第19話 苦悩と修道女

「いよ~、もっさりしてるな~とは思ったけど、なかなか泥臭い戦いしてるじゃないの」

「てめっ……!あの時のスリ!!」

斃れた小鬼の背後から現れたのは、体格に見合った機械弓を担いだフービット。

「オイラ睨みつけるより、周辺警戒した方がいーんでないの?そこの角にいるぜ」

「ギギッ!?」

すぐそばに撃ち込まれたボルトに驚き、姿を現した小鬼を、グルスが即座に突きあげる。

「……斥候スカウトの腕はあるみてーだな」

「どーする?」

フービットの背後から小鬼の上げる声が聞こえた。飄々とした表情のまま、フービットは逃げようともしない。

次の瞬間、小鬼は吹き飛ばされる。グルスが投擲した手槍ジャベリンによって。

「いーからこい、斥候一人じゃ手数と攻撃の質、両方足らんだろ」

「助かるぜ、腕前は……ま、知っての通り、ってな」

大凡戦場とは思えないのほほんとした声と表情で、そいつは笑った。

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「おらぁっ!?」

「ぎゃーーーーーーーーーーーーっ!?」

そしてノーリに会うなり吹っ飛ばされた。

「まぁ、な」

「しゃーない」

陣とグルスの反応は淡々としたもの。

「ま、コレで勘弁しといてあげるわ、友達助けてくれたのは事実だしね」

「ありがとーよ、ったく」

ぶつけた後頭部をさすりながら立ち上がり、改めて陣達を見上げる。

「オイラはネレッド、よろしくな」

ニヤ、と笑みを浮かべる口元から八重歯が覗く。

 陣からするとどう頑張っても小学校高学年の男の子にしか見えないが、それでもフービットという種族としては立派な成人だという。

「陣です、よろしく」

「フービットにそんな丁寧な言葉使うヒュムネ、初めて見たぜ」

一瞬きょとんとしてから、ネレッドは改めて陣の手を握り返す。

「よろしくな、ジン」

その後の掃討は順調に進んだ、索敵を行う斥候が増えたことは陣達の行動がより円滑に進むことを意味した。

数時間で、北街に襲撃を行った小鬼達は、そのすべてが駆逐された。

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「勇猛なる帝国兵士及び、果敢に脅威に挑んだ傭兵、冒険者諸君!小鬼の群れは破れ北街は守られた!我々の勝利だ!!」

 剣を掲げ帝国の隊長が声を上げると、集まった冒険者、傭兵たちからも大きな歓声が上がった。

勿論完全な勝利ではない、街には被害も出たし、家族、恋人、知人を小鬼達に奪われた人々もいる。

北街に被害は出たが、それでもそれを食い止め小鬼の軍団は追い払った。今は悲しみに暮れるよりも生き残ったことを喜ぼう。と

 勿論何もしないわけでは無い、小鬼達に連れ去られた人々救出するための救援部隊はすぐに組織され、数日を待たずに出発する予定となっている。

 論功行賞という訳では無いが、小鬼の迎撃に参加した傭兵や冒険者たちには北街からそれなりの報奨金がでた、陣達が受け取ったのは4人で10枚の紅瑠璃貨。褒賞を4人で分け合い、それぞれが出発前の準備を始める。

「さて……と」

 陣が向かったのは、北街にある孤児院を兼ねた教会。襲撃中小鬼に扉を破られそうになっていたのを、周りにいた冒険者たちと一緒に守り、避難誘導が終わるまで、陣を含む何人かで時間を稼いだ場所だ。

荒れた庭をかたずけていた子供たちが陣に気づき、わっと寄ってくる。少し遅れて、子供たちを見守っていたシスターもやってきた。

「あら、戦士さん」

「どうも」

年老いて皺の寄った顔に柔和な笑みを浮かべるシスターに一礼し、庭の片づけを再開する子供たちに手を振ってから、陣は教会内部に入る。

「……」

教会内部に建てられた、年若い少女の姿を取った「光の女神」の像をじっと見る。いや、人によっては睨みつける、と評したかもしれない。

「迷い子の家へようこそ、旅の人」

そこで、声を掛けられる。

「……どうも」

「鎮魂の祈りを捧げられに来たのですか?」

先ほどのシスターとは違い、若い娘そのものの顔と声、陣は声の主に振り返る。

「殴れるならこの偉ぶってばかりの役立たずをぶん殴ってますよ」

「まぁ、女神さまに容赦ない」

半ば本気で言った冗談は、しかし笑って流される。

「小鬼の襲撃があったばかり……私がここであなたに出会ったのは、きっとあなたの心が少しでも軽くなるようにと女神様が取り計らいなさったのでしょう」

「……ぶつけたい事は、色々ありますよ」

 仕方のない、必要な事だと判っていて、あの世界で生きてきた陣のメンタルは、そう簡単に変わるものではない。自分が刺し貫き、切り裂いた小鬼達の断末魔、手足を失い、それでも逃げようと残った部分で地面を掻いて生き延びようとする様、とどめをくれようとする自分を見る、絶望的な目。

