鉄工街への旅
第16話 風追う旅人
大石橋……ルーナリア峡谷海をまたぐように架けられたこの巨大な石橋は、商路としての重要性はもとより、その造形の美しさから多くの旅人が訪れる場所となっている。南の都市連合から北の帝国へ、或いはその逆の道のりで、多くの人がこの石橋を渡り続ける。
その橋の入口には多くの人が屯し、定期的に市が開かれるようになった。北と南の宿場町で開かれる、大きな野外市場。南北どちらの国の法にも縛られない、商人たちの自由市。それが、いまここで行われている「ブリッジマーケット」だ。
南北どちらからも微妙な位置にある為、このあたりの支配権に関しては双方ともが暗黙の了解として放棄、ただし北は帝国が、南は連合が兵力を出して治安維持を行っている、いわば双方の腐れ士官の捨て所。故に治安はそれなりに悪い、と言ったところか。
「……でっけぇな」
「そりゃ、大陸屈指の大きさの橋だからな、海の上に橋掛けるとか計画した奴はよっぽど肝が据わってたか、何も考えてなかったかのどっちかだろうぜ」
多くの人が行き来する巨大な市、ここが橋の上だという事は言われなければ忘れてしまいそうだ。様々な露天が立ち並び、熱気すら感じるような人の密集具合は、陣に大規模な祭りや年末の同人誌即売会のニュースを思い起こさせた。人ごみの中をかき分けて進むうちに……
「って待てこらぁっ!」
突然、グルスが大声を上げて走り出す。
視線の先には小学校高学年くらいの年齢の子供、手には財布を握りしめている……グルスの
「ジン、追うぞ!」
二人がかりで追いかけるが、逃げる子供は想像以上に早い、陣はともかくグルスとはコンパスの幅もあるにも関わらず、僅かずつだがその距離は開いていく。
「やろっ……はえぇな……」
走りながらグルスは相手の速さに舌を巻く、背格好からてっきりヒュムネの子供かと思っていたが、子供ならこんな複雑に相手を撒こうとする動きはしないだろう、行動の質が違う。
「そこのフービット!待ちやがれ!」
「待てと言われて待つバカがいるかってんだバーカ!」
飛び掛かって捕まえようとしたグルスが失敗し、ハデな砂埃を立てて転げる。その様を横目で見ながら逃げるスリのフービットは、唐突に背筋を走った嫌な予感に足を止めた。
直後、彼の目の前に振り下ろされたのは巨大な鉄塊。鼻先数ミリを猛烈な勢いを伴って過ぎ去る武器の影に、フービットが冷や汗を垂らす。
「なになに?手癖の悪い小人ちゃんが悪さしたのかな?」
物陰から鉄塊を振り下ろした正体が現れる。件のフービットより少し身長は高く、体格は比較するまでも無く良い。
「げっ!
