その2

 生徒会室。

 ”学園”玄関から歩いてすぐそばにあるその部屋は、警備室とも隣接していた。

 生徒会役員はここから、寮室などのプライベート空間を除いた”学園”内部とその周辺の状況を逐一監視しているのだ。

 この二十年で、プライバシーに関する問題意識は”生命の安全”という大前提の前にいくらか薄れている。キスとマスターベーションは定められた場所で行うものだ。

 ジョカンは靴を放り出し、生徒会室のドアノブを握る。

 勢い良く扉を開くと、檻の中にいる巨大なネズミが、「もぢぃっ」と鳴いた。驚かせてしまったらしい。


「どないした?」


 怪訝な表情を浮かべた生徒会長が、ジョカンを見る。

 時刻は深夜零時前。そろそろ休もうと思っていたのだろう。手にはウサギさん柄の寝間着が抱かれていた。


「夜分、すいません」


 ジョカンは深々と頭を下げてから、


「……これを」


 リュックサックを机の上に置いた。


「なんやこれ」


 無言でチャックを開く。同時に、三ツ分の生首が、ごろりと机に転がった。


「ア、オーゥ」


 さすがに驚いたらしく、生徒会長が目を丸くする。


「識名蓮子、マキナ・ドゥームズデイ、立花京平、――三人分の頭です」

「頭?」

「《魂修復機ソウル・レプリケーター》の使用許可を」

「そりゃまあ、別に構わへんけど」


 生徒会長は首を傾げる。


「でも、なんでわざわざ、生首拾ってきたん?」

「一応、最初に死んだ時は、海馬体のデータを保存する必要がある、と、“中央”の学校にいた時、習っていたもので。念のために」

「……ああ、そういうことか。それなら問題ない。三人とも、外に出る部活やっとるからな。死ぬんは・・・・始めてとちゃうよ・・・・・・・・


 ひとまず安心する。

 そういえば、入学当初、立花京平が、


 ――鬼ごっこは男の遊びだ。時折、死人だって出る。


 みたいなことを言っていた記憶があった。


「この生首、どうします?」

「そこ置いとき。明日の朝、ウチが供養しといたる」

「供養、ですか」


 なにげに”中央”にはなかった文化だ。


「まあ、言うて《ビーム》で燃すだけやけどな。ちょっとしたコツがあって、心を無にしてやらんと、なんやヘンテコな気分になる。――なんなら、試してみるか?」

「遠慮します」


 即答する。


「ま、それでも、ネズミの餌になるよかええやろ」


 生徒会長の視線は、例の巨大ネズミに向いていた。


「たしかに、まあ」


 ジョカンは複雑な表情を作って、


「助かります」


 生首の入ったリュックサックを、そっと部屋の隅に置く。

 瞬間、少しだけ肩の荷が下りた気がした。


 ▼


 “永遠人”よりもたらされた、未知の技術は数多あり。

 中でも、《魂修復機ソウル・レプリケーター》ほど偉大な“みらい道具”は存在しないと言われている。

 実際、これほど人間の生命に対する考え方に影響をもたらした装置はないだろう。


「ここや」


 ジョカンは、生徒会長に先導されて、“シャワー室(旧)”と名付けられた部屋に入った。場所は、保健室のすぐ隣。生き返った生徒をすぐに運び込めるよう、廊下には、数台の車輪付ベッドが並べられていた。

 生徒会長が部屋の電気をつけると、緑色の溶液が詰まった、高さ250センチほどのカプセルが六つ並んでいるのが見える。

 全面タイル貼りのその部屋の中央は、頑丈な敷居が設けられていて、『←女子用』『→男子用』と、黒いペンキで雑に書かれていた。

 《魂修復機ソウル・レプリケーター》にはそれぞれ、コントローラー付のパネルが備え付けられている。

 パネルを見ると、そこには、登録済の“学園”生徒の名簿が、ずらりと並んでいた。

 死んでいる生徒の名は緑色の文字で。

 生きている生徒の名は灰色の文字で。

 緑文字の名前をセレクトして、AボタンとBボタンを同時に押しながら、スタートボタンを押す。たったそれだけで、インスタント・ラーメンよりもお手軽に死人を蘇らせることができるのが、《魂修復機ソウル・レプリケーター》という装置の概要だ。


