第3話:ミニ四駆部、入部します

 光るモーターを購入し、2人は学校に戻った。

 校舎の脇の通路を通り、裏庭のほうへ回ると木造の旧校舎が見えてくる。

 この旧校舎はほとんど人の出入りがなく、古いだけあってかなりガタついた建物になっている。


 1階の奥、部室として案内された音楽室の扉を開けると。


 ぎゅぃーーーん!!!


 モーター音だろうか。

 かなりの大音量がみかどの耳をつんざく。


(すごい音……。だから防音の効いている音楽室でやってるんだ。)


 室内で部品をいじっていた二人の生徒が同時に顔を上げる。


「あ、部長、おかえりなs……わっわわわわわわ、女子!?」

「えぇぇ!?」


 2人のメガネくんが揃ってびっくりしている。

 1人は背が高くて賢そうだが少しお猿っぽい、もう1人はみかどとおなじくらいの身長だが顔がハムスターっぽい。


「あ、こいつらは水戸と木暮。ちっこいのが水戸、ヒョロいのが木暮。部員だ」

「よろしくおねがいします、みかどです」

「こいつ、マシンを早くしたいらしくてな。協力することになった。お前らも手ぇ貸してくれ」


 みかどが軽く会釈する。簡単な挨拶のはずだが、水戸と木暮にはとても勇気のいる儀式だったらしい。


「ここここちらこそよよよろれりれれ」

「ししししっかりするんだ木暮!」

「いやあのあのあのだなシャンプーの香りが俺の心をかき乱すんだ」

「おおお俺はあのポニーテールがゆれるのがたまらんでござる」

「水戸よやはりお前は俺の心の友だ」


 とにかく二人は女子への耐性が低いようだった。

 昨今はミニ四駆女子も増えつつあるのだが、町田宮高校では表立ってミニ四駆ファンを名乗る女子はいなかった。

 もちろんクラスメートに女子は多数いれど、同じ趣味に没頭する異性というのは貴重なのである。

 しかしみかどとしては女子だからといって中途半端に特別扱いをされるのは困る。


「あの、あたし、本気でマシンを早くしたいの。だから……女子だからって変に甘くしたり加減したりしないでほしいんだ。今は何も知らないズブの素人だけど……」


 みかどの真剣な眼差しに水戸と木暮もほう、と眉を上げる。

 四人は円陣を組むように座ると、部長が2人にもみかどの事情を説明する。


「なるほど……お兄様が見つかるかどうかがミニ四駆にかかっているということでござるな。それは協力して差し上げなければですよ、ミニ四駆部の名が廃っちゃいます!」


 水戸と木暮も協力を惜しまないと声を合わせる。

 どうやらミニ四駆部には人情家が集まっているらしい。

 あまり明るい話ではなかっただけに、彼らの熱い申し出には目頭が熱くなってしまう。


「で、これがマシンですか……ほほぅ、なかなかいい趣味してますね、超帝とは」

「ちょうてい?」


 水戸と木暮の話を聞くに、どうやらみかどのマシンの車種はスーパーエンペラーといい、「超帝」とは車種の略称らしい。

 なんとも歴史のあるマシンらしく、2人が興奮気味だ。


「やはりプラスティックボディはたまらんでござるな!」

「まったくだ!プラボディは重い?ハハ、重さがなんだ、言わせておけい!!」

「あぁ、こいつらプラボディ至上主義なんだよ、気にしないでやってくれ」

「何言ってるでござるか部長!やっぱりプラボディのほうが剛性が……」

「わかったわかったから、とりあえずこいつのマシンみてやろうぜ」


 火野のかけ声で分解されてバラバラになっていくマシン。


「そんなにバラバラにしても大丈夫なの?」

「あたりまえだろ、もともとバラバラなもんなんだぜ」


 不安そうに眺めるみかどを横目に、着々と分解されていくマシン。

 バラバラになるにつれ、水戸も木暮もみかどのマシンに圧倒されているようだ。


「……このマシン、すごく精度高いでござる……シャフトもタイヤもブレがまったくないですし、MSシャーシでこんな、見たことない、オリジナルのギアの位置出しまでやってある……」

「ほんとに5年以上前のマシンなんですか、これ?こんな技術、そのころなかったのでは?」

「うち、小さい町工場やってたから、工具や機材はたくさんあるの。兄は工場を手伝いながら車のレースなんかの手伝いもしていたから、知識があったのかな」

「であれば頷けますな……とは言えすごい……」


 解体が終わった頃には水戸も木暮もすっかり冷静になっていた。

 気づいた点を改めて水戸が話し出す。


「まずいくつかシャーシのネジ穴がバカになってきてるから、バンパーレスにしましょう。このままだとネジ穴がダメになる一方ですからな。タイヤのゴムも古くてボロボロだからタイヤも変えたほうがいいでしょうなぁ」

