第37話:Speed King
1回戦突破から2回戦とどんどん勝ち進むみかどとあおい。
このまま行くと町田宮VS京商が決勝でも見られる、そんな予感がしていたが準決勝にて波乱が起こる。
「あおいが負けた……」
準決勝がみかどとあおいが別々のコースで同時走行だったので、学校別に分かれて観戦していた。
みかどはなんなく勝利し、初出場で決勝進出の快挙を決めていた。
部員一同喜んでいたところに息を切らして駆け寄ってきたナツからの1報だった。
「あのS2ホエイルをどうにか出来るやつがいたのかよ?」
「それが……相手もホエイルだったのよ」
「げぇ、なんだよ、ホエイルだらけになってきたな……ん?もしかしてそれって例の……?」
「そう、黒いエンペラー!エンペラーのホエイルマシン!」
「会長が負けたっていうやつか……どんなやつだった?」
「それがサングラスしていたからどんな人かはわからないのよ……」
黒いエンペラー。
いかにも敵、といった感じだ。
「もしかしたらそいつがみかどの兄ちゃんだったりしてな」
火野の発言に固まる一同。
「……それってかなり核心ついてるかもしれないわよ」
「使ってるマシンもエンペラーってあたりが、なんかそれっぽいんじゃないのー?」
「でも決勝で当たる、ってわけですから、そこでわかりますよね……」
(お兄さんが来ているかもしれない。しかもミニ四駆で直接勝負する可能性があるの……)
「ちょっとどきどきしてきました……どうしよう……お兄さん、ほんとに来てたら……心の準備が……」
もしかしたらここで再会できるかもしれない。ずっと探し続けた兄に。
そこに彼女を呼ぶ低い声がした。
「みかど?」
突然の声掛けに全員で振り返るとそこには。
「はぁい、みかど!久しぶり、ジョニーだよー」
「おまえかよ!!」
火野がキレぎみに突っ込む。
「おぉ、どうしたのですが、わたしが何か問題でも?」
「いえ、ただ決勝に残った黒いエンペラーがすごく速かったよ、ということを聞いて」
「黒いエンペラー、これですね」
ジョニーの手の中には黒いエンペラーが。
「あ、あんただったのか。どうりで速いわけだ……」
「まもちゃん、この人知り合いなの?」
「あぁ、京商の連中は会ってなかったか、この人はみかどの兄ちゃんの友達の」
「はぁい、ジョニーです。よろしくお願いします」
「前に会ったときに見せてもらった逆さアバンテのアクアじゃなくって、今回はホエイルで?」
「アクアは5レーンに向いてません。ホエイルもそのままだと5レーンやデジタルが苦手なのですが、今回のこいつは対策してるんです」
ホエイルのATバンパーは通常9mm径のローラーを使う。
5レーンの段差に径の小さいローラーでは衝撃を拾いやすく、減速の対象となる。
しかしジョニーのマシンを詳しく見せてもらうと、フロントローラーが19mmになっており、ピボットの下側に付いている。
「こうすることで大きなローラーを使えるようにしています。また、下側にローラーをつけるとねじ込み力が落ちるので、キャッチャーでアンダーガードをつけています」
「5レーン対応型ホエイルってことか」
「相変わらずすごいマシンを作ってるんですね。あたしも決勝まで残れましたし、前言った通り、勝負できそうです!」
「わぉ、ほんとうですか!すごいです、これはすばらしいですよ。どんなマシンになりましたか?」
「ジョニーにもらったライズエンペラーを改造して……こんな感じです」
エンプレスをジョニーに見せる。
心なしかジョニーの顔色が変わった。
「なるほど、みかどもホエイルを作っていたのですね。しかも見たことのない……フロントがフレキじゃなくてサス?なのかな。ボディもライズエンペラーには到底思えない、ビューティだ」
「みんなで協力して作ったマシンなんです。これで負けるわけにはいきません、もちろんジョニーにだって!」
「いえす、みかど、わたしだって負けませんよ。プロレーサーの実力、お見せします」
決勝のグリッド。
1人1人、MCガッツから紹介されていく。
「……続いて最終5レーン、なんと女子高生!
