第20話 南街とネレッド

「おーい、ジン君、なにこんな所で寝てるかな?」

かけられた声に陣が目を開けると、目の前にノーリの顔があった。

「あ、あれ……?ノーリ?」

「あんまり遅いもんだから、てっきりグルス君やネレッドと一晩中騒いでたかと思ったけど」

目覚めた場所は、小鬼の襲撃によって廃墟と化した元孤児院

「あ、あれ?」

そこで見たのは、幻か、なんらかの超常的な力が働いたものだったのか?

汚され、崩れた女神像は何も語ることは無い。

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 大石橋の南に広がる、通称南街は、鉄工街へ木材や日用品などを運び、鉄工街からの出荷品を多く取り扱う。北街と違い、巨大な街という体を成しており、様々な店が一大商業圏を築き上げていた。

橋を境界として南は南方諸国連合の管轄となっており、諸所にもいた帝国兵とは趣の違う武具を身に纏った兵士たちが巡回を行っていた。

「南街は北街と違ってここ自体が大きな町って感じだからな、俺もここまではそれなりに来た事あるんだが」

「アタシはじめて」

「オイラはこの辺根城だからな、まずは宿とろーぜ」

 歩きながら話す三人から取り残される形で、陣は町並みを見ていた。大通りを中心として雑多に多くの店が並ぶ市街地はどこかで見たような、見たことが無いような不思議な感覚を覚える。それと同時に、東京の街並みを思い出して、なんとも言えない気持ちになっていたりもした。

「どしたの?ジン君」

「あ、いや……なんでもないよ、ノーリ」

 歩きながら文字通りこちらを下から覗き込んでくるドゥビットの少女に問われ、陣は我に返る。

「なら良いけど、とりあえず宿探してから、武器の状態見せてね?それから鍛冶場借りてメンテナンスするから」

それだけ言って、先行する二人を追いかけて小走りで進むノーリの背中を見ながら、陣もゆっくりと歩を進める。

町並みは、もう目の前まで近づいていた。

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 大通りに軒を並べる店舗のみならず、屋台や、地面に敷物を強いて品物を並べただけの露店が軒を連ねる場所を通りかかった時、ネレッドが立ち止まる。

「で、ここが南街最大の売り、自由市だな」

「おー、相変わらずにぎわってんな」

絶える事のない人ごみと、絶えず聞こえてくる商談や雑談、笑い声や怒声がないまぜになった場所で、陣はフリーマーケットを思い出していた、同時に歴史の授業でやった楽市楽座などはこんな感じだったのかもしれない、とへんな感慨に浸ったりしていた。

「ここで買い物もできるけど、武器防具なら岩精霊ノーリ、それ以外ならオイラが一緒に見たほうがいいと思うぜ?」

「誰が岩よドチビ、ともあれ言ってること自体は賛成、こーいうとこで売ってるものってムラが激しいから」

「あぁ、俺も以前安いナイフ買ったらえらいナマクラでな、痛い目見たぜ……」

「へぇ、グルスもそーいう失敗するんだな」

げんなりとした表情でつぶやくグルスを見て、陣が言う。

「あぁ、5本で銀貨1枚とかで売ってたから一組買ったんだが……刃はぺらぺらだし押しても引いても切れやしねぇと来たもんだ。一応切れ味試そうと思って適当に使ってみて正解だったぜ」

