第23話:くじら12号

 全国大会予選が始まった。

 1回戦は土井と京商の新人、大河内……くん?


「あったしのダンシングドール!またまたぱうわぁーあっぷしたんだからー♪」


 小径マッハダッシュ。

 加速性能で勝負するこのマシンはこのテクニカルなコースにハマりそうに見える。 

 コーナーやバンクなどで減速した分、持ち前の加速力でスピードを補おうというものである。


「MS小径……そんなマシンで走れると思ってるんですか……はぁ、素人ですね」


 なかなか辛辣な大河内く……ん?

 ダメだ、くん付けが合わなさすぎる。


「あ、えっと、あおいちゃん、でいいかな?なんで走れないんですかね?」

「……走ってみればわかるよ。あと、あおいでいいよ、同い年でしょ、みかど」

「きぃーーー!走ってわからせてあげるのはこっちよ!あんたのマシンも見せてみなさいよ!」


 相変わらず土井のキレた絡みがウザい。

 無視するかのようにかろやかに、あおいはマシンを取り出した。人見知りなのは最初だけで、どうやら勝気な性格らしい。


「ウチのマシンは……これです」


 と提示されたのはS2シャーシのベルダーガ。

 旧型シャーシだが速さと軽さには定評があるS2。

 しかし、あおいのマシンは、みかどが見たことがない奇抜な形をしている。

 可変機構を搭載した弓形のバンパー、異形ともいえるほどの薄いボディ、そして尻尾が生えた独自のスタイル。


「なにこのバンパー……ゴムリングが巻いてあるの……?ボディの形も魚?クジラみたいな……」

「こ……これはほ、ほえいる!?S2ホエイルでござるか!!?」

「なにっ?!知っているのか、木暮!?」


(あ、いつものやつだ。)


 木暮の解説が始まる。


「うーむ、ホエイルシステムと言ってだな。ピボットバンパーというコーナーリングの負荷で折れ曲がって衝撃を吸収する仕組みのバンパーと、フロントヒクオで制振性を上げている組み合わせである。だけど、ただのピボットバンパーではなく、オートトラック式なものなのだ。これはバンパーをバネだけでゆるく固定してるから、コーナーリング時の負荷でスラストが……抜ける」


 スラスト角とは、車体の中心線と進行方向のローラー角度の差を指す。

 スラスト角が0になると、車体の中心線と進行方向がちょうど重なるため、マシンはまっすぐ進むこととなる。「スラストが抜ける」というのは、スラスト角が0に近くなるということだ。

 進行方向へのローラー抵抗がなくなるので、減速しなくなる。


「え…ローラーのスラスト角でコーナーの飛び出しとか防いでるのに、そんなんじゃコーナーから飛び出しちゃうし、レーンチェンジ超えられないんじゃ……」

「コーナーはピボットが曲がっていなしてしまうのである。レーンチェンジはフロントヒクオが連動してバンパーを前方向に可動させ……逆に鬼スラストになってクリアしてしまうのだ。そしてたぶん、フレキ化もしている……」


 ホエイルシステムとはつまり、オートトラックバンパーでの回帰性と0スラスト化、ピボットのいなし、レーンチェンジでのスラスト付加、これらを同時に行う仕組みと言える。


「MSシャーシ以外でもフレキってできるのかよ!?」

「そんなことも知らないの……こんな素人集団にウチのガッコが負けるなんて……ありえない」

「なぁーにがホエイルよ!そんな古くっさいシャーシのマシンに負けるなんて……ありえなーーーい♪」

「こっちだって!ウチのS2ホエイルでスリルな瞬間、感じさせてあげるから!!」


 スタートグリッドにつく2台。

 丸っこくて小さいダンシングドールと薄っぺらく長いベルダーガ。

 同じミニ四駆にはちょっと見えない。


「シグナルに注目!!」

 ……オールグリーン!2台同時のスタート!!