「でもあたし、モーターしか買ってきてないよ?」


 みかどは先ほど「光った」ように見えたモーターを心細げに抱きしめた。

 すると火野が棚から道具やパーツが大量に入った段ボールを降ろしだす。


「……よっと、ほら、FRPとタイヤくらい、いくらでもあるから使っていいぞ」

「え、協力してくれるとはいっても、そこまでは悪いよ……お金出す……」

「心配すんなって、ミニ四駆やってるとけっこうパーツって余るもんなんだよ。予備にたくさん買ってもあるし、好きに使ってくれ」

「でも……」


 魅力的な申し出ではあったが、受け取る善意は過度であってはならない。

 パーツへの対価となりそうなものを、みかどは何一つ持ってはいないのだ。

 渋るみかどに見兼ねて、火野から提案が出された。


「そうだ、ならうちの部活助けると思って1つ協力してくれよ」

「協力?できることならなんでもするよ!」

「よっしゃ♪じゃうちの部に入部してくれよ、そうしたら部員が5人になるから部として認められるんだ」


 男子3人の空気が少し固まる。

 固唾を呑むとはこういうことだろうか。

 気負わず誘ってみたつもりだったが、性急だったか?と火野は少しだけ後悔する。

 みかどに協力するとは言ったが、見返りに部活に入れというのは嫌がるかなぁ、と不安になる。

 ただ、みかどが5人目の部員になってくれればミニ四駆部の活動の幅が広がる。

 みかどが速いマシンを欲するのと同じく、部員の数というのは彼らにとって死活問題だったのだ。

 しかし、みかどはというと一瞬ぽかんと火野をみて、こくりとうなづいた。


「……うん、それならあたしからお願いしたいよ!いままでバイトで忙しかったから部活動できなかったけど、しばらくはバイトしなくても大丈夫だし、入部するよ!」


 ガッツポーズの火野。

 水戸と木暮は少し涙ぐんでいる。

 みかどもあまりの歓迎ぶりにやや照れている。


「部員が増えたでござる……しかも女子…うううれしぃ……」

「泣くな水戸!しかし……うむ、うれしいものであるな……」

「女子が来た、ということは一緒にクッキーとか焼いたりするのでござろうか」

「キャッキャウフフ、クッキーこねこね。たまりませんなぁ」

「いや、ミニ四駆やれよ」


 水戸と木暮は異性との接点がなさすぎて偏った女子のイメージを抱いているらしい。


(お菓子作りよりモヤシ料理の方が得意なんだけどなぁ)


 みかどはみなの反応を見ながらニコニコしている。


「あたしもうれしい。うち貧乏だったから、ずっと家事とバイトばかりで友達もほとんどいなくって。こんなにいっぱいお友達ができるなんて、ほんとよかった」

「まぁミニ四駆が引き合わせた、って感じになるのか」

「ミニ四駆最高!」

「ミニ四駆万歳!」


 水戸と木暮が合唱し、それを火野が呆れたように見つめる。


「くすくす♪」


 みかどは鈴を転がすような声で笑っている。

 ここにミニ四駆部の新しい形ができたのだった。


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用語解説:

・超帝

 スーパーエンペラーの略称。

 つまり、みかどのマシンはスーパーエンペラーということになります。

 MSシャーシなのでリメイク版のものですね。


・プラボディ

 プラスチック製のボディのこと。

 ミニ四駆を購入すると普通はこのボディが入っています。

 硬くて丈夫だけど、重いのだ。


・ギアの位置出し

 ミニ四駆のギア周りは多少の遊び(スペース)が残されています。

 この遊びをつめ、ギアを半固定させることで駆動ロスを減らすことを「抵抗抜き」と言ったりします。

 この抵抗抜きのための処理の1つがギアの位置出しとなります。


・ネジ穴がバカになる

 プラスチックのパーツにネジを直接はめ込むと削れてしまいます。

 なんどもなんどもつけたり外したりすると、そのうち削りきってしまい、ネジがゆるゆるになってしまうんです。

 この状態を「穴がバカになった」と言います。


・バンパーレス

 ミニ四駆のシャーシには通常バンパーが付いています。

 けっこう大きなプラスチックなので、重く、しかもネジ穴をバカにしやすいです。

 なので、切り取ってしまい、別の軽い素材でバンパーを作り直すのですが、この処理をバンパーレス加工といいます。

 初心者脱却の第一歩的な改造ですね。


・FRP

 Fiber-Reinforced Plasticsの略称で、繊維強化プラスチックのことです。

 グラスファイバーが混ぜ込んであり、安価・軽量で耐久性もそこそこ高いです。

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