その5
放棄された国道を、“学園”所有の車が走り抜ける。
道路は酷い有り様で、アスファルトはボロボロ。あちこち樹の根っこが露出しているような状態だ。
そんな道で時速百キロ近く出している訳だから、当然、乗り心地は最悪である。
「うひえええええええええええええええええっ」
もはや外聞憚ることなく抱きついてくる生徒会長を押しのけつつ、ジョカンは言った。
「ひょっとすると、大人の方が安全に食えることがわかっているのかも知れん」
どのようにして”みらい道具”が、使用者の年齢を判別しているかはわからない。
ただ、オギャーと産まれて、ちょうど二十一年経過したその瞬間から、その者が手にした“みらい道具”はあらゆる効力を失うという。
《空気圧縮銃》はトリガーにロックがかかり、《無敵バッヂ》はただのカッコ悪いデザインのバッヂになり、《ビーム発生装置》に至っては指にはめることすらできなくなる。
どこかの童話作家が、こういう言葉を残したらしい。
――現代の子どもたちには、シンデレラの魔法がかかっているのだ。
神にも悪魔にもなれる、時間制限付きの魔法が。
「ほっとくのはあまりにも危険ね。人類のためにも始末すべきだわ」
「本音を言うと?」
「あいつが逃げた先に、今回の撮影現場がある。街を壊されるのはマズい。急いで!」
「あらほらさっさー」
アクセル全開。ジョカンでさえ腰が引けるほどの加速だ。生徒会長の両腕にも力がこもる。
「あの……会長?」
美少女に甘えられてラッキー、という感じではない。文武両道であるところの生徒会長は、その腕力も人並みを外れている。変な気分になる以前の問題で、痛かった。
「ちょっと、か、勘弁してくれませんか?」
必死にお願いしてみるが、
「ウウウウウウチみたいな美人に抱きつかれるなんて、完太郎くんは本当にラッキーボーイやなあ! あはははは!」
相互理解にはほど遠い。
「少し跳ねマスっ! 舌を噛まないで!」
絶望的な予告の後、怪獣がなぎ倒した樹木を乗り越え、車が数メートルほど飛んだ。
「ひえぇぇ!」「ぐおおおおぉぉぉっ!」
二人分の悲鳴が上がる。前者は生徒会長、後者はジョカンだ。
着地後、間もなくして、高速道路に出る。
「……いた!」
巨大な黒い影が、ずしん、ずしんと音を立てて前に進んでいた。鈍重そうな見た目に反して、かなり俊敏に見える。時速四、五十キロほどだろうか。
だが、さすがに車ほど早くは走れないらしい。あっという間に両者の差が縮む。一分とかからずに併走する形になった。
やはり、“怪獣”の行き先は、こちらの目的地と近いらしい。
「ジョカン! この道路上であれを始末する! いいわね!?」
「わかってる!」
応えて、天井部のスイッチを入れる。すると、人一人分、上半身を出せるスペースが開かれた。
会長を腰に巻き付けたまま、なんとか立ち上がる。
“怪獣”の影が、徐々に近づいてきていた。
「いくぞ……!」
小さく言って、《ビーム発射装置》を使おうとする、が――。
「むッ」
「どうしたの?」
「射程外だ。もう少し近づけないか?」
運転席に向けて叫ぶ。
「ちょっと待って下サイ」
言われるまま、ホンがハンドルを切った。
すると、その分だけ、怪獣の進路が横に逸れる。
もう一度。
同じことが繰り返された。
「あいつ……《ビーム》の射程を、だいたい把握してるみたいだぞ」
「そんなっ!」
驚きの声を上げたのは、カントクである。
“怪獣”がそこまで知恵をつけているなどという話は聞いたことがない。
思うままにギャーギャー暴れて、気分がスッキリしたら海へと消えていく。それが連中の定番的な行動ではなかったか。
「じゃあ、どーするのよ?」
「《ロボット》でもあれば、話は別だが……」
ジョカンの呟きに、
「《ロボット》使うんやったら、前日にはちゃんと書類出しとかなアカンで!」
律儀に応える生徒会長。
素早く、車の行く先に視線を走らせる。目的地は、目に見える距離にまで来ていた。
「まずいな……」
「な、なな、なんでもいいから、あいつを止めてよ! ゲームなら簡単だったでしょ!」
カントクの悲痛な叫びに、ジョカンは苦く笑った。
「ゲームと現実を一緒にするなって……いや、そうか!」
不意に浮かんだ思いつきに、少しだけ声が高くなる。
「ホン、トカゲ野郎の前に出れるか?」
「それくらいなら。……でも」
ホンの言いたいことはわかる。今更“怪獣”の前に出たところで、進路をほんの少しずらすことはできても、街の被害は免れないだろう。それでは意味がない。
「いいから、頼む!」
そして、ジョカンは自分の“
「《無敵バッヂ》! 全員分、ありったけよこせ!」
