第22話 再会の少女
ネレッドに誘導されて、陣はそこにたどり着く。
南街の歓楽街の端にある、酒場というにはやや手狭な店。その店の中で、陣を見つけたグルスが手を振る
「ジン、こっちだこっち」
「グルス、それと……!?」
一瞬、わが目を疑う。彼女は、ここに居たのかと。
陣は彼女もあの町の人々と眠りについていると思っていた、だから、彼女がいるというのはまさしく想定外だった。
金髪は出会った時のまま、あの時はポニーテールに纏めていたのを、ストレートに伸ばしており、髪の長さも肩を超えるくらいに伸びている。陣との一夜の後も、それなりの数の男たちに抱かれてきたのだろう、あどけない表情に比して、すらりと伸びた両足の付け根には少しだけ隙間が空いていた。
「リース……?」
「……はい、ジンさん」
少しだけ微笑んで、彼女はカトールの端を摘み上げて一礼する。その裾には大きなスリットが入っており、胸元も以前に比べて大きくカットされている。
蠱惑的な衣装に彩られた、彼女の笑顔。何か言おうとして結局何も言えていない陣の背中をグルスがドツき、再起動させる。
「ジン、傭兵やなんかにはありがちなんだけどな。あぁいうキツい戦いの後は、酒を浴びるほど飲んで、女を抱いて、気持ちを楽にするんだ」
「へ?」
「……お前、気づいてなかったかもだが、ずっと険しい顔してたぜ?何もない時にな」
グルスも数日ぶりに見る、意表を突かれたような表情。
本格的な戦場に……本当の意味での戦場に狩り出されて、生き残った新兵が見せる表情が、緩んだ。
「ほれ」
グルスが陣にワインを一瓶寄越す、決して有名ではないが、質のいい銘柄だ。
「腹の中にわだかまってるモンは、そいつで全部流しちまえ」
「……ごめん、グルス」
ついつい口をついた言葉に、グルスは苦笑する。
いーから行ってこい、と手を振って部屋に移るよう促す。
リースと番頭の処へ向かい、既定の金額を払うと、リースが陣を連れて定められた部屋に向かう。
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誘導された部屋は、普通の宿に比べてもすこしばかり上等と言える部類に属していた。
用意されたサイドテーブルにリースが慣れた感じでグラスを並べる。
「ジンさん、わたしもご相伴に預かっていいですか?」
「ん、そうだね、一緒に」
二人分のワインを注いで、軽くグラスを合わせる。ガラス製の上等なグラスが振れて、音を立てた。
特に意識しなくても肩が触れる、そんな距離で何も言わずにグラスを空にする。
「その……リース……君は…」
「クレメアに、エルネットさんの使い魔が来たんです、手紙をもって」
何が言いたいのか察したのか、リースは話し始める。
「数日内に『悪い事』が町に起こるから離れた方が良い、と」
それを見た店主はすぐに店の女の子たちを馬車に乗せ、旧知の連中がやっている店に店員たちを預けた。
リースが町を出たのは最後で、その時、町の広場に備え付けられた処刑台にエルが引き出されていたという。
「……一瞬しか見えなかったけど……服も着せてもらえず、あざも、体中に見えてました……」
「女性」として思うところは幾つもあったのだろう、年頃の女の子があんな格好で地下牢に放り込まれていたのなら、その間どんな扱いを受けていたのかも想像に難くない。
「何が起こったのかは私も詳しくは知りません……ただ、町全体が魔力の霧に包まれているらしい……としか」
判った所で陣にできる事は何もない。それは痛いほどに判っていた。
陣はまだ、この世界のことをろくに知らない、戦う力も、ほぼ無きに等しい。
上手くやれば「戦闘」には勝てるだろう、だが「戦術」レベルではどうあがいても勝てる目はなく、エルの状況を調べるだけでも、複雑な「戦略」が必要な現状では……
「えい」
ぷに。と頬を突かれる。視線を向けるとリースが少しふくれつらをしていた。
「確かに心配になるし考えこんじゃう場面ですけど……目の前の女の子を放ってほかのコの事考えるのは、ひどくないですか?」
ぐにぐにと頬を弄ばれ、「はい」と答えたつもりが「ふぁい」と変な声になる。
それが面白かったのか、感触が気に入ったのか……リースは少しばかり陣の頬で遊んだ後……
