第18話 戦闘の結末
ブリッジマーケットの戦いは襲撃者側の敗北で幕を引こうとしていた。侵攻部隊は方々で散り散りになり、一部逃げのびた者もいるが数は大きく減らしている。しかし収穫はあった、生きた女を何十人か連れてくることに成功したとの報告はある、ならば次の機会は得られるという事だ。
残存の兵力を引き連れる「騎士」は未だ煙を上げる大石橋を振り返る。この敗北の傷を癒すには時が必要だ。
(……「魔術師」ヲ失ッタノハ、痛イナ)
ドゥビットの一団に中枢部隊が奇襲を受け、散り散りになった際護衛部隊と逃げを打ったのは見かけたが、追い回されれば長くは持たないだろう。魔術を扱えるほどの魔力を持った小鬼はそうそう生まれるものではない。
「ウグルルルルルルルルルル……」
呪詛に近い言葉が、「騎士」の口から洩れた。
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事は完全に上手くいくはずだった、多少押し返されたとしても最低限の目的は達している。最大の目的は達成できなかったが、次に繋げることは出来る……想定外だったのは、迎撃の戦力がほぼこっちを追ってきた事で、ほぼ単一にして最大の問題だ。
小鬼の魔術師が逃げながら考える。兎に角包囲されない様に逃げ続け、ある角を曲がった所で絶望を目の当たりにした。比較的狭い路地一杯に、機械弓を構えた一団が存在したのだ。
「放て!」
タイミングを合わせての一斉発射、魔術師が身を守ると同時に、大盾を手にした小鬼が躍り出る。手に持った盾で矢を防ごうとしたのだ、判断は正しかったが行動が一拍遅かった。
嵐のように襲い来る矢に撃たれ、小鬼はいともたやすく打ち倒される。
幸か不幸か、魔術師は矢の嵐からは守られた。すぐに踵を返し来た道をもどる、そこには……。
「ウラーーーーーーーーーーーーー!!」
自分たちを追いかけてきたドゥビット達が、今まさに集団の最後尾に食いつこうとしている姿があった。
ドゥビット達の大斧が、大槌が、小鬼達を次々と薙ぎ払っていく。
前後からの挟撃に、小鬼達の戦意は完全に崩壊した。
「グギッ!ギャギャッ!」
「ギャギャッ!」
兎に角逃げようとするもの、命乞いするもの、最期まで戦おうとするもの……混乱状態の中で小鬼の魔術師は瞑目する。まるで全てをあきらめたように見えるが……違う。
小鬼とて知恵を持ちその場にあるものを使いこなす事で生き残ってきた生物、その一点において……あらゆる状況と環境を味方につけるという一点に置いて、小鬼と知恵持つ者の間に差は驚くほど少ない。
小鬼の魔術師は考える、とにかく生き残る術を考える。
ふと、先ほど倒れた盾持ちの盾が目に入った、すぐさまその下に潜りこみ、呪文を詠唱する。
いや、詠唱なんて上品なモノではない……魔力を適当に放出し、適当に爆発させる。立っている者を吹き飛ばし、気絶させるには十分な爆発が、逃げ場もないほどの密度で起こった。
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唐突に起こった爆発に、彼女はとっさの判断で大盾を掲げる。直接的な被害を及ぼすような勢いは軽減されたが、魔力に当たった金属鎧が融解し始めていた。
「魔力腐食!?」
素早く金属の籠手、胸当てを外す。外されたそれは、地面に落ちた時の衝撃に負けて砕けた。
直後に巻き起こる、爆圧と爆風、炎を伴ったそれは、小鬼の工作兵が町中から運んでいた火薬が引火、爆発したものだった。
「きゃあっ!?」
物理的な衝撃に吹き飛ばされる、服に引火し肩口が燃え始める。咄嗟に服を引きちぎる。下着毎はがれた衣類が燃えながら風に飛ばされた。生じるのは羞恥と、それをはるかに上回る怒り。
彼女の目が、大盾に隠れていただろう魔術師が立ち上がるのを見つけた。
「ふっふっふ……逃がさねーわよ?」
ゆらり。そんな擬音が似合いそうな様子で彼女は立ち上がる。手には愛用の金床を打ち直した大槌。
「の、ノーリ、深追いはすんじゃねぇぞ?」
隣で小鬼達を吹っ飛ばしながら、少し青ざめた顔をしたドゥビットが彼女に声を掛ける。
「大丈夫、逃がさないから」
答えになってなかった。違うそうじゃないという間もあらばこそ……ドゥビットらしからぬ速さで、彼女は突撃を開始した
「ウゥゥゥゥゥラァァァァァァァァァァッ!!」
背こそ低いが、良質の、硬い筋肉に包まれたドゥビットの体は他種族が見た目から想像する以上の速度を与える。ドゥビット歩兵の突撃は間違いなく脅威と呼ばれるものの一つだ。
がっしりとした頑丈な体躯と、見た目に寄らぬ高速から生み出される破壊力が、小鬼の魔術師を大きく吹き飛ばした。背中への衝撃、間髪入れず壁に叩きつけられ、前後左右どころか上下の感覚まで消し飛ばされる。
くらくらとする頭をささえ、なんとか衝撃の原因を確認しようと顔を上げると……。
「ふっふっふ……追い詰めたわよ?
