言うのよ」

「空気読めてないですね」

「でしょう? だから私、『こっちにもこっちの生活があるからダメ』って、そうはっきり言ってあげたの」

「――それで、連中は?」

「『交渉の余地はない』ですって」


 生徒会長は冷静に状況を判断した結果、おそらく誰もが最初に思いつくであろう解決法を口にした。


「じゃ、連中、根絶やしにしときます?」


 うーん、と、猫の髪飾りの少女は頭を悩ませる。


「それはあんまりだわ。向こうの事情もよくわからないことだし」

「ですね」


 生徒会長も本気ではなかったらしい。あっさりと意見を翻した。


「あんがい、背中のとどかないところに虫さされができて、それが気に入らないからイライラしているだけかもしれないわ」


 少女が穏やかな口調まま、言う。その場に集まっていた生徒たちの一部が、くすりと笑った。


「だったら、こっちで背中を掻いてあげれば済みますね。――じゃ、具体的にどうします?」

「”中央”から外交官を呼ぶわ。難しい交渉は彼らがすると思うから、それまでに彼らの代表とちゃんとお話できるようにしておきたいわね」

「わかりました。“中央”の人は、どれくらいで来ますかね?」

「急いでもらうから、――二、三時間といったところかしら?」


 生徒会長は、少し逡巡する。


「じゃ、”ロボット”使いますけど」

「そうね。仕方ないわね。でも、無茶な殺しはNGよ。わかっていると思うけど」

「もちろん」

「それじゃあ、後は任せるわね」


 そう言って、猫の髪飾りの少女は、職員室の中へと引き上げていった。

 生徒会長が、こちらに向き直る。


「と、いうこっちゃ。今から志願者を募りたい。御存知の通り、”ロボット”は四人乗りやけど。……誰かおる?」


 しん、と、職員室の前が静まり返った。

 手を挙げる者は誰もいない。

 無理もなかった。

 今日は休日だし、みんな、のんびり過ごしていたいのだろう。


「誰かーっ? おらんかー? ”ロボット”やぞー? 男のロマンちゃうのんー?」


 生徒の大半が、生徒会長から目をそらす。

 皆、”ロボット”には一度ならず課外授業で乗ったことがあった。正直言ってそれが、あまり面白みに欠ける乗り物であることもよくわかっている。

 奇妙な話だが、このという感情こそが、人類が”ロボット”の力を完全に活かしきれていない要因であるらしい。

 子供たちに、“ロボット”の搭乗を強制しようという試みは、今のところ全て失敗に終わっている。

 恐らくこれも、“透明薬”と同じ何らかの副作用なのだろう。本人の気が向いたその時にしか、“ロボット”は使えない、正確に言うなら、使のだ。

 戦隊モノの特撮なんかで、強力な怪人相手に、なぜ巨大ロボットで戦わないのか、という無粋なツッコミが見受けられることがある。きっとその理由も似たようなものだと思う。――なんとなく気が進まない。そういうことだ。

 生徒会長もそれは重々承知しているらしく、志願者を募るばかりで無理にとは言わない。最悪、自分で乗ることになることも覚悟の上だろう。


「あたしが……、行くわっ!」


 そんな中。

 一人、大きく手を挙げた者がいた。

 振り向いて、目を疑う。手を挙げていたのはカントクだったのだ。


「ワタシも行きマース」


 ホンも続く。二人と視線が合った。

「ほら、あなたも」――そう言われている気がする。

 のど元まで、「編集は?」という言葉が出かけた。が、とりあえず二人に従っておく。


「じゃ、俺も」


 すると、ほとんど間髪入れず、隣の絵里が続いた。


「わ、わわわわわ、私もっ!」

「そんじゃ、決まりやな」


 どことなくホッとした表情で、生徒会長が手を打つ。


「しっかし、“映画部”が手を挙げるとはな。どういう風の吹き回しや?」


 カントクはそれに応えず、


「急ぎましょう! いまこそ世界を救う時よ! 時間がないの! さあさあ!」


 テンション高めに、叫ぶばかりであった。


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