「そんじゃ、キミは立花くんを頼むわ」

「……あっ、俺、ですか……?」


 少し驚く。こういう大掛かりな装置は、一般の生徒がおいそれと触っていいものではない、と、勝手に思い込んでいたのだ。


「そりゃなあ。ウチ、別に立花くんのおちんちんとか、見とおないし」


 生徒会長は、いたずらっぽく笑ってみせる。


 ――確かに、それもそうか。


 《魂修復機ソウル・レプリケーター》は、生前の服装までは再生してくれない。生き返った者は皆、生まれたままの姿でカプセルから出てくるのだ。

 ジョカンがパネルの前に行き、“学園”の男子生徒の名前が並んだリストを見る。


「……うむ?」


 ジョカンは、その中から「一条完太郎」の名前を発見して、少しだけ驚いた。


「どないした?」


 生徒会長の声が、敷居越しに反響して聞こえる。


「いや。なんか俺の名前が入ってるんですけど」


 ジョカンは、まだ“学園”の《魂修復機ソウル・レプリケーター》を利用した覚えはない。この装置を最初に利用する際は、必ず脳の一部をスキャンする必要があるため、勝手に自分の名前が登録されることはないはずなのだが。

 少々不気味な気持ちになって、


「俺、ここに来てから、まだ死んだことなかったはずですが」


 すると、生徒会長が不思議そうに言った。


「へ? キミ、初日に使ってたやないの」

「初日?」

「“学園”に来た日よ。死因は……たしか、爆死だとか、なんとか。ボロ雑巾みたいになったキミを、カントクが運んで来てたの、よぉ覚えとる」

「……あ」


 そこで、ようやく思い当たった。


 ●校庭 運動場にて。

 逃げ惑う男A。

 そこに、ミサイルが飛来してくる。

「うぎゃあ」

 男A、爆死。


「あのシーン、――」


 結局、爆発の後の記憶は定かではなかったが。


「あの時、一回殺されてたのか」


 言うと、生徒会長がけらけらと笑った。


「なんや。キミ、カントクに言われてへんかったん?」


 ――何が、“安全性は計算に入れてる”、だ……。


「まったく、やってることは、単なる人殺しじゃないか」

「学級裁判にかけることもできるけど、どうする?」

「いいえ」


 生徒会長からは見えない位置だったが、ジョカンはわざわざ首を横に振って応えた。


「今更。済んだことです」

「心が広い男やな、キミは」


 生徒会長が感心する。実際、不思議と怒りは感じていなかった。


 ――映画のため、か。


 カントクらしいといえば、カントクらしい。

 嘆息混じりに、《魂修復機ソウル・レプリケーター》のパネルの「立花京平」と表示されている箇所にカーソルを合わせて、ボタンを押す。

 ごぼごぼごぼごぼ、ごぼ。

 すると、緑色の液体が、猛烈な勢いで泡立ち始めた。

 その次の瞬間、立花京平の裸体が目の前に生まれ出でる。

 がしゃ、と、音を立てて、カプセルの前面が開いた。

 緑色の水溶液をまき散らしながら、


「うげえっ、ごほっ、ごほっ……」


 素っ裸の京平が、床に転がる。


「あー、くそったれ。次の俺は、きっとうまくやるぞ……」


 うわごとのようにそう呟いて、すぐさま気を失った。

 これは別に、異常事態ではない。生き返った直後は、よほどの気力がないかぎり、しばらく意識を失うのが普通なのだ。

 ジョカンは、自分の身代わりになった友人をバスタオルで包み、すぐそばにある車輪付のベッドに寝かせてやる。

 ――と。


「ジョカンっ!」


 不意を打つように、カントクが現れた。一糸まとわぬ姿である。


「おいこら、識名! タオルくらい……ッ」

「カメラはっ?」


 生徒会長の制止を振りきって、叫ぶ。


「――は?」

「撮影に使ってたカメラ! あと、今日の分のテープ! ちゃんと回収してきたんでしょうね!」

「……あっ」


 ジョカンの表情が凍り付いた。


「ま、ま、ま、ままままま。まさか……」


 それだけで、全てを察したらしい。カントクも蒼くなる。


「忘れてきた、とか?」

「すまん。連中から逃げるので、精一杯だった」


「むぎゅーっ!」


 カントクが漫画のような悲鳴を上げて、すてーん、と、その場にひっくり返る。


「お、おい……っ」


 驚いて、抱き起こそうとするが、


「こら。これでも一応、年頃の娘やぞ」


 バスタオルを持った生徒会長に遮られた。


「ウ……ウウム……」


 ジョカンは、どうしていいかわからないまま、呆然と立ち尽くすしかない。

 見間違いでなければ。

 最後、泡を吹いていたように見えたが。


「大丈夫、か?」


 返答はなかった。


 ただ、それから、一時間経って、二時間経って。

 立花京平とホンが目を覚まして。

 それから一晩経過しても。


 カントクは目を覚まさなかった。

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