破れ、はだけた服はもはや服の体を成しておらず、乳房も腹も丸見えの状態で、それは両手で持った大槌を振り上げていた。
あぁ、もう助からない。魔術師がそう考えたのと、頭が潰されたのはほぼ同時だった。
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魔術師が打ち倒される頃には、ゴブリンたちの大半は打ち取られ、残りは既に逃げを打っていた。
それでも残党は諸所に隠れているため、マーケット各所で残党狩りが行われている。
「おー、あんちゃんにグルス君!生き残ってた?」
「おー、足は両方とも付いてるぜ?」
残党狩りの同じチームに選ばれたノーリとグルス、陣は担当地区に行くまで軽く自己紹介を済ませる。
「にしたって、ジン君とグルス君の武器、近くで見ると大分傷んでるねぇ」
「何だかんだ、ここまで交換無し、せいぜい刃を研いだくらいだからな……そろそろ交換、とも思っちゃ居るんだが」
グルスから槍斧を渡され、じっくりとそれを観察しながらノーリが言う。
「ヘッド部分の交換なら、アタシやろうか?」
バランスを見ながら軽く言ったその言葉に、グルスが向き直る。
「いいのか?」
「うん、たまには武器弄らないと感覚忘れるし」
返された槍斧を背負い直して改めて考える。
「じゃあ俺と、ジンの武器のメンテ、頼むな?」
「りょーかい、南街で工房借りて、そこでやろっか」
ともあれ、担当区域が近くなれば、雰囲気が変わる。
ノーリが前衛、グルスが遊撃、陣はサポートと事前に打ち合わせて置いた位置で隊列を組み、周辺を警戒しながらしらみつぶしに街中を調べていく。
響く風切り音に、ノーリが反応し陣を引き倒す。転げた陣の頭があった位置をボルトが飛んで行った。
「グルス君、左!」
「おう!」
射点に向けてグルスが走る、目に入ったのは軽量の皮鎧に身を包み、機械弓を構えた小鬼。
「
グルスに気づいた暗殺者が機械弓を投げ捨て、ダガーを構える。
突き出された刃がぬらぬらと光を反射していることに気づいて、グルスは体を捻って刃をよける。
「毒付きか……!」
「グギャッ!?」
内懐に潜り込まれれば槍斧は不利だ。無理に装備を引き抜かず、すぐ傍に落ちていたショートソードを拾う。
「おらっ!」
振り下ろした刃はダガーで受けられる、が、そこはもとより想定済み。そのまま力の差で押し切ろうとするが、意外な手練れなのか、なかなか押し切れない。
「なろ……っ」
「ギ……ッ!」
両手のダガーで剣を受け止めたまま、暗殺者は足元のドロをグルスに蹴り上げる。反射的に目を閉じ体制が崩れて力が緩む。
「ギギッ!」
「うわっ!?」
その隙を逃す暗殺者ではない、グルスの剣を弾きあげ、体当たりでバランスを崩させて転倒させる。
「ギャギャッ!」
すぐさまグルスに馬乗りになって両腕を押さえ、ダガーを振りかぶる。
次の瞬間、暗殺者は背後から飛んできた矢に胸を射抜かれて転落した。
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