第39話:ever free
すばるの退院後、一時的に家に戻ることになった。
もちろん母も喜んでくれていた。
養生のため年内は実家で過ごす事になっている。
だが、年明けからまたフランスに戻り、レースに参加するようだ。
「すごい怪我したんだろ?もうレースは辞めたほうが……」
「あ、うん、レースにはもう出ないよ。というか出れない、脊椎の付け根を痛めてしまったみたいで、レーサーとしての復帰は不可能さ」
「お兄さん……」
「そんな顔するなよ、みかど。チームの方でぼくの力が必要だ、と言ってくれたんだ。レーサーとしてではなく、メカニックとしても買ってくれててさ。お金の問題も心配しなくていいとさ。最初から言え!とひどく怒られたよ。あの温厚なマッコイがマジ切れしてて、おもしろかったけど」
「もう!マッコイさんはよくしてくれた人でしょ!悪くいっちゃダメ!!」
「はは、ごめんごめん。今回の記憶のなかった間や病院にいたあたりの諸経費もチームでもってくれててさ。うちのチーム、プロチームだけどそこまでお金があるわけじゃないのに。しかもがんばればWRCまで行けるかもしれない、ってときにこんなことになってさ。それでもぼくを必要だって、言ってくれる。恩返しがしたいんだよ。だから、心配しないで、母さん。もうしばらく、海外でやってくことになるけど、もう無理はしないから」
「すばる……」
12月、終業式後。
工場に部員が集まっていた。
そこにはすばるの姿も。
「みんな、この人があたしのお兄さん、すばるさんです」
「よかったわねぇーーみかどちーーーん!お兄様に会えたんですもの、お祝いしなきゃダメでしょーー?ってな感じで今日はさっさやかながらパーティを開いちゃおうかな、って感じなんです、ご都合よろしかったですかお兄様?」
「あ、あぁ、よ、よろしくたのむよ」
「その人、すこしウザいけど、けっこういい人だよ」
「みっかどちーーーん、そういう紹介はどうかと思うのーーー!」
「ウザいです♪」
「うーん、好き♪」
土井はウザがられて喜んでいたのかと知って、水戸と木暮はますます土井が理解できないとばかりにげんなりする。
「おまえら……まぁ兄ちゃん見つかってほんとよかったな、みかど。」
「うん!それもこれも部長が最初に協力する!って言ってくれてから始まったんだよ。ほんとにありがとね」
太陽よりも明るく笑いかけられて、火野の顔がぼっと火を吹く。
「お、おぅ、礼には及ばないぜ……」
「あっれぇ、部長、顔真っ赤ですよ?どうしたんですか?」
「水戸、空気読んでやれよ、部長照れてるんだよ」
「誰が照れてるだコラーーーー!」
「わぁーやめてとめてやめてー」
「くすくす♪」
持ち寄ったお菓子や飲み物でパーティが始まった。
途中から京商の面々や会長達もきて、なかなか賑やかになってきている。
すばるはやってきた面々を穏やかに見渡した。
「みかどはいい友達に恵まれてるな」
「うん、みんなほんとに楽しくておもしろくて。ミニ四駆やってなかったらこんなお友達、できなかっただろうなぁ」
「みかどはミニ四駆、好きか?」
「うん!最初はお兄さんのミニ四駆をだまって借りてて、壊しちゃったけど。そのあとは自分でもいろいろできるようになって、いまじゃチャンピオンです♪ふふーん」
「ジャパンカップ優勝はほんとうにすごいよ、やれって言われてできるもんじゃない」
へへへ、とみかどは笑う。大好きな兄に褒められるほど嬉しいことはない。
ナツも話に入ってきた。
「お兄さまはまた海外に行かれるんですよね?フランスでもミニ四駆をやるんですか?」
「うん。海外でもミニ四駆はとても人気があるんだよ。大会だって開かれてる。あ、でも今は持ってきてないんだ、日本に来たとき何も持ってきてなかったみたいで」
「うーん、残念です、あ、わたしたちのマシンも見てみてください」
「どれどれ、これはサンダーショットか、軽いなぁ」
そのまますばるとナツはミニ四駆談義に突入してしまった。
(やっぱりお兄さんは詳しいな、昔いろんなことを教えてくれたころのまんまだな)
みかどが懐かしさに浸っていると、火野がおずおずと声をかけてきた。
「みかど、おまえの今後なんだけどさ。まだミニ四駆部に、いてくれるか?」
「ん?なに言ってんですか、あたりまえじゃないですか。あたしいなくなったら選手権とか出られなくなっちゃいますよ?」
「いや、そういう意味でなくてだな、もう兄ちゃんは見つかったからさ、おまえがミニ四駆を無理にやる意味なんてないだろ?」
もともとの目的は兄探しであり、ミニ四駆はただの手段に過ぎなかったのである。目的が達成された以上、みかどはもうミニ四駆を走らせないんじゃないか、そう火野は懸念していた。
みかどはそんな想いを一蹴するかのごとく、前を向いてきっぱりと言い放つ。
「もうミニ四駆はあたしの趣味、体の一部になってるみたいです。というか、東京のチャンピオンですよ?これからは挑戦されたりとか、そういうこともきっと増えるのかな?どんなマシンとどんなコースで渡り合うのか、今から楽しみでもあるんだから!」
そう微笑んだみかどはキラキラしていて、火野は呆れたように笑う。
「……なんつぅか、おまえ、やっぱすげぇや」
「?」
しばらく歓談が続いた頃、火野がマイクパフォーマンスを始めた。
「よぉしおまえら、今日はみかどのお兄さんがきてくれている!」
「「「「「いまーす!」」」」」
「日本のミニ四駆のレベルってやつを見せつけてやろうとは思わないか!?」
「「「「「おもいまーす!」」」」」
「ここには、会長のコースもある!!」
「「「「「ありまーす」」」」」
「……当然、ミニ四駆は持ってきただろうな?」
「「「「「もってまーす」」」」」
「ではーーー!第二回町田宮高校ミニ四駆部杯、チキチキ!マシン猛レースを始めまーーーす!!」
「「「「「いえぇーーーい!!!」」」」」
少し引き気味にも見えるが、すばるも楽しそうにしている。
この場に兄を連れてこれたことが、自分でもちょっとだけ誇らしい。
兄に今の自分を、ミニ四駆を、友達を紹介することができた。
これからまた離れ離れで暮らすことになるが、いつでも連絡できる。
そんな環境を手にいれた実感を、チャンピオンとしての実感とともに感じているみかどだった。
「それでは第一レース!みかどさんvs火野部長!!」
「オレの炎龍、前までと違うとこ、見せてやるぜ!!」
「あたしのエンプレスだってこのコースを知り尽くしてるんだから。そう簡単には負けませんよーー♪」
「それでは!レディ……ゴー!!!」
「いっけぇーーー!えんぷれーーーす!!!」
Fin
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用語解説:
・WRC
FIA 世界ラリー選手権 (FIA World Rally Championship) のこと。
FIAが主催する世界各国で行われるラリーの世界選手権である。
プライベーターでも参加は可能であるが、ポイント争いするような世界で戦うのであればスポンサーを集め参加する必要がある。
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