第2話:熱い男、バンカラ

 土曜の昼下がり。

 みかどは昨日のミニ四駆を持ってリサイクルショップ「お宝@マーケット」に来ていた。

 地域の中でも大きなミニ四駆のコースを置いていることで有名なリサイクルショップだ。


「こんなに人がいるんだ……小学生から大人まで、ほんとに人気あるんだ……」


 土曜の午後とはいえ、店内は20人以上でごった返している。

 さっそく100均で購入した8本100円のアルカリ電池を入れ、スイッチオン。


 ぎゅぃーーーん……とモーターが鈍い唸り声を上げる。


「わわわ、しっかり動いた……よかった。なんだか速そう!コースに置けばいいのかな?」


 コースの端に置いてみるとマシンはみかどの手のひらを滑り出し、そのまま走り出した。

 しかし……


「あれ、なんだか……遅い……?」


 あきらかに目に見えて遅い。

 周りの小学生からも指差されて笑われてしまうほどに。

 恥ずかしくなりあわてて回収してしまう。

 5年前のマシンなのだから当然なのかもしれない。

 部品がどこか壊れていたのかもしれないし、そもそも新しくリリースされたものの方が性能が良いのかもしれないし。

 このマシンではダメだったのか。


「あぁぁ……どうしよう……」


 こんな遅いマシンじゃ兄に近づくことなんてできない。

 いきなり行き詰まってしまった。

 自分ではこのミニ四駆のどこが悪いかもわからない。

 どうやって調べるのかもわからない。

 頼れる人もいない。

 半べそで途方に暮れていると。


「おまえ、ちょっとそのマシン見せてみろ」

「えっ……」


 帰ろうと思ったところに声をかけられ、焦って振り返る。

 そこには今時めずらしい、学生服に下駄を履いた男の子がこちらを見下ろしていた。

 肩に軽く羽織ったマントをゆらりとたなびかせて、学生帽を斜めにかぶっている様はまるで昭和の時代から飛び出してきたかのようだ。

 不良、いや、これはバンカラスタイルだ。

 みかどはあっけにとられていたが、バンカラは彼女の様子など気にも留めない。


「ちょっとマシン見せてみろ、そのマシン、たぶんモーターが死んでるぜ」

「え?死んじゃってるの!?」


 やはり長く放置されているうちに壊れたのだろうか。

 びっくりしていると、バンカラがしきりに寄越せ寄越せとジェスチャーする。

 とりあえずマシンを預けてみると、バンカラは自前の工具でみかどのマシンをするすると分解していく。


「ほら、このライトダッシュ、寿命だよ。こんなんじゃぜんぜんダメだぜ」

「えっと、ライトダッシュって……」

「モーターだろ。ライトダッシュモーター。ほら、回してみな」


 手でモーター軸を回すと、素人目にもダメな、カラカラと空回るような音が聞こえる。


「そうなんだ……がっかり……」


 兄が作ったものをただ走らせるだけではダメなのだ、とみかどは思い知る。


「しかしこのマシン、ローラーもベアリングは全部脱脂してあるし、シャフトも……これチタンなのかよ……初めて見た……すげぇ作り込まれてるじゃねぇか。おまけにこのボディ、ボディマスダン……センチネルポール使う女なんて初めてみたぜ。」


 用語の意味は全くわからないが、兄のマシンはとにかくすごいもののようだ。


(じゃあお兄さんが作り上げたものを追いかければいいんじゃない?お兄さんのことももっと分かるかもしれないし!!とりあえずこのマシンをベストの状態にするところからかな?モーターを新品にするだけでもかなり早くなるってことだよね!!)


