第91話 状況


「……共依存?」

「そう、互いにな」


 集まって情報をまとめた後、ウルリックがニールとレティシアを呼んで陣とアクイラの現状を相談する。


「あ~……自分よりも相手を最優先しちゃって、壊れるまで尽くすってあれ?」

「あぁ」


 それを聞いて、ニールが頭を抱える。


「なんだってこんな事に……ってアレよね」

「この惨状だからな……」


 あの遺跡で、この光景の元凶となった破壊兵器を止められなかった事……まぁそんな事は、誰にも不可能だったのだが……その責が自分にあると思い込むアクイラ。

 その後、ここにきて大切な誰かを失った……おそらくはその痕跡をはっきりとした形で確認した……ジン。


「互いに折れそうで、互いに支えが必要だった、だから噛み合っちゃった……か」

「まぁ、不安とか悲しみとか、そういうのを誤魔化す為に、寝たのが最後の引き金だろうな」


 最も、それをしなかった場合、精神が壊れていたかもだが、と続けたことで、ニールは余計に頭を抱える事になる。


「それで、どうすればいいの?ウルリックさん」

「……とにかく、エイグリズドの使徒を……できれば首魁を捉えて“この惨状はあいつらが仕込んだ事で、アクイラには何の責任もない、ジンの知り合いが死んだ責任もエイグリズドの使徒にある”と二人に判らせる事だな」

「……復讐は何も生まない、なんて言ってる状況と場合じゃないわね」


 そうやって、折れそうな場所を補強して……後は時間に委ねるしかない。

 ほかにどうしようもないとはいえ、と三人それぞれため息をついた。


***


 どこに敵意を持つ者が隠れているか判らないという状況は、酷くストレスになる物である。

 移動一つ取ってみても、気を遣う事が極端に増え、負担が疲労となって襲い掛かる。


 ……と言うのは、種々様々な魔術のない世界での話。

 勿論警戒を解いている訳ではないが、その警戒の幾分かは、様々な方法で負担の軽減がなされている。

 マナサーチ、使い魔だけであっても物陰に隠れた人程度なら簡単に見つけられる。

 まして竜使いが居るとなれば、その心強さたるやいかほどのものか。


『どう?リーンヴルム』

『いや~、上から見る限りじゃそれっぽいのは見えねぇぜ?精査はお嬢と相棒に任せるしかねぇが……』

『リーンヴルム、お嬢はやめて……マナサーチも反応は無し……か』


 現在の所誰かが居るような反応は無し、それがいっそ全員の不安をあおる。

 離れて会話ができる精霊の囁きは便利だ、離れられる距離はそう遠くないが。

 加えて言うなら「聞く」事は誰にでも出来ても、「話す」にはコツがいる。

 その為、話せない者はなかなか話す事ができない。


「二重に調べている気配がない……本当にここいらには居ないのか、それとも……」

「これだけ探しても見つからない位、上手く隠れているか」


 目星の一つの立てられないのは不安だ。

 まして状況を考えれば、今はエイグリズドの使徒達がイニシアチブを握っていると言って良い。

 そいつらが静かすぎる、身を潜め、息を殺してこちらが通り過ぎるのを待っているのか、それとも……こちらを襲うタイミングを計っているのか。


「……どう、思う?」

「少なくとも、ここでうだうだしても始まらない、サね」


 実のところ、マリグナの意見に尽きる。

 全員が頷き、行動が再開された。


***


 明確な警戒対象が出来た事で、探索には方向性が生まれた。

 それぞれが、誰かの痕跡を求めて動く。


「……妙だ」

「やっぱ、そう思うサね」

「どういう事です?」


 ウルリックとマリグナの言葉に、陣が首をかしげる。


「物盗りや何かの痕跡がない、エイグリズドの使徒はその性質上犯罪者集団としての色も強い、こういう状況、連中ならそこらじゅうを漁りまわって価値のあるものを持って行きそうなもんだが」

「単にこの辺りにはまだ来てないだけじゃ?」


 その可能性もある、とウルリックが頷く。


「それにしたって、動きがのが謎サね」

「とろい?」


 続けるマリグナの言葉の意味は、ホントに理解できていないらしい。


「峡谷海を挟んで、北側には何があるさね?」

「あ……帝国……」


 軽く指を振りながら言うマリグナと、はっとした表情の陣。


「軍は出足が遅いが、実際出張ってくればエイグリズドの使徒なんかじゃ基本太刀打ちは無理サ、それがまるで気にしていないような動きの遅さ……」


 直ぐ近くでこれだけの事になっているのだ、帝国だって可能な限り素早く偵察を出すはずだ。

 それは、エイグリズドの使徒には状況的に不利になる。

 にもかかわらず、火事場泥棒を急ぐ痕跡も見えていない。


「警戒するに越したことは無いが……ほんと、どうしたもんかな」


 妙案など浮かぶはずもない、ウルリックが天を仰いだ。


***


 一方、アクイラ達は……


「……それで、改めて聞きたいのですが、どうなんですか?お嬢様」


 アクイラとニールの間の雰囲気は、普段とあまりにも違っていた。

 仲のいい友人、というそれではなく、主人と侍従というのが一番しっくりくるだろう。


「彼は、間違いなくマレビトでしょう、あの体質も、どちらかと言うと世界の違いに寄るもの」

「……長命種なら出会う可能性が十分以上にある、伝説ですか」


 ニールの言葉に、アクイラが深く頷く。


「多くのマレビトは、竜族の番……竜は、あまりにも強くなり過ぎた、半人ですら、他の生物と子を成すのは並大抵の事ではありません」

「お戯れを、お嬢様、お立場を忘れませぬよう」

「鳥かごの鳥で終わりたくはありません、抗う事が無理でも、一矢報いてやりたいの」


 アクイラの言葉に、ニールがため息を吐く。


「女性として、その気持ちは判ります、しかし……」

「婚姻は家の事、私情を持ち込むべきでない、ですか?」

「はい、お嬢様は大事な身、本来なら旅など……」

「ニール……」


 辛そうに、悔しそうに、アクイラが呟く。


「知ってるでしょう?私と初めて顔を合わせた時の、あの男の蔑んだ表情……」

「しかし、婚姻はなさねば、お家の存続にかかわるのです」

「……あんな奴に、妻として抱かれるなんて嫌」


 アクイラは人に近い竜だ、半人半竜と通しているが、実のところ純粋な竜種である。

 そして、そうした人に近い竜というのは、竜社会では蔑まれる傾向にある。

 人化した姿はますます人で、竜としての姿も小さく、弱い。


「……ジン、ですか?」


 ニールの言葉を聞いて、アクイラの頬に朱が刺した。


「お嬢様とジンとの間に何があったかは判りませんが、察しは付きます……お嬢様、どうか、ジンの事はひと時の相手、寂しさを紛らわすため、と思ってください」

「嫌です……!私は……!」

「お嬢様、お嬢様は自身の不安と罪悪感から目をそらせるため、ジンに体を許したにすぎません」

「そんな事……っ!そんな事ないっ!!」

「お嬢様!」


 ニールとその言葉を振り切る様に、アクイラは道を走り去った。

 何が潜んでいるか判らない廃墟の街を、一人で。

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