第23話 大刃の槍斧
ノーリが打つ斧頭も、最後の工程に入っていた。軸部分は精密なドラゴンのフィギュアで模られ、その額から延びる角がスパイクに、吐き出す炎を模ったアックスブレードは通常のハルバードよりも広く、長い。
尾をそのまま伸ばしたような鈎は造形としての美しさを損なわないよう、使いやすい位置と大きさを両立している。
「ふぅ……」
工程もひと段落し、息を吐く。
グルスと陣が二人で、出来上がった斧頭を見て「おぉ……」と声を上げていた。
「ヘッド部分はこれでいいとして、柄は前と同じにする?
軽く、そこそこ頑丈でしなりも良い、柄は思いのほか及第点だった、という事だろう。
「そうだな、そっちの方がジンも扱いやすいか」
「おっけー、石突は……バランスとらないとなぁ」
振り回すときのカウンターウェイトともなり、必要に応じて槌ともなる部位をどうするか、ノーリが再び思案に沈む。
「ねー、ジン君、ちょいと打ち合ってくれない?」
「へ?」
唐突と言えば唐突な言い回しに、陣はきょとんとなる。
「石突……あぁ、長柄武器の柄の下側にあるココね……どーするか少し考えあぐねてるんだ」
地面を突いて安定させる、振り回した時にその重さで使用者の負担を軽減する……思いのほかやる事の多い場所だ。
「実際それだけじゃなく、カウンター入れるときの攻撃の起点になったりするから、どうするかなって」
つまるところパイク的な運用をするときに安定しやすい形にするか、カウンターの起点にするときに相手にダメージを与えやすい形にするか。
「で、それを見るにはやっぱ実際に見てみるのが一番いい訳で、自分で打ち合ってみるのがもっといいと思って」
とても愛らしい笑顔で、彼女はさらりとそう言った。
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槍斧を模した棒を構え、同じく大槌を模した訓練用の武器を構えたノーリと対峙する。
「一応、いざという時のために俺が居るが……ノーリ、我を忘れんなよ?本気になったドゥビットの突進を、ジンが止められるわけないんだからな」
「判ってるって、大丈夫大丈夫……たぶん」
炉から少し離れた練兵場、そこで陣とノーリが向き合う。
「いーい?本気で打ち込みなさい、でないと判らないから」
防具は互いに革鎧、だが、陣の目にはノーリが巨大な城塞に見えていた。
堅牢にして堅固、いかなる攻撃にも怯まず、決して落ちる事のない頑強な城。
「では……はじめ!」
グルスの声を合図に、陣はノーリの内懐に突っ込んだ。
「あまいっ!」
至近距離から突き上げた穂先は、軽く体を捻るだけで避けられる。
腕に比べればはるかに短いドゥビットの足での蹴り、それでバランスを崩されたところで腰のあたりにごん、と強い衝撃を感じた。
「まず、これで1回」
振り切ることで槌の遠心力を逃がして、ノーリがどん、と石突で地面を突く。
「まだまだ!」
立ち上がり、構えなおす陣をみて、ノーリも再度槌を構える。
第2ラウンドはすぐに始まった、今度は、陣の突進に合わせてノーリも突撃する。
「ウラーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
互いの胸鎧を突いたタイミングは同時、吹き飛ばされたのは陣のみ。
だが、今度は陣も堪えた、両足を踏ん張り、上体が大きくのけぞっても倒れずに……
「あ……」
ネレッドが何か言いかけた時、ノーリの槌が陣の顎をとらえて上向きに吹っ飛ばす。
距離を詰めていたノーリのカチ上げがきれいに入っていた。
奇麗に吹っ飛び、倒れ込む陣。
それを背景に、ノーリはブン、と槌を振って構えなおす。
「ジン君、まだデキるでしょ?」
「いや無理に決まってんだろ!?お前戦闘のやり方見るだけなのに本気で殴って気絶させるバカがあるか!?」
慌てて陣に駆け寄ったネレッドが思いっきり突っ込みを入れていた。
「あ、あれ?」