 みかどはすぐさま意識を上方へ切り替える。

 ショックなことがあってもあまり引きづらないたちなのだ。

 しかし、ミニ四駆について右も左も分からない状況は変わらない。

 とりあえずはこのバンカラだけが頼りである。


「ええと、とりあえず分からないから聞いてもいいかな?だっし?とか、せんちめんたるぽーず???えっと、えっと、せんちめんたるぐらふてぃって、なに?」

「センチネルポールだよ、なんだこれお前が作ったんじゃないのか?」

「違うんです、実は……」


 それが兄のマシンであること、ミニ四駆を頼りに失踪した兄を探そうとていることを説明する。

 あまり暗くならないように、簡潔に。

 しかし、話が終わるころにはバンカラは涙目になっていた。

 みかどから顔を背けて涙を拭くと思いっきり鼻をかむ。

 みかど本人は現状を楽観視しているし、そもそも自分の境遇を不幸だとも思っていないので、バンカラの反応に慌ててしまう。


「バンカラさん、泣いてる?暗い話だったよね、ごめんね、ごめんね」

「うるせぇ、男泣きはバンカラの美徳だ。つまり理不尽に涙して弱きにゃ黙って胸を貸す生き物なんだよ」


 バンカラは弱みを晒しちゃ男の沽券に関わるとばかりに大見得を切る。

 自分の頬をぴしゃりと張ると、少年は少女の背中をバンと叩いた。


「わかった!オレが兄ちゃん探し手伝ってやるよ!」

「えっ!ほんとに!?」

「その様子じゃミニ四駆のこと全然知らねぇんだろ?いろいろ教えてやるよ」

「やったぁ!助かる!!」

「見たとこウチの生徒じゃねぇか、オレは火野。2年の火野まもる、部長とでも呼んでくれよ」

「あたしはみかど!よろしくお願いs……ってなんの部長?」

「うちの学校の、ミニ四駆部の部長だよ」

「部活があったの!?」


 話を聞いてみると、彼はミニ四駆部ーー正式には部員不足のため同好会という扱いであるがーーを組織し、日々マシンの技術向上に向けた活動を行なっている。

 旧校舎の使われていない音楽室を部室にしているようだ。


「とりあえず、ここだとコースの難易度が高いから、部室のコースに行こう。その前にモーター死んじまってるから、新しいモーター買ってこいよ。こいつはMSシャーシ、両軸マシンだからこの棚の……ここからここまでのモーターが使えるぜ」


「お宝@マーケット」の一角にはミニ四駆のパーツがずらりと並んでいた。

 火野が指し示した棚には両側からピンが飛び出したモーターが並んでいる。

 みかどは壊れたライトダッシュモーターと店の商品を見比べる。


「そっか。両側から軸が出ているから、だから両軸なのね。この子は両軸マシンっていうんだ……」

「オススメはこの黄色いモーター、ライトダッシュプロだな」

「へぇ……どれにしようかな……ん?」


 色、形も様々なモーターに目移りしていた時、何かがみかどの視線を捉えた。


「どうした?」


 モーターを手にしてじっと眺めてみる。


「このモーター、なんか光ってる……」


 モーターがみかどの掌の上でパッケージ越しにぼんやりと光っていた。


「はぁ?んなわけないだろ」


 どうやらその光はみかどにしか見えないらしい。

 火野が確認しても、それはなんの変哲もないハイパーダッシュモーターだった。


「ハイパーダッシュはバランスがいいモーターではあるが、初心者が扱うにはちょっと早すぎるかもしれんぞ?」

「レースだから早い方がいいんじゃないの?早すぎるだなんて、あるの?」


 ストレートのコースだけを走るのなら構わない。

 だが、早いだけのマシンはコーナーなどで勢い余ってコースアウトしてしまう。

 早いモーターを使うのであれば、それなりのセッティングが必要だ。

 火野としてはあまりおすすめできなかったのだが、みかどは気に入ってしまったらしい。


「このモーターひとつでもやし10袋分の買い物だから……自分の気に入ったものを買いたいんだ。それに……」

「それに?」


 みかどはなんでももやしに換算して買い物をするのだろうか。

 しかし火野はあえてスルーする。

 ただ、リーマンショック直後は家計も大変だったんだろうなぁと心中にて労わるのみである。


「ううん、やっぱりなんだか光って見えるんだよね……うん、これにしよう!ちょっと買ってくるね!」

「モーターが光るわけねぇっつぅの……まぁいいや、気に入ったのならそれでいいさ。じゃ買ったら部室行こうぜ」

「うん!」


 未知の世界で一人の仲間を得たとあって、みかどの足取りは思わず軽くなった。

 兄にちょっとだけ近づけたかと思えば、もやし10袋相当のモーターだって安いものである。


ーーーーーーーーーー

用語解説:

