第二話『怪獣に関するレポート』
その1
・“怪獣”の正しい対処法
その一。支給品の“ビーム発生装置”を右手に装着する。
その二。右手の中指と人さし指を立てて、Vの字状のサインを作る。
その三。サインを横向きにして、右目に軽く当てる。
その四。目からビームが発射されるので、怪獣が死滅するまでそれを当て続ける。
以上
現代において”怪獣”という言葉を使う時、ほとんどの場合は既存の生命の類型に属さない、未知種の巨大生命体全般を指す。
“怪獣”は、基本的に例外なく、大きく、重く、鳴き声がうるさく、そこはかとなく愛嬌がある、という共通点がある。これまで数多くの“怪獣”が討伐されてきたが、全くの同一個体は確認されていないという。
そんな”怪獣”たちの出自については、はっきりしていないことが多い。ただ一つだけ確かなのは、彼らの出現が完全に予測不可能である点だ。現状、有効とされる予防策は存在せず、”怪獣”の存在が確認された端から、順番に始末していくことしかできないとされる。
幸いなことに、前述の通り彼らは鳴き声がうるさく、非常に目立つので、出現したらすぐに周囲に知れ渡る。故に、脅威度はさほど高くない。
――“怪獣”が現れた時は、速やかに教職員・あるいは生徒会に申し出ること!
討伐するのは、後片付けのことも考えてから、ですよ!
“園長先生”より
▼
一条完太郎、――ジョカンは、一枚の円盤が収められたケースを拾い上げる。
凶悪なデザインの怪竜に、一人の屈強な男が立ち向かっている絵。
「モンスター、……ハント? いや、ハンター、か」
見たところそれは、”終末”以前に作られたゲームソフトのようだった。
今、”学園”生徒たちは、課外授業の一貫で”
ここは、ゲームコレクターの元住処と推測される、マンションの一室だ。
ちょっとした気の緩みで“ゾンビ”に噛まれてしまったらしいこの部屋の主は、先行隊の男子生徒に撃たれて、今では壁の染みとなっていた。
先行隊の話では、ゲーマーの某さんは”ゾンビ”と化してなお、ファミコンのコントローラーを握っていたという。
遺書は走り書きで、こうあった。
――ざんねん!! わたしの ぼうけんは これで おわってしまった!!
生前の彼の性格が偲ばれる、丁寧に整理整頓されたゲーム棚の前で、ジョカンはいくつかのゲームソフトを吟味している。
レア物を見つければ、”中央”にいるコレクターとの物々交換に使えるためだ。
“学園”には、都会において珍しかったいくらかの物品にありふれている。
高性能の電化製品だとか。
古い漫画雑誌だとか。
テレビ・ドラマのDVDボックスだとか。
そうした品の多くは、インターネットを通じて交換に出される。
それで手に入れるものと言えば、ダンボールいっぱいのチョコレートだとか、コーラだとか、新刊の漫画雑誌だとか。
その手の嗜好品は、生徒たちが自分で仕入れて良いことになっているらしい。
ジョカンが手にしたゲームソフトは、当時を代表するヒット作である。現代においてもさほど珍しくない品だったが、タイトルにはぼんやりとした聞き覚えがあった。
「これってたしか、『大怪獣ハント』のスタッフが関わってるゲームだよな……」
――『大怪獣ハント』。
“人類の天敵”との戦いが一段落した頃。
食べ物と、清潔な衣服と、柔らかい寝床を取り戻した人類が、“中央府”主導のもとに生み出した、”国営の娯楽”の一つである。
『大怪獣ハント』は、“終末”を生き残ったそうそうたる面子のゲームクリエイターによって作られたもので、”中央”に住む子供の八割以上がこのゲームのプレイヤーだとされている。
かくいうジョカンも、ゲーム発売当初は、夢中になって遊んだ記憶があった。
「『ダイハン』、ジョカンもやるのか?」
すると、耳ざとく話を聞きつけた立花京平が、何やら神妙な表情で声をかけてくる。ちなみに『ダイハン』というのは『大怪獣ハント』の一般的な略称だ。
「まあな。当時はみんなやってたし。急ごしらえのゲームセンターがあちこちにできて、そこら中で対戦会を開いてた記憶があるよ」
「ほほう」
「なんだ、妙な顔で」
京平が、何人かの男子生徒に素早く目配せする。
それに応えて、数人の生徒が、わざとらしく伸びをしてみせたり、訳もなくポキポキと指を鳴らしたりした。その表情には、一様に不敵な笑みが浮かんでいる。
「ちなみに、腕前は?」
「そこそこ。一応、小さな大会で優勝したこともある」
その時、がたごと、と、音を立てて、一人の生徒が足を踏み外した。
後で知ったことだが、彼はその時点での”学園”最高のプレイヤーであったらしい。
「そうか……」
京平は、深刻な表情で頷いて、ぽんとジョカンの肩に手を置く。
「お前も、遂に我々の仲間入りをする時がきたようだな」
「なに?」
「今夜九時過ぎ。談話室へ」
秘密諜報員のような口調でそう言って、京平は背を向ける。
「――?」
”学園”に入学してから、二週間目のことであった。
▼
ポテトチップスに、缶コーヒー。その他缶詰類は、”
テーブルの隅っこには、”料理研究会”がからっと揚げたゴキブリ料理もある。
ここは、”学園”の談話室。
廃墟から拝借してきたと思しき高級なソファと、ふかふかのクッション、恐らくは本物のルネ・マグリットが飾られたその部屋は、華族の邸宅を思わせた。
一昔前の公共施設としては考えられないほどに豪奢な部屋だが、今どき不思議なことでもない。
