第29話:いい湯だな

 ここは神奈川県下、温泉の有名どころ。


「はっこねー!箱根にきーたーのよーー♪」

「ウザいです」

「うん♪」

「うん♪じゃねぇよ。というかほんとにここなのか……これ温泉宿だぞ……」


 会長にもらった地図を頼りにきてみれば、なんとも立派な旅館に到着。

 これには京商の3人もびっくりしている。


「普通に高級旅館の佇まいなんだけど。あんたんとこの生徒会長、何者なの?」

「すっげぇ……ウチこんなとこ泊まるん初めてやわぁ……」


 使用人がずらりと並び、出迎えてくれる。


「ようこそ、金田湯へ。」

「……まんま会長ん家の旅館ってことじゃねぇかw」

「やぁ、よくきたねぇ。古いところだけど、温泉もあるしゆっくりしていってくれよぉ」


 使用人の中でも年配の女性が火野と会長のやりとりを見て涙ぐむ。


「……あぁ坊ちゃんのお友達が訪ねてくるなんて……」

「これ、ばぁや、そういうこと言わないでくれよぅ……」

「ばぁや……ってリアルで初めて聞いた……」


 ほんまもんのおぼっちゃんである。

 とりあえず客間というか広間に通される。


「ひっろ……わたしんとこの部室より広いわよ」

「しかももうコースも用意してある……これ、前のジャパンカップのレプリカじゃないですか。バーチカルチェンジャーを個人で持ってる人、初めてみました」

「いやぁ、みんなが来るってことなんで急いで作らせたんだよぅ……これくらいないと合宿とは言えないよねぇ」

「いや、やりすぎですって」


 ほんまもんのおぼっちゃんである。


「とりあえず旅の疲れを癒すといいぞぉ。うちの温泉は、疲労回復、美肌効果、食欲増進などなど、さまざまな効用があるんだぁ」

「わーぃ!大きいお風呂なんて久しぶり!ナツさん、副会長さん、ご一緒しましょ♪」

「あぁ……それじゃ会長、私達はお風呂のほうをいただいてきます」

「あぁ、いっといでぇ」


 みかどは早く早くと副会長とナツを急き立てる。取り残される男子、7人。


「どうする……オレたちも風呂入っちまおうか」

「いや、部長、その……言い難いんですが……」


 木暮がある方向を向く。

 そこにいるのは……例の美少女、じゃない、美少年である。


「ん?なに見てるんですか、お風呂するなら行きましょう、ご一緒します」

「いや、あの、わかってる、わかってるんだが……」


 ちなみに今日のあおいの格好は、タンクトップの上に薄手のカーディガン、ショーパンとニーハイである。


「おまえさ……そのなんだ、オレらと一緒でいいんだよな?」

「あたりまえです。ウチも男子ですよ?」

「いや、わかってる、頭ではわかってるんだ……」


 葛藤する火野を横目に、こういちはさらりと言ってのける。


「まぁいいじゃないですか、みんな立派な男子、立派なち○こ付いてる仲間じゃないですか」

「ち○こっていうなこういち!お前のそういうとこマジすげぇよ!!」

「そうよ火野ちん、あたしらみんなそのなに?ナニ?付いてる同士、どうってことないわよー」

「……はぁ、まぁいいや、行こうぜ」


 かぽーん。


 鹿威しが長閑に鳴っている。

 日本庭園が見渡せる立派な露店風呂だ。

 西の方角に開けていて、天気がよければ富士山を眺めることもできるそうだ。


 身体に湯をかけ最初に町田宮校のメンバーが湯につかる。


「っかーーーーっ!たんまんないわよねーーー♪これだから温泉ってさいっこうよ!」

「ほんと……会長には感謝しかねぇよな」

「泉質は温泉マイスターのお墨付きさぁ。ぜひお肌をツルツルにするといいよぉ」


 こういちはフルオープンでかつ堂々とやってきた。


「……おまえさ、ご立派なのはわかったからさ、そのなんだ、少しはこう隠すとかさ、するべきでは?」

「なにを男同士、恥ずかしがることなんてないでしょう」


 対照的に、あおいは胸のあたりから太ももまでをタオルで隠すようにして洗い場にやってきた。


「おおおおまえは逆になんだよ!頬を赤らめながら恥ずかしそうにされると……その……ぶくぶくぶく……」


 火野は再び撃ち抜かれて沈んでいく。

 水戸と木暮は日本庭園を熱心に見つめることで煩悩を打ち消そうとしていた。

 スカートを履いていなくてもやはりあおいは女の子にしか見えず、正直、温泉どころではないのである。


「あんましじろじろ見んといてください、先に身体洗ってますんで……」


 シャワーの前にちょこんと座り、頭から湯をかぶる。

 横から見ても女子にしか見えない。

 一方、こういちと土井は心から温泉を堪能しているようだ。


「はぁ……いいお湯ですね。これほんとうの天然温泉ですよ、すばらしい」

「ほんっとうにすごいわ……これが個人の別荘ってあり得ないわよ、ビバノノよ」

「なんでおまえら2人とも平気なんだよ!」

「「なにが?」」


 二人があまりにもケロリとしているので、もしや自分が汚れているのではないかと内省し始める火野たちだった。


 その頃の女湯では。


「副会長……すごい……」

「なにがだ?私は別にすごくなど……」

「なによ……別に羨ましくなんかないんだから……」


 ぼんきゅっぼん。副会長はこれを見事に体現している。

 ナツはみかどの身体をまじまじと見ながら。


「みかどだって……出るとこ出てて女の子らしくて……」

「ナツさんだって!その……ちっこくて可愛いじゃないですか」

「ちっこい言うなー!もういい!おまえら覚悟しろーーー!!!」


 湯船の中、ナツが後ろから2人の胸を鷲掴みにする。


「きゃっ!ちょっとナツさん、やめて!」

「あははは、くすぐったいですよー!」

「ぐぬぬ……こんなに……やわこいのか……ぐぬぬ……」


「女湯のほうが騒がしいな」

「女子も女子同士、裸の付き合いというやつでしょう」

「とりあえずだ。みかどの新マシンのこと、みんなにも協力してもらいたい」

「わかってるよぅ……前のスーパーエンペラーよりも走る、いいマシンに仕立ててあげたいねぇ」

「カーボン削るなら言ってください。芸術的な削り込みしてみせますよ」

「ホエイルならウチがピボットバンパー伝授するよ」


 みんなそれぞれが持てるものをみかどに提供するつもりのようだ。


「おまえら、ありがとうな。ただ、みかどの自主性を大事にしたい。あいつがどうしたいか、それが決まってからかな」


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用語解説:

・バーチカルチェンジャー

 ジャパンカップ2016で登場したレーンチェンジ。

 名前の通り、ほぼ垂直にコーナーが立ち上がっているデザイン。

 発表会でも度肝を抜いていた。

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