様々な感情がまぜこぜになり、どろりとした汚泥の様に陣に覆いかぶさっている。

 存在しないものにぶつけても仕方がない、そう思いながら、目の前で傲慢を形にしたように黄金に輝く女神像に憎悪を向けずに居られない。

「小鬼達の襲撃の間、エルムを盾に生き延びようとしている人々を見ました」

 そしてそれよりも度し難いと、陣の胸の内で黒い蟠りとなっているのが……

「まぁ、エルムを……ならばそのエルムは罪を許され、神のみもt」

「盾にされ、異形の化け物に嬲り者にされるのが救いと言いますか」

陣は見ていた、見てしまった。

小鬼の群れが放つ矢から身を守る為に、エルムの男性を無理やり盾にした帝国兵がいた。

エルムの女性の服を引きちぎり、小鬼の群れに投げ込むことで難を逃れた商人がいた。

あろう事か、混乱の中で同じ人間に犯され、殺され……小鬼達の注意を引く餌として投げ捨てられたエルムの娘がいた。

「エルムを犠牲にして逃げのびた奴らが、エルムよりも上だとでもいうのか……!エルムは犠牲になっても仕方ない、存在そのものが許されない存在だとでもいうのか……!」

助けようとして、助けられるものでもない。陣の目の前で、ほんの数メートル先の所で、エルの様な娘が小鬼に犯され、嬲り者にされ、悲鳴を上げて助けを求める。

それを見た帝国兵たちが、クロスボウの一斉射撃で、エルムの娘ごと小鬼達を射る。

「“エルムだから”仕方がない、産まれてきたことが罪だ、とでも言いたいのか……!」

胸の内を吐露しながら、頭のどこかは理解している。人種差別のない世界は、人間のいなくなった世界だ

「エルムとは悪しき者、善良なるものを堕落させる生まれついての……」

「あぁそうだろうさ、くそったれの詐欺師が大昔さんざんダシに使った後の出汁がらに延々騙されて、それを正義と崇めるあんたらには!」

叫んだあとではっとする。この年若いシスターに当たった所で何が変わるわけでは無い。

「っ……!仕方ないでしょ!アタシだって、こんな現状作りたい訳じゃない!そもそもエルムが悪だなんて言ってない!!」

怒鳴り返したシスターが一瞬「しまった」と我に返った表情を浮かべ

「……と、女神様でも怒るかもしれませんよ?今の言葉は」

「……そうですね、きっと戦いの後で気が昂っている」

一瞬あっけにとられた後、座り込んだ陣の隣に、シスターが座る。

「そういえば、名乗っていませんでした……私は……リア、教会を巡って修行し、徳を積んでいる修道女です」

「ジンです、よろしく」

楚々と微笑むリアは、立ち上がると台所からグラスを二つとワインボトルの様な瓶を1本持ってきた。

「かつて大地が酷く乾き、あらゆる川が枯れ、井戸から水がなくなった時、女神が人々を想って流した一粒の涙が葡萄を育て、その葡萄から人々はこれを作って渇きから逃れました」

グラスに注がれたのは、陣の知るところの白ワインのような液体。鼻を突くアルコールの匂いは、今は心地よく感じる。

「慣れない戦いに身を投じて、あなたの心は今きっと乾ききっている……だから私は、この一瓶をあなたと分かちます」

自分と陣のグラスにワインを入れ、目の高さまで持ち上げる。

陣がそれにならうと、チン、と軽い音を立ててグラスを合わせた。

 目の前の液体を一息で飲み干す。以前グルスに飲まされたのとは違う、甘い、染み渡るような味。

感想と礼を言おうとしたが、すぐに、陣の意識は刈り取られるように薄れていった。

「今は、眠りなさい……必要なのは、心と体を休める事だから……」

リアの声が、遠くで聞こえ……陣はそのまま意識を手放した。

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