神奈川からの使者、みかどちゃんだーーー!」
女子の勝ち残りのためか、場内が湧いている。
『がんばれよー嬢ちゃーん!』
『すごーい、女の子だー!がんばれーーー!!』
緊張気味のみかどだったが、少し周りを見渡すとみんなが応援していてくれる。
兄の姿が見えないのはちょっと残念だけど。
それでも、この大一番、負けるわけにはいかない。
シグナルが赤く点灯している。
レーサー5人が集中し、会場も静まり返る。
一瞬の間をおいてのオールグリーン!カタパルトのような斜面を一気に駆け下りるマシン。
色とりどりのレーンの中からいち早く飛び出したのは黒いマシン、ジョニーのエンペラーだ。
「スタート台からの加速のまま一気にかっ飛んだぞあのマシン、なんて加速力してやがんだ!」
「あれはマッハダッシュね!あんな速度で走って大丈夫なものなのー!?」
「やっとわかったぞぅ、あれマッハで4:1ギアだぁ。加速力とパワーを両立させるためのギリギリなセッティングなんだと思うぞぉ」
高回転型のマッハダッシュモーターにパワーのある4:1ギアを使ったセッティング。
まさに会長の言う通りのセッティングであった。
高速で回るマッハダッシュを抑えながら、なおかつトルク不足も補えるセッティングとなっている。
「とはいえ早すぎるだろ!?あれでアイガーが収まるのか?」
アイガー登りでかなりしっかりブレーキング。
控えめなジャンプでキッカリと1枚のストレートに収まるように着地している。
「セッティング決まりすぎじゃねぇかあれ!」
一方、みかどのエンプレス。
ほぼつかず離れずでエンペラーを追えている。
アイガー登りのブレーキング勝負では勝っているのか、アイガー後のコーナーで差し返していた。
「やっぱり速いぜ、みかどのエンプレス!」
「5レーンが苦手とかいいながらどうして、しっかり走れてるじゃない!!」
アイガー下りでもリアがスキッドで抵抗のないエンプレスの抜けがいい。
一気にコーナーを回ってイチ早くデジタルに飛び込んだ!
ががががががががん!!
その後に続いてエンペラーがデジタルに突入する!
かかかかかかかかん!!
「な……デジタルの抜けが……はえぇ!!」
「ピボットでこんなに速くデジタルを走れるの?」
「ウチのベルダーガもここで一気に離されたんだ、このマシン、ホエイルなのにデジタルめっちゃ速いんよ!」
「19mmが使えるだけで、ここまでデジタルの速度が変わるのか!?」
「4:1ギアのパワーも関係しているのかも……?」
デジタル後のコーナーでエンペラーが差し返し、最終ストレートではほぼ互角の加速、並走して走っていく二台。
ストレートは若干だがエンプレスが速いように見える。だが総合的に見るとエンペラーが上か。
「まだまだ勝負はわからないんだから!がんばって、エンプレス!!」
2周目から4周目もほぼ同じ展開、レーンチェンジがバーニングチェンジャーでロスが少ないためか、速度差が出にくい。
ゴールラインのあたりで見るとエンペラーが前を行っている。
ファイナルラップの5周目。
アイガー登り後の着地でエンプレスが少し引っかかる。
コースアウトはしなかったものの、少しタイムを落とす格好だ。
「あっぶねぇ、しかしこれはやべぇな、ただでさえこっちが不利だっていうのに……」
「勝負は下駄を履くまでわかりませんよ!」
「いまはエンプレスを信じることにしましょう」
最後のデジタルコーナー。
先に飛び込んだのはエンペラーだったが。
「さっきまでより速度が落ちてる……?」
「そうかぁ、マッハダッシュだから電池がもぅ垂れ始めてきてるんだぁ!」
「エンプレスはハイパー!ギリッギリだけど追いつけるチャンスがあるならここだわ!!」
少し遅れてエンプレスもデジタルに。
抜けて最終コーナーで……ほぼ横並びに。
コースに乗り出すような姿勢で、みかどが叫ぶ。
「いっけぇーーー!えんぷれーす!!!」
