第15話 旅の始まり

 アーティルガ帝国の西、巨大なアーティルガ大湿原の端に位置する名もなき鉱山から、彼女が旅立ったのが1年前。旅の友は二つ、愛用の鍛冶道具一式と使い古した金床を改造した大金槌。

「大槌振るいカネを打つ~、爆ぜる火花に浮くカタナ~♪」

調子はずれの歌でリズムを取りながら、テンポよくカンカンと熱した鉄を叩きなおす。

「大地の子等が作るのは~、星鉄重ねた大鎧~♪」

焼けた鋼を勢いよく水につっこみ、一気に冷やして持ち上げる。見事に打ち直された鍬頭が鉄挟に持ち上げられた。

「ほい、おっちゃん、一丁上がり!」

「ほー、こりゃ大したもんだ……若いのに良い腕してるな、嬢ちゃん」

「あぁ、女の、それも若い鍛冶氏なんて不安だったが……これなら大事に使えばまだまだもつぜ」

「へへ、恐れ入ったか~!?ま、師匠にはまだまだおっつけないけどね」

褒めちぎる農夫たちに答えてから、照れ臭そうに鼻の頭をこする。

「鉄工街までの途中だってのが残念だな」

「あぁ、このまま村に住んでくれると助かるんだが」

「あっはっは、ごめんね~、こーいう所で農具作るのも良いけど、やっぱドゥビットたるもの、自分の斧を打ちたいなってね」

小さい体に比して、筋肉質な長い腕は重さをものともせずに巨大な槌を持ち上げて見せる。

「ドゥビットは自分の武器を自分で作り出して一人前、だそうだからなぁ」

「確かにこの辺じゃ良い武器に使えそうな鉄はそう取れないか」

元々あまり期待していなかったため、ドゥビットの少女と農夫たちの会話は穏やかだ。

数日置いて、彼女は体格に比して大荷物と見える荷を背負うと、南へ向けて歩き出す。

手元の品を集めた小さなポーチの中には、彼女の大切な宝物。

かつて天から落ちた星……星鉄が澄んだ音を立てた。

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 アーティルガ帝国から遥か南方、陣達の目的地、鉄工街よりもさらに南にあるラームゼル大森林。

「ミューレイ……どうしても行くのね?」

森と平原の切れ目、そこに一組のエルンの男女が立っていた。一人は森側、もう一人は平原側に。

「あぁ……なに、一時さ」

「不安よ……」

「大丈夫だよ、ヒュム達に森の木を切りすぎないよう伝えるだけだ、100年もすれば戻って来られるさ」

森側に立つエルンの乙女が、名残を惜しむ様にミューレイと呼ばれた青年に抱き着いた

「……必ず、帰ってくるよ」

「うん……」

 見送りは、彼女ただ一人。彼は軽く手を振ると目的地……鉄工街に向けて歩き出した。

深い森の奥に集落をつくり、おおよその者はその中で生涯を終えるエルンが森の外に出てくるのは珍しい。

その理由は、鉄工街での需要の高まりにより森の木々がとてつもない速さで伐採されている事にある。

 エルンにとって森と言う存在は彼ら自身の生活にもかかわる重要な事、それゆえエルンの住む森は精霊魔術で厳格に守られるのが常なのだが……生活圏をより広くとったとしても、大森林はなお広かった。

だからこそ、生活圏にかからない範囲であれば、他種族が木を切り倒すのも黙認してきた。しかしここ数百年で木を切り倒すペースはあがり、いよいよエルンの生活圏に手をかけようかと言う所まで来ている。

だからこそ彼が伐採を抑えてもらうよう伝達する使者として立つことになったのだ。

 長い髪が揺れる、慣れない平原の風にミューレイは目を細めた。

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 鉄工街までの道のりは遠い、当座の目的地である大石橋までもそれなりの時間がかかる。

