第94話 奪還は成功せり
休憩を終え、陣達は改めて歩を進める。
マリグナを先頭に、急いで、決して油断せず。
陣も逸る気持ちを押さえてそれに従う。
急いで、ミスをしては何にもならない。
それを判ったうえで気持ちは焦る。
「焦るな、とは言えんな……だが、今暴発しちゃ元も子もない」
「判ってます……だから耐えてる」
ウルリックの言葉に、無愛想に返す。
ウルリックの方も、今はそれが限界だと判っているので、あえてどうこう言う積りもない。
歪んでいるとはいえ、想い人をさらわれて冷静でいられる人間が果たしてどれだけいるだろうか。
その状況下で一切間違えず、最良、最善の選択を常に選んでいける奴が存在するなら……
そんな奴こそをウルリックは認めないだろう。
それは、どんな状況にも流される事無く、常に正解を選び続ける優秀な人材と言えるだろう。
そして同時に、どこまでも冷たい、知人友人、家族でさえも「数字」としてしか考えない人間だろうから。
「ま、今は耐えるこった、お姫様を助けに走る王子様を止める程、無粋じゃねぇさ」
つとめて明るく、ウルリックが言う。
それを聞いた陣は、一瞬複雑そうな顔をした。
「ま、おーじ様が見つけ出すのが、お姫様か、壊れた娼婦かは別問題として……そろそろ近いよ」
なんだかんだと最前線で動きの痕跡を追っていたマリグナが小さく呟く。
通路の端に据え付けられた怪しげな扉、わずかに開いたその隙間から、光が漏れていた。
***
陣がのぞき込んだ隙間からは、何が見えているか微妙に判断がつかなかった。
目を細め、視点を合わせるとぼやけた視界がクリアになる。
果たしてそこにあったものが、見たいと思った絵であるかは別として。
何人もの男が、裸に剥かれた女らしきものに群がる。
太腿と、二の腕に籠手の様に並んだ青緑色の鱗に、陣は覚えがあった。
男たちが文字通り代わる代わるに彼女を犯す。
怒りに我を忘れ、飛び出そうとした所を止められる。
引かれた腕を視線で追うと、マリグナが視線で「待て」と言っていた。
「落ち着きな、もうちょいだ……アイツらが目の前のメスに完全に夢中になったその一瞬が、隙サね」
理屈は判る、そういうタイミングで奇襲をかけることが、最大の効率を産む事も。
なけなしの理性を総動員して、怒りを抑え込む陣の耳に、声が聞こえたのはその時だった。
「ジン……くん……ごめん、ね……」
わずかな、本当に聞こえるか聞こえないかというか細い声。
それを聞いた瞬間、陣は手順も何も無視してその部屋に躍り込んだ。
***
アクイラがここで男たちに犯されて、それなりの時間が経った。
既に彼女の身体に、男たちの手が触れていない所はなく、何度、内側に精液を出されたかなどもう判ったものでは無かった。
かろうじて判るのは、順番はもう何順かしており、なんらかの助けが入らない限りはこの狂乱がまだまだ続くだろうという事。
「ジン……くん……」
犯されながら、それでも心だけは屈するまいと、アクイラは彼の名を呟く。
今、彼女を貫いている男がそれに気づいたのか、言いかけた彼女の身体を無理やり起こすと、唇を奪い、口腔内に舌を這わせた。
ぐちゅぐちゅと音を立ててアクイラの口中を蹂躙する舌。
アクイラの舌が、それに応えるように、おずおずと動いた。
(ごめん……ジンくん……もう……)
限界は、彼女が思っていた以上に速く訪れる。
陣との幸せな行為の思い出が、男たちの凌辱の記憶に書き換えられていく。
「ジン……くん……ごめん、ね……」
助けに来てくれると信じている。
けど、こんなに穢された女なんて……
絶望と共に呟いた言葉と共に、諦めたような吐息が零れ、アクイラの意志とは関係なく、彼女の腰が揺れる。
その瞬間、轟音にも近い音を立てて扉が蹴破られ、黒髪と水晶の左目が特徴的な青年が、部屋に躍り込んできた。
***
室内に垂れ込める、甘ったるいにおい。
据えた様な、男たちの吐き出した精の臭い。
物音に気付いた男達が扉を振り返った時、異世界から来た青年は、既にその射程にアクイラを貫いている男を捉えていた。
手にした剣を男の首に突き刺し、そのまま首の骨ごとその頭を切り落とす。
陣の視界一杯に、目の光が消え、半開きになった口からよだれと舌をだしたままの、アクイラの姿が映った。
感じる怒りのままに、陣は周りの男たちが我を取り戻すよりも早く、裸のままの男達を虐殺した。
我に返った男がなにか叫びながら、とにかく短刀だけでも手に取って陣に切りかかり……放たれた矢に射抜かれる。
果たして矢の軌跡の元には、矢を放った直後のニールとレティシアが居る。
「アクイラ!!」
裸のままのアクイラを抱き上げ、陣が扉を駆け戻る。
それを追いかけようとした男たちの頭上を、一つのタリスマンが飛んでいき……
石扉が閉じられたのと、内部で爆発が巻き起こったのはほぼ同時だった。
せっかく手に入れた女を奪い返されまいと、アクイラに意識が向きすぎた結果、マリグナを見落としていた彼らは高い代償を払う事となったのである。
運よく爆炎の魔術で死ななかった者も、その後に訪れる酸欠で死ぬことになる。
あるいは。それで死ねた者はまだ幸せだったかもしれない。
それすらも生き残ってしまった者は、全身に負った重度の火傷と、酸欠による意識の消失により……
激痛のみを感じながら、息絶えるまでの長い時間を苦しむことになったのだから。
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