<6>
月曜までの土日の間はリシアからなんの連絡もなかったし、翡翠と会うことも当然なかった。だから鈴蘭の気持ちの上では、彼らのことが少し遠ざかっていた。
けれど月曜日になって彼女は、自分の気持ちとは関係なく、二年生の自分が校内で翡翠と一緒にいることがどういうことなのか思い知った。
それは移動教室のため別の校舎に向かっている時だった。
紫苑は先に行っていて、ひとりで歩いていたけれど、きっと紫苑がいたところで声をかけられるのは免れなかっただろう。
「ねえ、ちょっと」
背後で声がしたけれど、鈴蘭は振り返らない。けれど自分に話し掛けられている気がする。でも振り返らない。
「ちょっと、そこの黒い服」
鈴蘭は当然その日も全身黒い服だった。だとしても、名前を知らないのだとしても、とても失礼な呼び止め方だ。鈴蘭はこれから起こるであろう不愉快なことを考えて、一瞬顔を顰めてから立ち止まり、表情を戻してから振り向いた。
上級生が三人。呼び止めたのに鈴蘭の行く手に立ちふさがるように立っている。
「ふーん」
真ん中に立っていたひとりが彼女をしげしげと眺めて、つまらなそうに言った。
「変な服」
鈴蘭の顔が強張る。気にしないようにしよう、傷つかないようにしよう、といつも思っているのに、面と向かって言われると、心臓が冷えるようだった。
「なにか、用ですか」
鈴蘭は必死で口を開いた。三人から冷たい視線を浴びているので、声が微かに震える。
「用って言うか」右端の女子生徒が少し怒ったように訊ねる。
「最近よく翡翠と一緒にいるよね」
「それほどでも、ないと思いますけど」
「なにか理由あるの?」
上級生の刺さるような鋭い視線に、
「わ、わたしは」と、思わず声が上擦る。
「リシアの課題を手伝ってるだけです。リシアの課題のせいで、翡翠とも会うことがあるだけで」
リシア? 誰? と、目の前で上級生が自分たちだけで視線を交わす。
「翡翠の友だちで、隣のクラスの」
「課題ってなによ」
「三年の期末課題で、詳しくは教えてもらえなかったですけど」
「なんであんたが協力してんの?」
「それも、よくわからないです…。ただ、課題に必要だからって。あと、協力すれば来年自分の番になっても役に立つかもって」
「そいつと付き合ってるの?」
鈴蘭はぶんぶんと音がしそうなくらい強く首を振った。なにしろリシアの課題は、鈴蘭の翡翠に寄せる想いに協力することなのだ。そんなわけがない。
「ふーん、よくわかんないけど」
彼女は冷たい表情のまま続ける。
「とにかく調子に乗って翡翠にべたべたしないで。あんたみたいに変な格好の娘が、翡翠と親しいなんて、翡翠にとってはマイナスでしかないんだから」
してない、と鈴蘭は強く強く思ったが、そんなこと口には出せなかった。
彼女たちの後ろ姿を見ながら、鈴蘭は肩で大きく息を吐いた。
助かった、と何もされていないのにそう思った。
それだけでも初めてのことで怖かったのに、午後になるとまた妙なことが起きた。
「鈴蘭」
廊下で声を掛けられて振り向くと、同じクラスのサルビアがいた。彼女の制服はスカートだけで、体の線がはっきりとわかるポロシャツと、足元のスニーカーは学校指定のものじゃない。
クラスでも一番派手な女子たち八人のグループにいて、今年同じクラスになった鈴蘭は、後期の今に至るまでほとんど喋ったこともなかった。
綺麗に巻いた薄茶色の髪を揺らして、彼女の隣に並ぶ。
「昨日、円柱廊下のところでヒメジオンたちに話掛けられてなかった?」
聞いたことのない名前だったが、誰のことを言ってるのかはわかった。
「あの、三人組の、派手な?」
「そうそう」
「見てたのね」
「鈴蘭が上級生に話し掛けられてて、なにかなーって」
「話し掛けられるって言うか」
と、鈴蘭は溜め息混じりに続けた。
「翡翠とべたべたするなって。してないけど」
「それなんだけど」と、サルビアは彼女の顔を覗き込む。
「最近翡翠と一緒にいるよね。どうして」
顔は笑顔だが、目が笑っていない。鈴蘭は答えようとして目が泳ぐ。
「課題を…」
「課題?」
彼女は慌てて頷いた。
「上級生の期末課題を手伝ってるの。それで、その人が翡翠と親しくて」
まさか私の恋に協力するのが課題だなんて、口が裂けても言えなかった。
サルビアの口調は三年の女子とは違って、とげとげしくこそなかったが、問いつめられてるのは同じだ、と彼女から解放されて、鈴蘭は思った。
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