第38話:HURRY GO ROUND

「え?」

 皆が静かにみかどを胴上げから降ろすと、ジョニーが血相を変えて走ってきた。


「すばる、いましたよ、日本にいます!」

「どういうことなんですか?」

「すばるはレースで世界中を回っていた話はしましたね。フランスでレースに参加中、事故に合い大怪我をおったそうです。奇跡的に命は助かったのですが、その、記憶がなくなる?現象になったそうです」

「記憶……喪失……?」

「おぅ、それです。フランスの病院で入院中だったようですが、ある時、抜け出して行方不明になったみたいです。足取りを探ってみたらなんと、日本にきている、とわかったそうです。チームメンバーたちで探し出して、いまは群馬県の病院に入院しているみたいです」


 すばるは日本にいた。

 でもなぜこんなことに?


「なぜうちに連絡がこなかったんでしょう?」

「すばるはその、偽名を使ってチームに参加していたようです。出身地などを隠して。記憶喪失になってからチームで探そうとしたけど、架空の住所だったとのこと。見つけられるはずがありません。これが原因で、わたしもすばるを見つけられなかった。こんなことした理由はたぶん……契約金の返還義務だと思います。すばるは契約金と報酬などを数年分前払いでもらっていたんです。途中でチームを抜けるなどの場合、その返還を問われる可能性が高い」


 みかどは理解した。

 あの5000万円はこれだったんだ、と。

 事が起こった場合にうちに迷惑がかからないようにしていたのだ。


「お金も全部返しますから……お兄さんに会いたいです……」


 目にいっぱいの涙を溜めながらジョニーにすがりつく。


「うん、大丈夫であれば今からいきますか?すぐ車の手配します」

「はい、お願いします!」

「待ってくれ、オレも連れてってくれよ、ジョニー。みかど、いいか?」

「……うん」


 品川から車で群馬に向かう。


「ラリーの選手はプロドライバーといってもよほどのチームでないかぎり、報酬がいいわけではありません。F1などに比べたら同じように命がけの種目なのに報酬は1/100をさらに下回ると思います。それでも、すばるは参加したかった、その理由は……みかどの家の事情もあったのですね」

「少しでもいい契約で入るために、きっとギリギリの契約をしていたんだろ。でも家族に黙ってってのはダメだ、残されたみかどやお母ちゃんはどれだけ悲しむんだよ、生き溺れやがって」


 火野は吐き捨てるように呟いたが、みかどは安堵の表情を浮かべている。その瞳は涙で赤い。 


「でももういいの、生きててくれたんだもん。記憶だってなくっても、それでもいい」

「みかど……」


「そういえばなんで突然連絡が来たんだ?」

「今日のジャパンカップ、生中継されてたみたいです。正確にはネットの配信、タミヤのストリーミング放送ですね。それで最後のみかどの挨拶で、記憶がないはずのすばるがパソコンの画面を眺めながら泣き出したそうです。それを見たスタッフがもしや?とラリー協会に連絡し、その連絡がわたしにきました」