「スタートダッシュであったしのDDちゃんに追いつけるの?このマシン!?」

「中径ペラタイヤ24.5mm、小径の加速にだってついていけるよ。片軸最強、パワーダッシュモーターの加速性能ナメないで!」


 最初のバンクでダンシングドールがベルダーガに一気に離される。

 あおいのベルダーガのコーナーリングがとんでもなく速い。


「ぐっ!?こいつもコーナーで加速した!?みかどちんのマシンもそうだけど、どうなってんの?コーナーって減速しちゃうものでしょ?」

「ホエイルはコーナーで基本0スラスト、つまりスラスト角がなくなるんだ。ピボットの衝撃吸収しながらのいなし走行で、通常コーナーならほとんど減速しないの。コーナーリング最速システム、それがホエイルなんだ!」


 ドラゴンバックを突破しテーブルトップとコーナーが入り混じる複合コーナーに突入。

 コーナーリングのたびに両者の差が開く。


「くっそー……追いつけないわ……速度もすごいけど……安定感がパないわ……」

「土井のマシンも遅いわけじゃない、あの子のマシンが速すぎるんだ」

「最後のバンク……2台とも登れるの……?」


 がががががが!


 デジタルコーナーで大減速するベルダーガ。


「ピボットってデジタル苦手って弱点があるじゃない!!これで追いつける!!?」

「それでも……登るんだーーー!!」


 60度バンクをギリギリで駆け上る。

 パワーダッシュのトルクが光る。

 しかしデジタルとの合わせ技で大減速している。


「ここで……一気に追いついてよ、DD!!」


 ぎゅぃー……ん

 モーターの音が鈍くなる。


「……あれ……?」


 60度バンクの頂上に届く前に止まってしまうDD。


「なんで!?デジタルコーナーでの減速も少なかったのに、なんで登れないのよ!!」

「わかってないね。この傾斜を登るのに必要なのはフロント、リアの高さとトルクなの。ただでさえブレーキの高さが出しにくいMSシャーシで小径タイヤじゃバンクの入り口でシャーシが接地して前後のタイヤが浮く時間が長くなる。タイヤが浮いている時間が長ければそれだけ減速してしまう。しかもトルクの低いマッハダッシュじゃ……減速したら最後、このバンクは登れない!!」


 土井のダンシングドールは結局、バンクを登りきれずリタイアとなり、周回したあおいの勝利となる。


「……ごめんみんな……」


 いつになく殊勝な土井。


「気にすんな、ありゃ相手が悪い……完走できたって勝てないし、俺たちでも無理だったろ」

「火野ちいぃぃぃーーん……」

「ナツさんが勝てないって言ったのも本当かも……すごいマシンです……」

「みかどちぃぃぃーーん……」


 土井を適当に慰めた火野がずずいと前に出る。 


「ということは次の相手はこういちだろ。オレにやらせてくれ、前回のリベンジがしたい!」


ーーーーーーーーーー

用語解説:

・S2シャーシ

 かなり古いシャーシになるが、しっかり作り込めば現役でも通用する速さを出せる。

 軽さが最強の武器だが、強度に問題があり、壊れやすい。

 また速度を出すには細かい改造を多々入れる必要があり、上級者向けといえる。


・ベルダーガ

 ホエイルといえばこれ、と思われる定番ボディ。

 ポリカで入手がラク、加工もしやすい。

 それを古代魚のようなシルエットで切り抜く。

 ホエイル考案者おじゃぷろ氏のデザイン力の賜物である。


・ホエイル

 作中の解説通り。

 現状の最速理論の1つに上がるとんでもシステム。

 安定感、ねじ込み力がハンパない。

 作り方にもよるけど、デジタルコーナーが苦手なことが多い。


・パワダ

 パワーダッシュモーターのこと。

 トルクと回転数両方を高い次元でまとめている。

 特にトルクがすごく、ダッシュ系最強となっている。

 トルク不足で困っている両軸使いは両軸パワダを求めているのだが…。


・ピボット

 ピボットバンパー。

 進行方向とは逆に曲がるバンパーで、スラダン同様の衝撃吸収力がある。

 作り方はいろいろあるが、ホエイルに搭載するものはかなり合理性のある作り方になっている。

 詳しくはおじゃぷろ氏のブログをご確認ください。

 おじゃぷろの”とりま”:<http://ojapro.hatenablog.com/>


・オートトラック

 略してATバンパー。

 ピボットバンパーをバネの下に付けて上方向にも可動できるようにする。

 ジャンプ下降時にバンパーがレーンに接触しても、上に可動して衝撃吸収して復帰率を高める。

 またバネでしか止めてないので接続が緩く、コーナーでローラーが壁に触れると勢いで可動し、スラストがなくなる。

 上手く制御できるとコーナーで加速するような動きに見える。


・鬼スラ

 鬼のようなスラスト角という意味。

 車用語では形容詞として鬼がよく使われる。

  例)鬼キャン(鬼のようなキャンバー角)

 すごいスラスト角ってことです。

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