第89話 傷の舐め合い
わずかに月明りだけが差し込む室内に、甘い息が零れる。
アクイラの中で果てた陣が、まだ十分な硬さを保ったままのそれを引き抜き、アクイラの隣に、寝転んだ。
息を整えながら、身を寄せてくるアクイラに腕枕をする内に、二人は、強烈な眠気に耐えきれず、身を寄せ合って眠る。
月明りが、陣とアクイラを照らしていた。
***
朝、ぎりぎりで日が昇り始めたと言えるくらいの頃、アクイラが目を覚ます。
隣でまだ寝ている陣の顔を見て、わずかに目を大きくするが、すぐに布団の中の自分たちの姿を確認して、どういう状況だったかを思い出す。
今度は、わずかに目を細めて、自分の下腹を軽く撫でると、悪戯を思いついたかのように陣の頬をつつく。
「ジン……くん、おはよう……」
それは、到底起こすつもりなど無いと言いたげなくらい、小さな呼びかけ。
「朝、だよ?……おねぼうさんは、たべちゃう……よ?」
無論、囁くよりも小さな声で呼んだ所で、そもそも聞こえるわけがない。
聞こえなくてもいいのだ、言い訳だから。
そう思いながら、アクイラが布団の中に潜り込む。
ほどなく、小さな水音が聞こえてきた。
その後……アクイラと陣は据え付けの風呂で体に付いた「色々な痕跡」を洗い流していた。
「……ん」
もぞもぞと、違和感を無くそうとするかのように、アクイラが太腿を擦り合わせる。
「えぇと……?」
「……まだ、入ってるみたいな感じがして……」
その原因である陣は、目をそらしながら、はは……と笑ってごまかす。
「ねぇ、ジンくん……」
頬を赤らめ、陣を直視しないようにしながら、アクイラが囁く。
「……したくなったら、言ってくれれば……いい、よ?」
それは、抗う事など考えもつかない、誘惑。
二人が浴室から出てくるまでには、まだしばらくの時間を要した。
***
「あんたら、朝っぱらから何してたのよ」
「……寝ぼけて、部屋間違えた」
部屋から出たタイミングで丁度顔を合わせたニールに、真顔ですっとぼけて見せるアクイラ。
「……それで、どうなんですか?お嬢様」
「……まだ、はっきりとは言えません、ただ……完全に違うって事も、ないかと」
互いにギリギリ聞こえる位の声で交わされた会話。
それが意味するところを判る者は、ここには居ない。
「……ジンに変な事されなかった?」
「ジンくんのヘタレっぷりは、知ってるでしょ?」
「……二人とも酷いな」
直ぐにいつもの調子に戻った二人の会話に、丁度それを耳にした陣は苦笑するしかできない。
ただ、ヘタレと言われて完全に否定できるほどがっついている人間でもないので、笑うしかない、というのが正確な所か。
まぁ実のところ、意味合い的には傷の舐め合いが一番近いという事は、二人とも気づいている。
その上で、止められるものでは無かった。
逃避であると判りながら、逃避以外の選択肢は、最後まで判らなかったから。
アクイラは自分を形だけでも受け入れて、慰めてくれる相手が欲しかった。
だから身を許した。
陣はもっと酷くて、失ってしまった少女の代替を求めてしまった。
だから、流されるままに受け入れた。
歪んだヒビが、丁度良くかみ合ってしまった。
ただ、今は必要だ。
それがいかに歪んだ砂上の楼閣だとしても。
互いの温もりが、互いに必要だ。
***
「……歪んでるサね」
「ま、仕方ないんじゃねぇか?はっきり言って、あのトシで受け止めるには、この現実は重い」
雨は上がっており、一同は多少ばらけての探索を行っていた。
それでも、最低限ツーマンセルは崩さず、たまたま、マリグナとウルリックがコンビを組んでいる。
話題になるのは、アクイラと陣の二人。
実のところ、この二人には昨夜の事は既にバレバレだったりするわけだ。
まぁ別に、目くじら立てるような事でもなければ年齢でもないので、そこを気にする事はない。
気にしているのは……
「共依存で済めばいいがなぁ」
「一時的なネ……今から頭痛がするさね……」
今後しばらくは続くであろう二人の関係、そこから来る問題のいくつか。
それに対処するのは、結局のところ年長である自分たちであろう事を考えると流石にため息の一つも出てくる。
折れてしまうよりは良い、しかし、支えがなければ立てなくなってしまっては問題だ。
「一応、準備だけはしておくべきサね」
「だな」
何をするにしても根回しは必要だ、そう結論付けて二人は探索に戻る。
と言っても、生存者など望むべくもないが。
「ここも、か」
「……嫌な案配さね」
いくつかの建物を巡った所で、感じる違和感に眉をひそめる。
入った建物で、物品が持ち去られたり、移動してある形跡が見られた。
南街が崩壊したという噂を聞いて、物取りが入った。そう考えたとしても早すぎる。
この状況を前提としていなければ、昨日の今日で……下手すればもっと早くやってくるわけがない。
ふと、ウルリックの目に、小さく書き込まれた印が映った。
「おい、マリグナ……こいつは……」
「……エイグリズド」
その建物には、邪教の聖印が記されている。
「……どうだ?」
「判る訳ないだろう、警戒されてるサ」
直ぐに周囲一帯を警戒し、背中合わせで死角を潰す。
数分経っても、なにも起こらない。
「判るか?」
「……少なくとも、気配はない、としか言えないサね」
ため息一つ、二人は警戒を緩め、武器を下ろす。
「戻るぞ」
「あいよ」
警戒すべきことが増えた。
この先、生き残るにはどうするか……光明は見えてはいない。
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