「あんなの、何に使うの?」
「トラップ・アイテムだ」
不敵に笑う少年。
カントクは一瞬だけぽかんとしていたが、
「よくわかんないけど、ぐっど・らっく!」
不器用に労いの言葉を言う。
ジョカンは、手渡された十円玉大のバッヂを持ち、もう一度、車の天井部から顔を出した。
ずん、ずん、と、腹の底に響く“怪獣”の足音。
見上げるとそれは、まるで山が動いているようだ。
「ギリギリまで右端に。その後、徐々に反対側へ寄ってくれ」
「ホイホイ」
ホンが、言った通りにハンドルを切る。
その間も、ジョカンは一定の間隔で《バッヂ》を地面へ落としていった。
《無敵バッヂ》は、一種の衝撃吸収構造体である。
中にジェル状の物質が詰まっており、ある種の衝撃を感知すると、風船状に膨張して装着者を保護するのだ。
ただし、この“みらい道具”、子供達にはぶっちぎりで人気がない。
たしかに《無敵バッヂ》は、弾丸を始めとする様々な衝撃から身を守ることはできる。だが、一度起動してしまうと、ほとんど身動きが取れなくなってしまうという欠点があるのだ。しかも、風船に包まれている姿は非常にみっともない。
こんなものに頼るくらいなら、さっさと勝負を仕掛けるべき。……というのが、“みらい道具”を扱う者の常識であった。
――うまくいってくれよ……。
後は、運がこちらに向いていることを祈るのみ。
固唾を飲んで見守っていると、
「ギィェアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
山のように巨大な影が、天を衝くような悲鳴を上げた。
“怪獣”の足下を中心に、巨大なピンク色の風船が膨らんでいく。
「へー、そっか。なるほど。こーいう使い方もあるんだ」
――緩衝材は、衝撃が大きければ大きいほど強力に作用する。
“怪獣”の体重は、どれくらいだろう。
50トン? 60トン? あるいは100トンほどだろうか?
いずれにせよ、強烈な圧力がかかったことは変わりない。
《無敵バッヂ》は、怪獣の踏みつける力から、道路を“守った”のである。
けばけばしいピンク色の風船が、怪獣の足元をがっしりと捉えた。
ズゥン…………ッ!
バランスを崩した“怪獣”は、壮絶な地響きを立てて、その巨大な身体を横たえる。
この巨体だ。再び起き上がるのは簡単ではあるまい。
「グルッグルルルルルッ!」
“怪獣”が、鼻息荒くこちらを威嚇している。
が、もはや無駄な足掻きであった。
「接近して《ビーム》で始末する!」
ホンがハンドルを切り、Uターンする。倒れた“怪獣”の姿が近づく。
「グルルルルルルルルルルルルル……」
力なく唸る声。
《ビーム発生装置》の威力を、“最大”に設定し、
「よし、トドメを……」
言いかけた、次の瞬間。
怪獣の口内に、オレンジ色の光がちらついた。
「こいつ……ッ!」
火を吐くつもりか。
ジョカンは構わず、怪獣の口内に向けて《ビーム》を発射する。
トカゲ型怪獣が大口を開いたのは、それとほとんど同時であった。
ごおっ、と。
光線と、熱線が交差する。
「『ゴジラVSメカゴジラ』で観たやつだ! うわーい!」
カントクだけが、きゃっきゃと嬉しそうに笑って。
「ギィエアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
耳を覆いたくなるような断末魔が、深夜の高速道路に響き渡った。
「……や、やったん?」
生徒会長が、不安そうに少年を見上げる。
ジョカンは、――
「今のはちょっと危なかった」
何ごともなく、後部座席へと引っ込んだ。
神にも悪魔にもなれるシンデレラの魔法は、”怪獣”如きに引けをとるものではない。
怪獣の頭部は完全に吹き飛ばされて、ゴム製品のような悪臭を放っていた。その断面は完全に炭化しており、しゅうしゅうと煙を上げている。
車内の時計を確認すると、夜中の三時過ぎであった。
どうやら、夜明けには間に合いそうである。
「ところで、――会長。そろそろ、離してもらえますよね?」
ジョカンは、未だに腰にまとわりついている生徒会長に言う。
「はぁい……」
ようやく平穏が訪れたことを察知して、会長は力なくジョカンから離れた。
「そんじゃ、出発しましょうか」
カントクが言うと、
「……ごめん」
ふと、会長が口元を抑えながら、席を立つ。
「ほんのちょっとだけ、待ってくれへん?」
どうやら、カーチェイスに巻き込まれた辺りから、完全に調子を崩していたらしい。
「……ウチ、ちょっと、吐いてくるから……」
言って、逃げるように車を後にする生徒会長。
「お、おぉろろろろろろろろろろっ。うっうっうっ……。ふええええええ………」