「最初のスプリングカップのとき、日本に来たってのは記憶ないのに来れたってことか?」

「はい、どうやったかは定かではありませんが、チケットを取って日本に来ていたようです」

「すげぇな・・・執念って感じだ」


 家族の生きる糧を得るための並々ならぬ想い、記憶を失ってなお、日本まで来ていた……まさにみかどの兄は執念の人だ。


「じゃぁ記憶もないのに、お兄さんはあたしを見つけてくれたんですね」

「そういうことになります。ね、前に言った通りになったでしょ?」

「はい、すごいです、ジョニー」

「ふふ、ほめられました。さぁ、しばらくかかりますから、2人は寝てても大丈夫ですよ。ちょっとかっ飛ばしますから、シートベルト締めててくださいね」


 さすがプロレーサー。

 ものすごい速さで群馬の病院までたどり着く。


「つきましたよ、ここです」

「オー、ジョニー、キテクレマシタカー」

「はい、来ましたよ。あなたがわたしに連絡をいれてくれたマッコイさん、ですよね」


 ジョニーからの話ではチームメイトとのことだが。

 鼻の高い、髪の毛がもじゃっとした丸メガネ、いかにも研究職といった風貌。

 きっとマッコイ氏はレーサーではなく、メカニックや整備の専門家などではないだろうか、とみなが思った。


「ハーイ、ワタシハマッコイ、ニホンゴスコシワカリマス」

「お兄さんの様子はどんな感じですか?」

「イマハオチツイテマスヨ。コレカラアンナイシマスノデ、アッテアゲテクダサイ」


 マッコイに連れられて個室病棟に向かう。


「ココデス」


 からからから……


 ドアを開けると男性がベットから上半身を起こしているところだった。

 点滴や機材のようなものがつながっているが、見た感じは元気そうにみえる。


「お兄さ……ん、お兄さん、お兄さん!!」


 みかどはその男性の前に駆け寄り顔を覗き込むように眺めている。


「みかど、おまえの兄ちゃんなんだな?」

「……うん、お兄さんだ、少し痩せちゃったけど、お兄さんだよ」


 すばるの手を握りながらみかどが語りかけている。


「お兄さん、あたしです、みかどです、わかりますか?」

「……みかど?さん、ですか?すみません、ぼくは何も覚えていなくて……」

「おにいs……うん、いいの大丈夫、心配しないで。こうやって生きていてくれただけで、うれしいから」


 ぼろぼろ涙をこぼしながら話しかけるみかど。

 それはこれまでの想いが溜まりに溜まって、いまダムが決壊したかのように流れ出る。


「どうして泣いているのですか?」

「へへへ、うれしくて泣いてるんです。あ、そうだ、さっきまでミニ四駆の大会に出てたんですよ。なんとあたし、東京のチャンピオンになったんです」

「すごいな、おめでとう」

「これが……そのミニ四駆です」


 エンプレスをすばるに見せる。

 彼は少し驚いたように目を開いた。


「……これがミニ四駆……?」

「……はい、昔のミニ四駆とはちがってちょっといろいろ仕組みが入ってるんです、おもしろいですよ。こうやると、ほら、バネが入っていてシャーシがぐにゃっとフレキシブルに動くんです」

「ほんとだ、こんな機能があるんですね。モーターはハイパーダッシュですか、シャフトもチタンで剛性も高そうだ。ギアは……3.5:1か、であれば最高速重視の高速マシンだ」

「……あれ、記憶がないんじゃ?」

「……あれ、なんでわかるんだろう?」

「おいみかど、ちょっとミニ四駆の電源入れてみろよ」

「う、うん」


 ぎゅぃぃぃぃーーーん

 モーターがうなり始めると、すばるはは苦しそうに顔を歪めた。


「……う……うぅぅ……」


 息も荒く、頭を抱えてうずくまる。


「お兄さん!!」

「みかど!荒療治かもしれないが、そのままそのミニ四駆を兄ちゃんに渡してみろ!」


 一瞬、躊躇したみかどだったが、手のひらでキラキラ光るエンプレスを見て覚悟を決める。


「……お兄さん、これ、あたしのミニ四駆、エンプレスって言います。友達みんなで一緒に作った、最高のマシンです。実はお兄さんのスーパーエンペラー、壊しちゃった。ごめんなさい。でもその中の部品もたくさん使ってるから、半分はお兄さんのマシンだったりもするんだよ。だから、はい、触ってみてください」


 顔を上げエンプレスを受け取るすばる。

 その瞬間。

 目をパチクリしながら頭を振り、驚いたような顔であたりを見回すすばる。


「ここは……病院……?ぼくは……何を……」

「お兄さん……?」

「……みかど?なんでぼくは病院に、みかどもいる?ここは?」

「OMG!へぃ、マッコーイ、お医者さん呼んできてくださーい!!」

「お兄さん!うわぁーーん!!」


 急に抱きつかれてとまどうすばる。


「どどうしたんだよみかど、泣いたりして、ここはどこなんだい?」

「うわぁーん、わーん!」


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用語解説:

・OMG

 Oh My Godの略w

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