グルスのいう事にネレッドがニヤニヤしながら頷く。

「そりゃ災難だったな、グルスの旦那」

「そーいう痛い目見た記憶があるから、ドゥビットに武器見てもらえるのはありがたいぜ」

ノーリに向けてそういうグルスに、ノーリが「まかせなさい!」と腕まくりして見せる。

「ともあれ、ジン、ここまで俺がフォローしやすいからハルバード使ってきたが、他の武器に慣れる意味でも訓練用の安いの買っておくこと進めるぞ?」

「ん、使えるものは多いほうが良いよな」

 本格的に習うのは武装との相性が判ってからでも良い、と言い切るグルスに頷いてから、陣達は改めて自由市を抜け、宿場街で宿を取る。

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「おーい、オバちゃん!客連れて来たぜ~!」

「あらあら、ネレッドの連れてくるお客は多様ね」

ネレッドが呼ぶ声に応えて、宿の奥から人当たりのよさそうな笑みを浮かべた女将が顔を出す。

「“水霊の涙”亭へようこそ、旅の人」

陣たちに近づくと、そのまま声をかけてくる。一見するとドゥビットと見間違えんばかりの体形をした女将は人の好い笑みを浮かべている。

「部屋を二つ、一人と三人……それと、なんか軽いものが食えるとありがたい」

「別に一緒でもいいけど?」

さらと言ってのけるノーリに、グルスが少し苦笑する。

「そういう訳にもいかんだろ、男にゃ見られたくないものもあるだろーさ」

「む……」

確かにそういわれるとぐうの音も出ない。ノーリはおとなしく従うことにする。

「はいはい、じゃあ部屋は2階の突き当りと、同じ2階の反対側奥から三番目ね……荷物を置いたら下りてきなさい、ちょうどランチを出してる時間だから」

宛がわれた部屋で荷物を置き、再度下の酒場に下りてくると、ウェイトレスがメニューを持ってきた。

「おいおい、ランチメニューは細かいところ載ってないのかよ」

「女将の気まぐれと仕入れた素材で決まるからな、けど味は保証付きだぜ?」

「ネレッド私のセリフ盗らないで、シーフだからって」

けらけらと笑うネレッドの頭にお盆で一撃決めてから、ウェイトレスが改めて注文を取る。

それぞれに注文を行い、待つ間にノーリと武器メンテナンスに関する相談を行う。

「おまたせー、戦士さんがホルン・ボアの大サンドで、ドゥビットさんが大角牛ランスオックスの骨付きね」

それぞれの前に置かれる大皿、そこに載せられた料理は結構な分量があった。

「で、そっちの槍使いさんが、今日のランチで……はい、ネレッドは塩水」

「ってなんでオイラのだけ!?ちゃんと注文したよな!?」

目の前に置かれたコップに、思わずつっこみを入れるネレッド。

「冗談よ、はい、どーぞ」

ネレッドの扱いがなにか雑なのは、それだけちょこちょこ顔を出しているということなのだろう。

ちなみにネレッドの注文はホルン・ボアのミンチステーキ、陣はそれを見て全豚のハンバーグかと目を見張った。

ネレッドはそれをある程度の大きさに切り分け、黒パンにはさんで食べている。

「ステーキのサンドか、それもありだな」

「ナイフとフォークがでかくて使いづらいんだよ、こーいうとこじゃ基本身体のでかいやつ向けが多いからな」

手の中の自作サンドにかぶりつきながら自分の手元を見ているグルスに返すネレッド。

「あら、あるわよ?フービット向けの大きさのナイフとフォーク」

「な……に……!?」

ウェイトレスの言葉にネレッドの動きが止まる。

今までの苦労はいったい……とがっくり膝をつくネレッドの姿に、思わず陣達はふきだす。

こぼれる笑みを隠そうともせず、ウェイトレスが「まぁまぁ」とネレッドをなだめる。

ちなみに陣の手元に届いた今日のランチは……。

「じゃあ今日のランチ……ミンチステーキのホワイトソース焼きです」

陣視点で言うとハンバーグ入りグラタンだった。

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「さて、食べ終わった所で……おチビ、鍛冶場借りれる工房とか知らない?」

「だーれがチビだ岩、この辺で鍛冶工房は……お役所のやってる公営のくらいだな、貸出してるの」

「ま、しゃーないか……」

食べ終わり、一息ついたところでノーリがネレッドと鍛冶場について話をしている。

「じゃあ、俺らもついていくか」

「あぁ」

グルスと陣も、先に席を立ったノーリとネレッドを追いかける。

次の旅に向けての準備は始まった。

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