「だれが岩かーーーーー!?」
踵を返して逃げようとしたところをドゥビットに捕えられる。
「岩で悪けりゃ樽だ!」
「なっ!?女の子に樽ぅ~!?いーやがったわねドチビ!」
完全に足を止めてぎゃあぎゃあと言いあう二人の所に、グルスがおいつき、少し間を置いて陣もやってくる。
「とっ捕まえたぞ!チビ助!」
「んなっ!?」
「あら、えらい勢いで追っかけてたからもしかしてと思ってたけど……あんた、やっぱスリだったのね」
じたばた暴れて拘束を解こうともがいているが、そこは成人しても手足の短いフービットの哀しさ……ものの見事にグルスに持ち上げられたままだ。
「わりぃな、ドゥビットのお嬢さん、おかげで助かったぜ」
「いーっていーって、アタシもいわだんごだの樽だの言われたお礼はしたいし?」
「口調はほがらかだが目が笑ってないぞ……」
走り続けで息が切れていた陣がようやく息を整えた頃には……
「なにやってんだジン、こいつ詰め所に突き出しに行くぜ?」
すでに事は一区切りついていた。
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詰め所は橋の外側、入口近くにあり、商人の合資で集められた自警団が待機している。近いのが北側……という事で帝国の役人に合うのでは、と警戒していた陣とグルスは軽く胸をなでおろす。
グルスがスリに遭った時間や状況を説明している途中、外が急に騒がしくなる。続いて響くのは、悲鳴と、鳴き声。
「何事だ!?」
「
自警団の隊長らしき兜頭に、部下が報告に走る。
一部は駐留の帝国軍部隊に救援を求め、残りは手に武器を携えて外へと飛び出す。
「あんたら、武器は使えるだろう?手伝ってくれ!」
「了解だ!ジン、行くぞ!」
グルスと陣も外へと飛び出す、建物に入る時に預けていたハルバードを投げ渡される。
「まった!アタシも!」
投げ渡されるどころか、自警団員一人だと持ち上げる事も出来なかった大金槌を片手で担ぎ上げながら、ドゥビットの少女が着いてくる。
「ありがてぇ、助かるぜ嬢ちゃん、魔術は?」
「無理!」
「りょーかい、ジン、デカいのは……ってかお前さんはデカいのだけか、魔術は本当にヤバい時以外使うなよ?」
「補助は?」
「それはOKだ」
「あぁ、判った!」
目の前で地面に穴が開き、そこから犬頭の人型が這いだしてくる。
背の高さはドゥビット……小学校高学年の子供程度のものだが、隆々に盛り上がった腕と肩が、その力強さを表しているかのようだ。手にしているのは汚れ、錆び切った槍。下手に貫かれれば破傷風などの二次的なダメージが容易に予想される。
犬頭たちは穴から飛び出るとすぐに手近な相手に飛び掛かり、切りかかる。
相手がどの程度の脅威なのか考える頭は無い、犬頭達にとっては目に映る全てが脅威だ。
「ガァァァァアァァァァァァァッ!!」
吠え声をあげて手近な商人に襲い掛かり、その足に槍を突き刺して喉元に食らいつく。悲鳴が途切れ、体の痙攣が止まるまで喉に牙を突き立て続ける。
通りの向こうでは別の群れが鎧姿の自警団員を襲っている。個々の戦闘力では話にならない差が開いていても、それを埋めて余りあるのが数の力だ。犬頭達に埋もれるように引き倒された自警団員の断末魔が、短く響いた。
「このっ……!犬頭風情が!」
それなりに頑強な鋼の鎧を着こんだ帝国駐留部隊の指揮官が自身も剣を振りながら犬頭達を蹴散らしていく。奇襲を受け、状況は混乱しているが立て直しはすでに始まっている。ほどなく避難も終わり本格的に迎撃に移れる……そう考えているうちに、彼は背後から喉首を引き裂かれる。
犬頭とは違う、緑の肌に尖った耳、大きく裂けた口からは牙の様な歯が覗く。それは手にした短剣を内懐にしまうと、背中に背負っていたクロスボウを取り出し、その場を離れた。
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「っ……!こいつらっ!」
愛用の大鉄槌を振り回す、薙ぎ払われた犬頭達が悲鳴を上げ、それでも健気に挑んできた1匹は頭を叩き潰されて沈黙した。
彼女の背後から飛び掛かろうとした犬頭は、身動き取れない空中で陣の突き出した槍斧の穂先に串刺しにされる。
「助かったよ!あんちゃん!」
返り血を浴びていなければとても愛らしいと表現できただろう笑顔を浮かべて、彼女は次の獲物に襲い掛かる。
咄嗟に、という表現が一番正しいだろう。彼女は足元に転がっていた犬頭の死体を蹴り上げる。空中に持ち上がった死体に、矢が1本突き刺さる。
「皆!本命が来たよ!」
舌打ちする余裕も有らばこそ、「前哨戦」が終わった事を周りに大声で警告する。
犬頭達が開けた無数の穴から、緑の肌をした矮躯の異形が無数にはい出てくる。
「本隊がきた!
集まった商材や資材、年若い女性を狙ってのゴブリンの襲撃が、始まっていた。
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