<12>


 終業式も差し迫った月曜日、放課後にリシアを呼び出して鈴蘭は、興奮気味に新年会に誘われたことを話した。

「すごい」とか、逆に「なにそれ」とか、大きめのリアクションがあると期待したのに、目の前のリシアは怪訝な顔をして、しばらく黙って鈴蘭を見つめていた。

「なによ…、喜んでくれないの…?」

 いたたまれなくなった鈴蘭は、耐え切れずに自分から口を開いた。

「いや」と、軽く頭を振ってリシアは腕を組んで考え込む。

「どういうつもりかな、と思って。翡翠が」

 鈴蘭は肩を落として、椅子に座った。

「わかってるわよ。別に私のことが好きだから誘ったわけじゃないと思う」

「でも、嫌われてはいないだろ」

 そう言ってリシアは彼女から目を反らすと、またなにか考え込んでいる。

 鈴蘭は興奮していた自分の気持ちがしぼんでいくのがわかった。

 重苦しい沈黙が漂う。少なくとも鈴蘭にとってはそうだった。でも、今度はこの沈黙を破るために何を言ったらいいのか、鈴蘭にはわからなかった。そう思って黙っていると、

「鈴蘭は…」と、彼女に再び視線を向けて、どこか躊躇いがちに口を開く。

「ほんとにいいの? 僕の課題のために、翡翠に告白するなんて」

「今さらそんなこと言い出すの? 元はと言えばリシアが」

「そうなんだけど…」

 鈴蘭は驚いたが、リシアは頷いて視線を反らす。浮かない表情だ。

「僕の課題のために、きみを振り回すのも悪い気がして」

「ほんとに今さらね」

 鈴蘭は苦笑して、彼の方へ身を乗り出す。

「ねえ、考えてもみて、リシア。リシアが私に課題に協力してって言わなかったら、私は翡翠のこと、ずっと遠くから眺めてるだけだったのよ。こうやって翡翠と話せるようになったのも、新年会に誘われたのも、全部リシアのおかげだわ」

「途中から自分で頑張ってたよ」

「そうかもしれないけど…」

 鈴蘭は自分から目を反らしているリシアの顔を覗きこみ、次に左手の人差し指に視線を移した。

「協力したいの。リシアが首席の指輪、手に入れられるように」

 リシアは小さく笑う。

「僕の成績の心配? お人好しだな」

「それ、いろんな人に言われて聞き飽きたわ。だけど今の私にとっては重要なの。翡翠のこともだけど、こんな好機をくれたリシアの役に立ちたいの」

「本気で言ってる?」

「決まってるでしょ。私はリシアと違って嘘はつかないわ」

「それなら」と、リシアは溜め息混じりに言って、鈴蘭を見た。

「新年会、翡翠と一緒に出て欲しい」

「そこで告白、ってことでいいのね?」

「きみが良いなら」

「冬休みの間に覚悟を決めるわ。でも、上手くいくとは限らないわよ。嫌われてないけど、特別に好かれてる気もしないし」

「充分だよ」

 リシアは笑って頷く。

「ねえ、リシアは冬休みの間、帰らないのよね?」

「うん、帰る場所がないからね」

「冬休みの間、なにして過ごすの」

「大学の準備かな」

「新年会は出る?」

「出ないよ」

「今まで出たことある?」

「ないよ。鈴蘭は」

「今年は紫苑と行ったわ。でも、エスコートしてくれる人がいなかったから、誰とも踊れなかった。そうじゃなくて、リシアは新年会の日も、寮にいるのよね?」

「うん、始業式には出るつもりだよ」

「なら、お願いがあるの」

「なに」

「新年会に出る前、リシアのところに寄って良い? 最後に気持ちを固めたいの」

「最後なんて言わないでくれよ」

「告白なんて初めてなんだから、励ましてよ」

「わかったよ」

「約束。寮に戻ってきたら、連絡するわ」

 鈴蘭はそう言って左手を差し出して、小指を立てた。それを見てリシアはきょとんとしている。

「指きり。約束の」

「そんなの…」

「バカにしないで。こういうの、けっこう大事なの。気持ちの上では」

「わかったよ」

 リシアは苦笑しながら頷くと、自分も左手を伸ばして、自分の小指に鈴蘭の指を絡めた。

 終わりだ。

 指が離れる時、鈴蘭は不意に胸の痛みを感じる。

 冬休みの間は会わない。新年会で翡翠に会って、告白して課題が終わってしまえば、きっと今みたいにリシアと会うこともなくなる。そして彼は卒業してしまう。

 けれどその胸の痛みが唐突すぎて、鈴蘭はどうしてそんな気持ちになるのかわからなかった。


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