「ん……」
陣の首に腕をまわして抱き着き、逃げられないようにしてからキスをした。
柔らかな体を甘えるように摺り寄せ、さりげなく陣の足を自分の腿で挟む。
陣は導かれるままに、リースをベッドに押し倒した。
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「でさ、グルスの旦那」
「あん?」
陣とリースが別室に消えてから、グルスとネレッドは別の酒場に座を移し、男二人で飲んでいた。
「結局、ジンって何なんだ?一般常識に疎いと思ったらどっかの貴族みてぇな知識を持ち出してくることもある。偏ってるだけかと思ったら案外バランスもとれてるらしい」
「俺も判らん、あいつは知り合いが助けて同棲してた奴で、俺は鉄工街までの案内と護衛を頼まれたって所だからな」
「は~ん、で、そのコは?」
「……まぁ、はしっこい奴だから犬死はしてないとおもうがね」
何も言わず、瞑目したネレッドはグラスを小さくコン、と鳴らす。
自分の知らない、けれど他の誰かは知っている者への、彼なりの鎮魂だ。
「しかし……あれだよな」
炒り大そら豆を摘まみながら、グルスが言う
「もーちょっと女っ気ある店、なかったのか?」
「ここが一番安くてうまい」
二人がいるのは職人街の酒場。鍛冶や大工の集まる食堂は非常ににぎわっており、男性客がとても多い。
さらにいつもはいるウェイトレスが休みだとのため、給仕も男性職員がやっているからか、とても暑苦しい
(エルの言葉を信じるなら、マレビト……ほかの世界から現れて世界を旅する、精霊に祝福されたヒトか)
女神教でいう所の「勇者」と同一視されがちだけど違う、とグルスは一度エルに聞いた記憶がある。
正直陣がそうかと言われれば「半々」と答える程度には信じてもいるし信じてもいない。
(ま、どっちにせよ……)
鉄工街までたどり着いたときどうするか、グルスは少しばかり考えあぐねていた。
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夕刻、グルスとネレッドが陣を迎えに行くと、店の裏手、路地の辺りが少し騒がしい。
「ありゃ……?喧嘩か?」
「いや~、難癖付けてる、じゃないか?」
二人で路地を覗き込むとほぼ同時に、鈍い音が響いた。
野次馬の何人かが反射的に音の出元を目で確認する。そこには地面に伸びたままぴくりとも動かない男と、構えを取り直した陣がいた。
(あれか……前も見せてたあの良く判らん格闘術)
徒手空拳で相手をつかんで地面に投げる……殺傷能力はあまりなく、時間稼ぎに使うにも隙が多いように見えて、実際の戦場でやられると、より大きな隙を長時間晒すことになり、それを食らうことが間接的に死に直結する。そういう補助的なものと思っていたが、条件が変わるとここまで変わるか、と目を見張る。
石畳に頭を叩きつけられる、しかも自分の体重による加速と、相手の投げる力が十分に備わったうえで。投げられた男は目立った外傷こそないが、無事かと言われるとそんな事は無いだろうと言えた。
自身より遥かに巨躯を誇る男を投げ飛ばした陣が一歩男たちに踏み出す。
投げられた男が首魁だったのだろう、男たちは判りやすいほどにおびえ、気絶したままの男を放置して逃げ出した。
「よ、ジン、絡まれてたな」
「すっげーな、こんな大男ブン投げちまうなんて」
「二人とも……見てたなら助けてくれよ……」
助けとか要らなかっただろ、と陣を小突いてから、グルスは男の状態を見る。
一見なんでもない様で、鼻と耳から透明な液体のようなものが流れ出ている。まぁそれ位なら死にはしないだろう。
「運が良かったな、こいつは能動的に殺すところまではやらねーぜ」
再度考える、陣がこの男を投げた後、勢いのまま顔面に体重を乗せて膝を落としたり、のど元をナイフで切り裂いていたとしたら……
(防御もできずに確実に死んでる)
或いは、オリジナルは戦場で洗練された技なのかもしれない。
グルスはその疑問を、一応頭から放り投げた。
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