第93話 虜囚
意識を取り戻したアクイラは、自分が裸のままで後ろ手に縛られている事を理解した。
周りには、いかにもと言った感じの男が何人か、アクイラを値踏みする様ににやにやとした笑みを浮かべている。
「……」
「お、お嬢さんはお目覚めか?」
「間がわりぃこったなぁ、もうちょい気絶してれば、少なくとも最悪に苦しむことはなかったのによ」
自身の体に魔力閉塞の印が描かれている事を視線で確認し、自分をにやにやと見る男たちを睨みつけながら、アクイラは状況を調べる。
外を見るどころか明り取りの窓もない空間、やや湿気のあるこもった空気、恐らくはどこかの地下だろう、床が石である事から天然の洞窟ではなく、遺跡か何か。
「年頃の娘らしく、ギャアギャア喚くかと思ってたが、案外肝が据わってるじゃねぇか?」
男たちのまとめ役らしい、髭面の男がアクイラに近寄り、そう言いながら彼女の胸を力づくで握る。
「……っ!」
男を睨みつける事を辞めず、痛みに漏れそうになる悲鳴をかみ殺す。
「はっ、この状況でそんな声たぁ、誘ってるのか?お嬢ちゃん」
「……誰が」
緩急をつけて自分の胸を弄ぶ男に、アクイラがぼそりと答える。
「ま、そうツンケンするなよ、大人しくしてりゃ痛い思いを……いや、最初の一回はするのか? まぁ必要以上に痛い思いはしねぇからよ」
わざわざ顔を近づけていう男の顔に、アクイラが唾を吐く。
された側の男は、慣れているとばかりにそのままにやりと笑みを浮かべ、アクイラの胸を弄ぶ手はそのまま、ぐいと顎先を持ち上げる。
「いいねぇ、そういう強気な奴は嫌いじゃないぜ?あとでヒィヒィ言わせて屈服させるのが楽しいからな」
(……ジンくん……!)
この先に待ち受ける運命、ほぼ確定しているであろうそれがもたらすものを考え、アクイラは胸の内で陣の名を呟いていた。
それ位しかできない、という方が正しいのだが。
***
酒場地下の隠し扉を開けて、陣達は細い通路を進む。
「こりゃ昨日今日できたもんじゃねぇな、元々ここにあったのを、物置か何かに使ってたのか」
「ドラゴニアの遺跡での情報を合わせて考えると、その昔にドラゴニアに刃向かってた連中の隠れ家、って所かネ」
罠や待ち伏せに備え、それらに対応するマリグナとウルリックが前衛、ニールとレティシアが中衛、陣が後衛という隊列で通路を進む内、道はやや大きめの通路に当たった。
通路の構造物はドラゴニアの遺跡と似通った物質で作られており、その二つが同じ年代に作られただろう事が予想された。
通路は複雑に入り組み、時間の流れに忠実であるかのように一部は崩れ、崩壊の様相を示していた。
何もない通路の壁には、焼け焦げた跡や、硬い物が何度も当たったかのような痕跡がそこかしこに見られている。
「これは……魔術か何かでブチ抜こうとしたのかな?」
「こんな通路のど真ん中を?そもそもここが知られてる遺跡なのかどうかも、判らないんだよ?」
ニールの言葉にレティシアが自分たちの歩いてきた方向と時間からおおよその位置を計りだす。
「それにこりゃぁ……ぶち抜こうとした、というよりは流れ弾が当たったって感じだな」
ウルリックが続ける言葉に、陣はふと違和感を感じた。
それを元に、改めて辺りを探る。
やはり、無い。
「……妙です、これだけの戦闘跡があるのに、死体がありません」
陣の発した言葉に、それぞれが改めて辺りを探る。
「……確かに」
「妙、だな」
考え込んだのはレティシアとウルリック。
「骨まで腐って土に還ったんじゃない?」
「それなら、その痕跡があるはずです、少なくとも、この戦闘跡を考えると、それなりの数が」
ニールの言葉に、陣は思った事をそのまま返す。
「戦闘後に片づけたんじゃないかい?」
「だとしたら、邪魔になりそうな血痕なんかが残ってるのが気になります」
どちらかと言うと戦闘終了後に放置されて経年でこうなった、と考えたほうがしっくりくる。
そうなると、今度は死体がない事の説明がつかない。
アンデッドと化して動き出したのかもしれないが、それならそれで、どこかでそういう類のものが屯しているはずである。
「……まぁ、判らないものをどうこうと考えても仕方がない、とにかく先に進もう」
実際、ほぼ誰にも判らない事ではあるので、考えても仕方がない、という思考が先に立った。
ニールと陣はアクイラを助けなければという焦りに半分頭を支配されていたし、レティシアとウルリックは頭の片隅で少し考えてはいたが、対応しなければいけない目の前の現実が多く、それに対する意識は薄れていった。
そう、誰もが深く気にしないまま、それを忘れていった。
ただ一人、マリグナを除いて。
***
「そろそろ休もう、まだ先は長い」
更に暫く歩いて、レティシアやニールに疲れが見えてきた頃、ウルリックがそう言って足を止めた。
丁度通路の間の小さな部屋で、前後どちらからも奇襲がかけにくい構造の場所だったので、火を熾し、食事と休憩を取る事にする。
交代で休む、となるとある程度時間が判る仕込みが欲しい所だ。何かないかと陣が雑納を漁っていると、隣から白い手が小さな時計を差し出してきた。
「これ、古い遺跡で見つけたものなんだけど、ある程度の時間が判るものよ」
「それ、便利ですね、使っても?」
OK,と笑うレティシアに礼を言うと、陣は焚火の前に座りなおす。
「ジン、アクイラの事なら、大丈夫よ……きっと、生きてる」
「……俺も、そう思ってますよ」
いくつかの意味が込められた言葉に、陣は頷く。
それでも、と気持ちは焦る。
レティシアを見送った後、陣は不安を誤魔化すかのように、左の手首を強く握った。
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