第90話 神の存在、神具の存在


 それは神として生まれたが故に神であった。

 おおよそ、この世界における神の誕生など、そんなものではあるが。

 暗い闇の中で、負の感情に包まれて、エイグリズドは生まれた。

 それは誰もが望んでいたものであり、誰もが望んでいなかった事でもある。

 そう、エイグリズド自身ですら。


***


 無人となった街を、レティシアとニールが歩く。

 互いに無言、街の惨状にまだ可愛らしいと言える顔を曇らせながら、生存者がいないかと探し続ける。


「ここも……だめ」

「そっか……」


 一縷の望みを持って地下室も調べてみたが、そこにも、人型の跡が残るのみ。


「ちょっと休もう、歩き通しだし」

「そうね」


 建物から出て、広場に戻ると適当なベンチに座る。

 皮肉にも、機械的な機能によって動いている噴水は、今も天高く水を噴き上げていた。

 二人で、適当なパンにいくつかの食材を挟んできた弁当を食べる。

 がらんどうの街、それがこれほどに寒く、寂しいものだとは。


「静かだよね」

「建物に傷の一つも無くて……ここで、沢山の人が死んだなんて嘘みたい……!」


 自分の何気なく発した一言に、レティシアがはっとした表情になる。


「ねぇ、ニール……あなた、ファントムとかレイス、見た?」

「……っ!そう言えば!!」


 状況が異常すぎて、気づかなかった。

 自分が死んだ事も気付かずに死んだのなら、その魂が「自分はまだ生きている」と誤認しており、普段通りの生活を行うファントムやレイス……かみ砕いていえば幽霊、が現れていないのはおかしい。

 しかしそんなものは、ただの一体も見なかった。


 どう考えてもおかしい、二人の警戒心が警鐘を鳴らす。

 もしかして、という可能性が浮かび、それを否定する要素がない。


「魂食い……」

「あり得ない……と思いたいわね、だってあれは……冥界の邪神、エイグリズドの神具」


 魂食いの宝珠、地の奥底に在る冥府を司る暗黒の神、エイグリズドに饗される魂を集める為の、呪われた宝珠。

 それは伝説の中だけの話だ、とレティシアは首を振り、ニールもそれに同調しようとして、動きが止まる。


「……神具は見た事無いけど……神様は、居たよね」


 その一言に、二人とも可能性に気付く。気づいてしまう。

 あっているのだ、神には、一度。

 そうであれば、神具が存在しないなどと、本当に言えるだろうか。


「とりあえず、一度戻ろう、相談しないと」

「うん」


 二人は顔を見合わせて頷くと、そのまま来た道を走って戻りだす。

 だから、気づけなかった。

 自分たちの後ろを追う、小さな影に。


***


「まさかほぼ確証に近い情報になるとはな……」


 一度全員で集まって、情報のすり合わせを行うや、ウルリックが頭を抱えた。

 こうなってくると……


「エイグリズドの使徒が、企てた可能性はとんでもなく高いサね」

「放射能汚染の只中みたいな所に、突っ込んでくるなんて……」

「坊や、狂信者ってのはそういうもんサ、神への忠義と信仰が唯一の基準で、それ以外は何もないサね」


 陣の呟きに、マリグナが答える。

 それに、陣は一瞬「えっ」と言いたそうな表情を浮かべて……直ぐに、それをいつもの表情の下に隠した。


「実際、狂信者相手に面倒なのはそこだからな、自分の命すら、軽々しく捨てて襲ってくる」


 マリグナの言葉に同意して、ウルリックが続ける。

 どれだけ殺そうと、殺されようと、他人が死のうと、自分が死のうと関係ない。

 それは、神の為に必要な犠牲だ。

 判断、行動の第一に神があり、それに見合うなら他がどれだけ狂っていようとそれは正しい。

 陣には全く理解できない……いや、恐らくこの中で真に理解できる奴は居ないだろう。


「……それで、魂食いの宝珠ってので、魂を集めて、そいつらは何をする積りなんだろう」

「単純に考えれば、神への生贄……いえ、違うわね、媒体となる血肉が存在しない」


 顎先に手を当てて、考えるアクイラが視線を動かす。


「……超人の、魂」

「いや待ってアクイラ、そんなもん存在するわけが……」

「そう、存在するわけがない、だったら、作ればいい」


 その言葉に、ニールとレティシアが驚きの表情を浮かべる。


「ちょうじん……?なんだいそりゃ」


 マリグナが他3人を代表する様に尋ねる。


「概念としての完全無欠な人、全てが自分の中にあり、全てを自分一人で完結させられる、そんな人」


 アクイラが思い出すように目を閉じながら、ゆっくりと言う。


「超人は文字通り人を超えた、完璧な人。誰とも交わらず、誰とも関わらずとも生きてゆける、ある意味で人の理想形」

「そんな、人と人との関りがなくて生きて行ける人なんて……」

「概念の問題、ジンくんは、買い物する時、そのお店の店員さんやその品物を作った人と、自分に関りがあって、その人の為に何かしたいと思う?」

「いや……無関係、だね」


 そういう事、と頷くアクイラ。

 彼女の手が、陣の手に乗せられ、気づいた陣が視線を向けると軽く微笑む。


「で、一人の魂ではどうやっても不可能だから、とにかく沢山の魂を集めてそれを加工して完全な一つを作り出す、と?」

「そう、そう考えるのが、一番近いと思う」

「そんなもん作り出して……あぁ、神に捧げるのか」


 一瞬疑問を口にするマリグナだが、直ぐに自分の中で納得のいく答えが出たため自己完結する。


「ともあれ、こっからは纏まって行動しよう、エイグリズドの使徒が潜り込んでるなら、ここは既に危険地帯だ」


 ウルリックが一同を見回して言う。

 それに、全員が頷いた。

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