“学園”では想像すらできないほど格好悪い彼女の姿が、そこに在った。
▼
「それじゃーまぁ。さくさくーっと、いってみようっ!」
カントクが元気よく声を上げる。
「文明崩壊後、放棄された街を主人公が眺めているシーン……」
同時に、ジョカンがカメラのスイッチを入れた。
「よーい、スタート!」
カメラは、ゆっくりと朝焼けに染まる街を映していく。
オレンジ色に照らされる、旧市街。
人気のない商店。
強くない風が吹き抜けて、木々を揺れる様。
――“終わってしまった世界”の風景。
カントクがラストシーンに選んだだけあって、壮麗な眺めだった。
「……はい、カット!」
たった今撮影した映像を確認して。
「おっけー、ナイス! はい、しゅーりょー! お疲れさま!」
作業自体は、十数分もかからなかった。
「……うむ」と、ジョカン。
「やりマシタねー」と、ホン。
「……へ?」
生徒会長だけが、呆れたように“映画部”の面々を見ている。
「たったこれだけかいな?」
「そうだけど?」
何か問題でも? とばかりに、カントクは首を傾げる。
「あんな醜態まで晒して。……うう。……アホらし」
突発的な頭痛にでも見舞われたのか、こめかみを抑える生徒会長。
映画部員たちは、お互いの顔を見合わせて、苦笑する。
これが、これっぽっちも「アホらしい」行為でないのは、しばらくこの撮影に参加していなければわからないことなのだろう。
いずれ、彼女にも理解してもらえる日が訪れればいいのだが。
「でも、……結局映り込んじゃいましたね、カントク」
ジョカンは、朝焼けに照らされた、巨大な肉の塊を見据える。
先ほど倒した、トカゲ型の怪獣である。
黒く炭化しているせいで、一見、小さな山のように見えなくもないのが救いだが……。
「ま、これくらいなら、編集でうまいこと誤魔化せるっしょ」
言いながらも、カントクの表情には、少しだけ翳りが見える。
「常に完璧を目指すべきだけど、結果が追いつくとは限らないからね。……うん」
その言葉はどこか、自分に言い聞かせているかのようだ。
「それじゃ、帰りましょーか。帰ってからも、忙しいからね」
「ぐえー……。まだあるんかいな」
悲鳴を上げたのは、生徒会長その人だ。
「あら。まだくっついてくるつもり?」
「当然や。その日の活動が一区切りつくまで、視察は続くからな」
「そう。大変ね、あんたも」
「ふん」
生徒会長はそっぽを向く。
「ただ……まあ。君らがマジメに部活やっとることはわかったからな。そこんとこは、ごっつい収穫や」
「そう思ってくれたなら、良かったけど」
「昔は悪う言ったこともあったけど……蓮子の映画、愉しみにしとるっちゅう声も聞いとる。自主にしては、出来もええしな」
「光栄だわ」
カントクは微笑んだ。こういう時にだけ見せる、無邪気な笑みである。
「“春祭”の上映まで、あと三週間やったな。がんばりや」
「ありがと」
生徒会長とカントクの二人が、ぎゅっと手を握り合った。
反目し合っていた者同士が、手を結ぶ。
そんな美しい光景が、目の前で繰り広げられつつある。
――なんか、いいな。
ジョカンが感慨に耽っていると、
「それじゃ、スペシャルサンクスってことで。エンディングロールに会長の名前、載せてあげましょうか」
と、カントク。
「それはまあ、……どっちでもええけど……。ウチ、別に何もしてへんし」
「怪獣のウ●コ、掃除してくれたじゃない」
「……ふん」
会長が、少し照れくさそうに鼻を掻く。
「まあ、蓮子がどうしても、っちゅうんなら。ウチとしても断らへんよ」
「あら、そう。……じゃ、悪いんだけど、会長の名前、教えてくれる?」
手元からメモを取り出しながら、何気なく言うカントク。
同時に。
「……………………………………………………………………………………………は?」
ぴし……ッ、と。
埋まりかけていた二人の溝に、再び亀裂が入った音がした。
「……オマエ……」
「なに?」
あどけない表情で、カントクは首を傾げる。
「もう六年の付き合いやのに。……ウチの名前も知らんかったんか」
「うん」
あちゃー、と、ホンが頭を抱えた。
「だってあたし、アナタの名前にこれまで何の興味もなかったんだもの」
「識名ぁ……蓮子ぉ……ッ」
生徒会長が、押し殺したように、カントクの名を言う。
「何? いいから、早く教えてよ。本名を」
「――やかましい! ウチのことは一生、生徒会長って呼んでろ、アホ!」
早朝の無人街に、少女の怒声が響き渡った。
第二話 了
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