チェッカーフラッグが振られたのは……5レーン、エンプレスだ。
「やったぁぁーーーー!」
ぴょんぴょん跳ねてるみかどに周りからも祝福の拍手が惜しみなく降り注げられている。
「すげぇよ、あいつほんとうに優勝しちまいやがった!」
「わたしたちが協力してあげたんだから、あったりまえよね♪と言っても、それでもすごいものよね、みかど、ミニ四駆始めて半年くらいしかたってないんでしょ?」
「血筋、というだけでは片付けられない何かがありますよ、彼女には」
負けたジョニーも爽やかな笑顔を浮かべていた。惜しみない拍手をみかどに送る。
「みかど、おめでとう、わたしの負けです」
「ジョニー!うん、ありがとう!でもこの勝利はあたしの勝利っていうか、みんなの勝利なの!このマシンはあたしだけの力じゃ作れなかったんだもん」
「ふふ、みかどはいい友達とめぐりあえたね。そうだ、わたしからも1つ、レース後に渡したいものがあったのでここで渡しちゃうよ。はい、これ」
ジョニーから手渡されたのは青いカウンターギア。
よく見ると軸受けのベアリングが2重に組み込まれている。
「これ、どうなってるの?」
「これはフローティング加工という技術です。ベアリングを2重化することで抵抗を極限まで減らしています。もし、4:1ギアを使う場面が来たら組み込んでみてください。よく回るよ」
「ありがとうジョニー!」
表彰台にて。
「それでは優勝者のみかどさんに感想を一言いただきます」
MCの櫻井なるさんからマイクを渡される。
たくさんの観衆が見守る中、ちょっと緊張した面持ちで答えるみかど。
「……今日、こんな風に優勝できたのは、ミニ四駆部や友達の、みんなの支えがあったからこそです。ほんとうにありがとう、みんな」
「「「「いえぇーーい!」」」」
眼前に陣取っている部員たちから雄叫びが上がる。
「くすくす。優勝はすごくうれしいんですが、実はあんまし実感はなかったり。もしかしたらしばらく経ってから、感じられるのかな。これからもミニ四駆を続けていきますので、みなさんも一緒に走りましょう!」
会場から割れんばかりの拍手が起こる。
「あ、あと最後に1つ。もし、お兄さんが見ていてくれたら。あたし、ミニ四駆やってるよ!お兄さんともレースしたい!!だから……連絡ください!」
振り絞るように、心からの叫び。
周りはなんだなんだと騒めき立つが、みかどは一礼するとマイクをMCに返す。
そして部員たちのいる方向に……笑顔でサムズアップ♪
「いえぇぇーーー!みかどおめでとーーー!」
「いやっふぅぅーーーみかどちーーーん!やりやがったわねーーー♪もうこうなったらみんなでこのスピードキングを胴上げしちゃうわよー!」
「ふぇ!?ちょっと、まって、きゃーーー♪」
Prrrr, Prrrr, Pi !
「はい、もしもし、はい、……What’s ?……really !? yeah, OK, Please waiting……みかどー!たいへんだよ、連絡きたよー!」
まだ宙を舞うみかど。
スカートがめくれないように抑えるのに必死だ。
「おろしてー、って、えっ?なに?どうしたのジョニー?きゃーーー」
「お兄さん、すばるが見つかったよー!」
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用語解説:
・MCガッツ
田宮模型の名物社員。
ミニ四駆イベントのMCはほとんど彼が行っている。
・スキッド
滑る、とかって意味のskidから。
ブレーキを張っていない、カーボンやFRP、もしくはテープ巻いてるだけのブレーキのこと。
効き目がかなり弱いが、ないよりはマシ?みたいなイメージ。
・フローティング加工
本文通りのもの。
ものすごくよく回るようになるが、精度を出した製作が必要でなかなか難しい。
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