陣とグルス、男二人の旅路は昼間移動し、夜は陣の訓練をしながら野営。この辺りは宿があるような村は少なく、宿を借りられるような知り合いがいる訳ではない。必然やり取りは必要最小限のものとなり、訓練をしながらもそれなりの速度で歩を進める事が出来ていた。

「は~、じゃあ最近までドゥビットが居たのか」

「あぁ、若い嬢ちゃんだが、腕は良かったな……あれなら、自分の斧を作り出すのもそう遠くはないと思うぜ」

グルスと話しながら、マスターがパンにマスタードソースを塗りたくる。間に挟むのはこの辺りで獲れたホルン・ボア角笛猪のカツレツ

「あ、ホルン・ボアなら俺の分、クリームソースにしてくんね?」

「何言ってやがる、そーいう事は、俺のボアサンド一度食ってから言いやがれ」

余りとなっていた一欠けを突き出しながらいうマスターに従い、グルスはそれを口に放り込み……しっかりと飲み下した後、土下座していた。

「申し訳ありませんでした、マスタードソースここまで合うとは思わなかったぜ」

「ははは、そーだろう?」

「にしたって……この一瞬すげーぴりっとくるのは……?」

「あぁ、そりゃ火蜥蜴人参だな、小さく刻んだのを少し混ぜてある」

「なにぃ!?あれそーだったのか!?」

 グルスとマスターの料理談義を聞きながら、陣はこの世界に来てから自分が出くわした出来事の記録を書いていた。この世界、製紙技術がエルンから伝えられたらしく、植物繊維の紙が出回っている。

もしかしたら、これには忘備録以上の意味はないまま終わってしまうかもしれない、けれど、もし自分と同じように、自分と同じ世界からここにやってくる事になった奴がいたら……陣の経験を記したこの手記は、例え陣が居なくなったとしても役に立つものとなるだろう。

「しかしドゥビットか……出くわしたら、挨拶位はしておきたいな」

「その……ドゥビットってだけで、か?」

呟くグルスに、陣が問う。

「あぁ、ドゥビットは鍛冶の名手だからな、ドゥビットの下手が打った剣でも、ヒュムの熟練が打った位の出来になる、それが修行の旅をしながら……となれば気にもなるぜ」

「確かに……武器の新調は必要か」

武器はこの世界でも消耗品に過ぎず、手入れのみで使い続けられるのはそれこそ伝説の武器、などと言われる類のものとなるだろう。

 実際、グルスの槍斧は痛みが見られており、少なくともそう遠くないうちに斧頭の交換が必要になると二人共踏んでいる。武器を扱える鍛冶屋は大体がある程度以上の大きさの町にいる事が多いので必然この辺りでは修繕も新調も難しいと踏んでいただけに、この話は嬉しい誤算だった。

「んで、お前ら大石橋に向かうんだったな?」

「あぁ、目的地は鉄工街だけどな」

出来上がったサンドイッチを持ってきて二人の目の前に置くと、マスターは再度二人を値踏みするように……いや、値踏みする。

「あのあたりに獣人が多い事は知ってるだろうが……最近また市が立ち始めてな、安全圏を確保したいんだそうだ」

「あぁ……ま、荒事は俺ら向けの話ではあるわな」

「獣人?」

聞き返す陣にグルスが答える。

「ウェアビースト……まぁ色んな理由があるが、獣に変身するようになった人間や、元々人形に近いドッグヘッドなんかを指してるな。個々の強さはバラバラだが、たいてい群れで活動して、場合によっては村や町も襲う」

「で、それの退治なんかが依頼が出てる訳だ」

「そーいう事だ、まぁ向こう行った時にまだ続いてたら対応するぜ」

「よし、依頼料代わりじゃないが数日は持つ食糧分けてやるよ」

破顔一笑という感じでマスターが笑う。

翌日、陣とグルスはこの宿場町を後にする。

目的地、鉄工街までは、まだ遠い。

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