・お宝@マーケット

 全国展開?しているリサイクルショップ。

 ミニ四駆に力を入れていて、大きなコースがあるお店が多いです。


・100均で購入した8本100円のアルカリ電池

 ほとんどが中華製の質が悪い電池。

 ミニ四駆にはお勧めできないけど、とりあえずの選択肢くらいにはなるかな。

 もちろん、コスパはいいけどw充電池買いましょう。


・バンカラ

 平たく言うと一昔前の不良のような格好。

 ボロボロの学生服、マント、帽子、下駄。

 そして腰から手ぬぐい。


・ライトダッシュ

 ライトダッシュモーターの事。

 ダッシュ系モーターは高速仕様なものが多いんだけど、ライトダッシュは性能が控えめ。

 なので扱いやすく、初心者でも安心して使っていけるのだ。


・チタンシャフト

 以前、販売されていたチタン製のシャフト。

 最高の強度であるのだが、再販はしておらず現状レアアイテム。

 オークションなどでは10000円以上の高値で出ることもざら。


・ベアリング

 ボールベアリングの事。

 シャフトなどの通り道に仕込むことで、回転をスムーズにできます。

 タイヤのシャフト受けに使う620ベアリングという商品はとても高性能だけど、なんと2個で700円もします!!


・脱脂

 ベアリングは中に鉄製のボールが入っていて、回転抵抗を少なくしているが、このボールが錆びないようにグリスが詰められています。

 スムーズに回るんだけど、実はこのグリスが抵抗になってもいます。

 そのグリス(脂(あぶら))を抜くことで抵抗をなくすことを脱脂処理と言います。

 ただし、保護用の油を抜いてしまうので錆びやすくなったり。

 抵抗、粘度の低い金属オイルなどで保護しながら使っていきましょう。


・ボディマスダン

 通常のマスダンパー(マスダン)は、シャーシに長いネジなどをつけ、そこに錘(おもり)を置いて着地衝撃と相殺させる仕組みです。

 ボディマスダンはボディに錘を仕込んで、ジャンプの着地の衝撃を抜く仕組み。


・センチネルポールシステム

 TMFLという大人向けのミニ四駆漫画に出てくる通称「博士」が考案したボディマスダンシステムのこと。

 シャーシから4本のネジを出し、そこにボディを通すことでスライドさせ、着地衝撃に備えます。

 この4本がマシンを守る番兵の柱?のように見えるからセンチネルポールシステムらしい。


・MSシャーシ

 ミニ四駆には2タイプのシャーシがあり、1つが初期からある片軸と言われる普通のモーターを使うもの。

 この場合、モーターの位置は基本リアになります。(フロントもある)

 もう1つが両軸といい、モーターのピンが前後に貫通した2軸出ているものが使えます。

 モーター位置はシャーシの真ん中、ミッドシップとなります。

 この軸、片方ずつでタイヤをほぼダイレクトに回すので、プロペラシャフト(前後のタイヤ用シャフトをつなぎ駆動を伝えるシャフト)がありません。

 力の伝達効率がいいが、トルクが直接分散されるので低め。

 この両軸モーターを使えるシャーシが2種類あり、1つがこのMSシャーシです。

 フロント、センター、リアの3分割構成になっていて、剛性が高く精度も高い。

 また、改造のしやすさもトップクラスで、シャーシ内にスプリングを仕込み、サスペンションのような仕組みも作りやすいです。

 オプションパーツも多数あり、もっとも人気のあるシャーシの1つと言えます。


・ハイパーダッシュ

 ハイパーダッシュモーターのこと。

 トルク、回転数ともに高く、バランスのいい高速モーター。

 用率ももっとも高いのでは?

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