その5
“死都”から離れること、数時間。
適当な場所を見つけて、ホンは車を止めた。
月夜の下に、死体袋が三つ。
ジョカンは、大きく息を吸い込んでから、《ビーム発生装置》を装着する。出力は低。
「じゃ、……やるぞ」
「ホーイ。お願いしまーす」
――心を無にして、か。
生徒会長の言いつけ通り、ジョカンは《ビーム》を照射した。
ぼっ、と、死体袋に火が灯る。
思ったような感慨は沸かなかった。あれはただの肉の塊で、ジョカンが大切に思うものは、あそことは別の場所にある。単純にそう思えた。
荼毘に付された死体は、灰となって風に紛れていく。
「何だかスイマセンね。始末までお願いしちゃって」
「そっちは、ほとんど徹夜の上、運転まで引き受けてくれてるだろ。この程度はやらせてくれ」
「……そうデスか」
すると、ホンは少しだけ表情を陰らせて、呟いた。
「ねえ、ジョカンくん。ちょっとだけ懺悔したいことがあるんデスけども」
「どうした?」
「実をいうとワタシ、ジョカンくんのこと、ずっと邪魔者だと思ってました」
「ああ。――まあ、だろうな、とは思っていたよ」
「そうなんデスか?」
意外そうな表情。
どうやら、よほどの朴念仁だと思われていたらしい。
「そりゃな。女の子二人でやってる部活に、野郎が入ってきた訳だから」
「……それだけ、ワタシにとってカントクは大切な人なんだってことだと、理解していただければ」
「君、あれかい?」
ジョカンは疑問に思ったまま、訊ねた。
「レズビアンなのか?」
「……な、」
すると、ホンの顔が暗闇でもはっきりわかるほど、見る見る赤くなっていく。
「な、な、なんてことを。ワ、――ワタシは、ノーマルです。そこんとこよろしく」
「……フム」
どうだろうな、と、ジョカンは心の中で、まだ疑っている。
「ワタシはあくまで、カントクの才能に惚れ込んでいるだけで。それを、横からかっさらわれるように思って、ちょっとだけ怖かった。それだけデス」
ふと、今から二週間ほど前、彼女から妙な話題を振られたことを思い出した。
――“ヒロイン役”の有坂絵里を口説く気があるのか……とかどうとか。
あれは、ホンなりの牽制であった訳だ。
「ねえ、ジョカンくん。正直に応えて欲しいんデスけど」
「ウム?」
「アナタ、カントクのこと、好きデスか?」
「好きだよ」
ジョカンははっきりと応える。
次の質問が来ると予測した上で、だ。
「それは、――異性として?」
「そういう感情を抱いたことはないな」
少し考えこんでから、
「でも、もし今後、ロマンチックな気分に浸りたくなった時は、君たち二人とは無関係のところで発散するよう心がける。……それでいいか?」
「そう、デスか」
《ビーム発生装置》を“おもちゃ箱”にしまってから、助手席に乗り込む。
その、次の瞬間。
ホンの、陶磁器のように美しい肌が、すぐ目の前に迫っているのが見えて。
薄桃色の唇が、頬に当たった。
「……ん、む……」
あまりに唐突なできごとに、ジョカンは思い切り身を引く。
「いい、いきなりなんだっ!」
驚きのあまり、声がうわずっていた。
「今のは、どういう意図のやつだ……?」
言葉を無視して、ホンは車のエンジンを入れる。
「まさか、まさか。……ホン、お前、俺のこと、」
すると少女は、深くため息を吐いた。
「もし、あのまま押し倒してたら、ジョカンはどうしてマシタ?」
眉をひそめる。
何かの罠にひっかってしまったのではないか。そう思った。
「……それは、どうだろう。“据え膳食わぬは男の恥”という言葉もある」
「これだから、男の子は」
ホンは吐き捨てるように言って、車を発進させる。
いつもより、少し運転が荒い。スピードも出ている気がした。
ただ、この分なら。
――日が昇るまでには、“学園”に戻れるだろう。
ジョカンは、そう思った。
▼
朝。
雀の鳴き声に起こされて、目を開く。
「……むぁあっ!」
がばっと布団をはね除け、周囲を確認。寮部屋ではない。保健室だ。
時計を見る。即座に状況を理解して、カントクは訊ねた。
「何時間、寝てた?」
すぐ横には、生徒会長。彼女は分厚いハードカバーの本を読みながら、何かのついでのように応えた。
「丸一日と、六時間」
「ぎゃあっ!」
聞きたくない情報だった。だが、起こってしまったことは仕方がない。
頭の中のスケジュール表を調整。複雑で過密なパズルのような形をしているそれを、猛烈な勢いで組み替えていく。
その結果、“睡眠”という項目がいくつか、“仮眠”へと書き換えられた。
「さてはお前、また徹夜続きやったやろ」
「あら。わかる?」
「そりゃ、長い付き合いやしな」
生徒会長は、深いため息をついた。
「なんでいつも、限界ギリギリまで動こうとするん。もうちょっと楽な芸風、身につけたらどない?」
「若いうちから自分の限界に挑戦せずして、いつするっていうのよ」
カントクは、ほとんど意に介さず、だ。
「あっ。そういえば、カメラはどうなったの?」
「君の優秀なお仲間が、徹夜で持って帰ってきおった。どこも異常はないそうや」
「うん、良し、グッドね」
そう言って、元気よく立ち上がる。
「二人は?」
生徒会長は、無言で隣のカーテンを指す。
ベッドはそれぞれカーテンで仕切られていて、中の様子は見えないようになっている。が、耳を澄ませば、二人分の寝息が聞こえてきた。
「帰ってきたきり、そのまま、ばたーん、とな。放っておくわけにもいかんから、ウチが見張る羽目になっとる」
「世話をかけるわ」
心から感謝の言葉を言い、仲間が眠っているベッドへ早足に歩み寄る。
そして、カーテンを思い切り引いた。
太陽光に照らされて、それまで眠っていたジョカンとホンが、苦しげに唸る。
「……うむうっ……うう……」「……か、勘弁して下サイ……」
「さーあ、二人ともっ! 目を覚ましなさい!」
すると、意外にも生徒会長から同情の声が上がった。
「ウチのことは構わん。こいつら、ほとんど寝とらんみたいやからの。もう少しくらい、寝かしたり」
だが、カントクは断固として首を横に振った。
「あたしの現場では、他人様のご迷惑になるような真似は禁じているの」
「それ、今更にもほどがあるやろ。っていうか、そもそもウチは、君らに言いたいことが、山ほど……」
「さーて、起きた起きた。みんな見て! いい天気よ! 撮影日和ね!」
カントクは気持ちの良い伸びをしながら、のそのそと起き上がる二人に声をかける。
二人の格好は、酷いモノだった。
土と、埃と、何かの生き物のどす黒い返り血で、すっかり汚れている。
だが、問題はない。――何せ、二人は裏方なのだ。
撮影現場の裏方は、常に汚れているものである。
「とりあえず、二人は昼まで仮眠をとりましょう。役者にはあたしが連絡を入れておくから、前回撮れなかったカットも含めて、大急ぎで撮るわよ!」
カントクだけが、はつらつと笑っていて。
ジョカンとホンの表情は暗い。
二人の足取りは、どこか“ミュータント”のそれを彷彿とさせるのだった。
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