世界が“終末”を迎えたあの日から、
「よーしよしよし……。いけるいけるっ。よぉしこい!」
友人の立花京平が、押し殺したような口調で言う。
今宵、談話室ではちょっとした宴が催されていた。
ジョカンが手早くコントローラーを操作すると、テレビ画面の中で、ロケットランチャーを抱えたキャラクターが小刻みに動き、”怪獣”を翻弄する。
そして、一瞬の隙を突いた一撃が”怪獣”の頭部を貫いた。
高音質のスピーカーから、断末魔の雄叫びが響く。
「……ふう……」
安堵しつつ、ジョカンはコントローラーをテーブルに置いた。
一拍遅れて【1Player WIN!】という文字が画面に表示されると、野太い歓声が上がった。
「うおおおおおおっ! 今のが決まるか!」
「お美事! お美事にござりまする!」
ばん、と、少し乱暴に背中が叩かれ、「いやー、はは……」と、不器用に笑う。
「では、またまた総取りということで……」
京平は不敵な笑みを浮かべながら、銀のトレーに乗った牛乳ビンのフタを、じゃらりと革袋に流し入れた。
“学園”において、――このプラスティック製のフタには貨幣価値がある。
冗談のような話だが、周囲の熱狂ぶりを見るに、嘘ではなさそうだ。
「よし! 次の相手だ!」
友人が叫ぶと、俺が俺がと数人の生徒が名乗り出る。
――“中央”で磨いたゲームの腕が、こんなところで活かされようとはな。
いま“学園”の談話室を熱狂に包んでいる『大怪獣ハント』のルールは単純明快。独自のアルゴリズムで自動生成される、多様なデザインの怪獣を片っ端から始末していく、ただそれだけのゲームだ。
怪獣を殺せば殺すほど得点が入り、最終的な点数の高いプレイヤーの勝利となる。
ステージ上に配置された様々なトラップ・アイテムを利用することがポイントで、アイテムを有効活用するためには、ステージの地形、怪獣の動作パターン、操作するキャラクターの特性を把握しておかなければならない。なかなか奥深いゲームなのだ。
ゲーマーと呼ばれる人々の価値観は、いつの時代でも変わらない。
――強い者が尊敬を勝ち得る。
それ以上でも、それ以下でもない。
今のところ、ジョカンは尊敬を集めることに成功していた。
「さて、次はいくら賭ける……?」
京平が次の試合を仕切ろうとすると、
「――ゲームは終わりよ」
不意を打つように、言葉を挟む者が現れた。
誰もが驚き、声の主に振り返る。
この時間、談話室のテレビを使うのは、ここにいる“年長組”の男子生徒たちだという、暗黙の了解があったためだ。
彼らの前に現れた少女の名は、――識名蓮子と言う。
“学園”内では、カントクというあだ名の方が有名だ。
「ジョカンを借りてくわ。問題ないかしら?」
カントクの言葉に、当のジョカン本人が驚いていた。こんな夜遅くに“映画部”の打ち合わせがあるなど聞いていない。
「問題おおありだ。残念だが、アポイントなしで相棒を貸すわけにはいかないな」
京平は断固とした口調で言った。今晩中に、その場にある牛乳びんのフタ全てを懐に入れておく算段があったためである。
「あら、そう」
カントクは冷淡な視線を周囲の男子生徒に向けた後、――一冊の雑誌を取り出した。
「…………っ!?!?」
同時に、その場にいた男子生徒全員の息が止まる。
雑誌の表紙を見ると、水着姿の数人の女性が、扇情的な視線でこちらを見つめているではないか。なお、彼女たちのバストは豊満である。
否応なく、男子の視線はその本へと集中した。
無理もない。
”学園”におけるエロ枯渇問題は、男子生徒たちの間で深刻化しているのだ。
これは、先代の生徒会長が“学園”風紀を保つという名目のもと、大規模な荷物検査を実施したためである。当時の男子生徒が溜め込んでいた膨大な量の猥褻物が没収され、過ぎ去りし栄光の日々を想起する貴重な文化遺産として、今は”中央”にある国会図書館へと送られてしまった。
それ以来、”学園”ではエロ本が宝石のように丁重に扱われているのである。
牛乳びんのフタ五十個で、ピンナップ一枚。
牛乳びんのフタ五百個で、本を一冊。
牛乳びんのフタを三千個で、動画入りのデータ・ディスク一枚。
今、彼らの目の前にあるのは、牛乳びんのフタ換算にして五百個分の価値があるシロモノなのだ。
本の表紙には、『効果的な性行為に関する、詳細な情報と実践』とある。
「それ、どうしたんだ?」
「昔ちょっとね。小道具として使うシーンがあったから。欲しい?」
「そうだな。我々は、その本がもたらすであろう情報を、――必要としている」
立花京平が、重々しい口調で言った。
カントクは、男子生徒たちの知的好奇心が極限にまで高まった瞬間を見計らい、
「最初に拾った者にあげるわッ!」
高らかに宣言する。
「お……おお、うおおおおおおッ!」
男子生徒の雄叫び。
彼らが見守る中、雑誌がフリスビーのように飛んだ。
一人の生徒が、テーブル上にあったゴキブリの揚げ物(ちなみに誰も手を付けていない)が載った皿を蹴る。“料理研究会”の手料理が宙を舞い、カントクがちょっとだけ嫌な顔をした。
肌色が多く使われている誌面を追う、餓鬼と化した十数人の男子生徒たち。
残されたのは、カントクとジョカンの二人だけだった。
「……何があった?」
訊ねると、
「話があるの」
深刻な表情で、カントクが応える。
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