吹っ飛んだまま目をまわす陣と、え?え?とばかりに状況が呑み込めないノーリ。
そんなノーリの肩に手を置いて、グルスが噛んで含めるように言う。
「いいか?ノーリ……普通のヒュムは、ドゥビットの突進からのカチ上げ食らったら気絶するんだよ」
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「てて……」
「お、気が付いたか?ジン」
気づくと、ネレッドが傍で本を読んでいた。
「ぐ……ノーリは?」
「
飲めるか?とマグに入った水を差し出しながら、ネレッドが苦笑する。
それを受け取る陣も、つられて笑みを浮かべる。
思ったよりもダウンしていた時間は長いらしい、それなりにしみる水をゆっくりと飲み下し、息をつく。
「俺、弱いよな……」
「そりゃな、グルスの旦那に聞いた話じゃ、戦闘なんてほとんどやった事無いんだろ?」
何を当たり前なことを、と言いたげな雰囲気を隠そうともせず、ネレッドが続ける。
「殆どやった事無いような事をそれで食ってるヤツより上手くやれる、なんて奇跡でも起こらなきゃ不可能事だぜ」
「とはいっても、俺このままじゃ……」
「足手まといだな、で、それがなんだ?」
ぽんぽん、と陣の肩を叩いてネレッドが笑う。
「オイラだって真っ向勝負じゃ誰にも敵わねぇ、けど、真っ向じゃなければ勝てる」
「……」
「要は、自分のできる事を全部出す事さ、たまにオイラ達の想像もつかない、突拍子もない事、思いつくんだろ?」
「ネレッド……ごめん、ありがとう」
一瞬面食らったような顔をしたネレッドは、照れくさそうに笑いながらその場を去ろうとして……スッ転んだ。
「こ、これはっ……!?財布に紐!?」
「いや前にグルスがスられてたのを見て何となく」
「子供かっ!?」
ちぇ、とばかりにネレッドがすり取った陣の財布を投げ返す。
「なんか、苦労して身に着けた技術をそーやって防がれると負けた気分だぜ」
「そりゃ、財布をすられたくは無いからね」
負け負け、と両手をひらひらさせるネレッドと、それを見て思わず吹き出す陣
つられてネレッドも声を出して笑い、二人分の笑い声がしばらくその場に流れ続けた。
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アックスブレード部分を一気に研ぎ、刃の形になっていることを確認して、ノーリは深く息をつく。
陣の攻撃の癖、振り回すときの体幹、回避の足運び……陣と打ち合った中で確認した一つ一つを、この1本の中にバランスという形で埋め込んだ。
「よし、こんなもんかな……っと」
再度、斧頭全体のバランスを見直し、間違いがない事を確認する。
振り回す癖があるから、斧頭の勢いに負けないように石突は少し重く。けれど、動きを阻害しない程度に。
がっちりとはめ込まれたピルムウッド製の柄はそれに耐えうるしなりと耐久力を示している。
「よっと」
周辺の安全を確保し、軽く一振り。続いて全力で振り回し、振りあげ、振り下ろす、突き出し、石突を斧頭を入れ替えて同じ行動を繰り返す。
「うん、完成」
武器架台に完成した槍斧を立てかけ、心からの笑みを浮かべてそう宣言。
「っと、忘れる処だった」
たがねを手に取り、軸受けの少し下にノーリは自身のサインを刻む。
ドゥビットの職人たちが、自分が丹精込めて作り上げたものに入れるように、彼女も、己の作り出したハルバードにサインを刻む。
「さて……あと……は」
ぱったり。
そんな効果音が似合う感じで、疲労が一気に襲ってきたノーリはそのまま寝てしまう。
「おいノーリ、なんか……っておい!しっかりしろ!」
物音に気付いたグルスが鍛冶場を見て……大慌てで陣とネレッドを呼ぶ。
その後、グルスと陣の二人がかりでノーリを部屋に戻し、休ませるのであった。
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