第14話 旅立つマレビトと世界

 その日、一つの町が地図上のみの存在となった。深い眠りの霧に閉ざされ、動くものが無くなったはずのそこから、一人の男が逃げ出した。

そこからもたらされた情報は、女神教の知るところとなる。

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 その闇の中で、陣は走っていた。走る先には銀髪を風に揺らす少女。陣は彼女に向けて必死に手を伸ばす。

彼女は、少しだけ困ったように微笑むと……闇に飲まれて、消えた。

「まって!!」

叫びが口を突く、開いた目の前には、焚き火が揺らめいていた。

「よ、気が付いたか」

「グルス……?っ……!今どこに……!?」

気絶していた、それに気づいて慌てて立ち上がろうとし、ふらふらと倒れ込むのを、グルスが支える。

「無理するな、動くのはしっかり立てるようになってからだ」

「エルは……?」

大丈夫、と自分でバランスを取って座り、改めて問いかける。

「……すまん」

「っ!」

あの状況で足止めに適した人物を上げるなら、エルを置いて他に無い。

頭のどこかで理解してしまい、理解したが故に体は動こうとする。

「まて、気持ちはわかるが……どうしようもないんだ!」

碌に動けないはずの体が動いただけでも驚きだが、やはり無謀な前進はグルスに止められる。

「けど!」

「俺達が戻った所でなにもできない!」

どう足掻いた所で、今のグルスと陣ではエルを助け出すことは出来ない。一発屋の魔術師と傭兵一人では相手がごろつきと変わりない私兵相手でも押しつぶされる。

「それに、エルに頼まれたからな。お前を鉄工街まで連れていくって」

「本当に、どうしようもないのか?」

「……今は、な」

二人そろって己の無力を理解する。足掻くにしても、力が足りない。

「まずは帝国の勢力圏から出る事だな、女神教の教えが濃く伝わるのも、大体帝国の勢力圏と一致する」

少し経ってから、グルスが適当な棒きれで簡単な地図を描き、今後の行程を説明する。

陣の知識では、少なくとも地球上でその形に当てはまる海岸線を持つ大陸は存在せず、ここが異世界だと改めて意識させられた。

「大体このあたり……ルーナリア峡谷海までが帝国の領土だ、俺たちのいる場所はこのあたり」

南北に伸びた海岸線が、一部大きく内陸に入り込んでいる。後数万年もすれば大陸を適当に二つに切り裂くであろう陸の切れ目。そこからそれなりに北に上った所を差してグルスが言う。

「まず俺たちはここ……大石橋をめざす、最終的な目的地はここだ」

そこから半円を描くような弧が伸びて、海岸線の終わりをとんと突き刺す。

「鉄工街……正確にはオルニール鉄鉱都市、ドゥビット達が鉱山を掘り、そこにできた鉱山街だ」

「伝手があるのか?」

陣の疑問ももっともではある、着いた所で生存の基盤から立て直すのでは時間のロスが大きい。

「いや、無い……だが、まぁ何とかなるだろ」

「根拠は?」

「そう思わなきゃやってられねぇ」

「……仕方ない、か」

同時に無いものはどうしようもない。

「まだ、望みも消えたわけじゃない……エルが大人しく処刑されてる処ってのは流石にちょっと想像つかないからな」

「そうなのか?」

「お前の前じゃ猫被ってたけど、あいつの本領はエレメンツとワードを掛け合わせた広域の魔術による行動阻害と、そっから始まる連携だ……今頃、軍団一つくらいは壊滅させてるかもな」

自分で考えて、あり得る……とでも思ったか、グルスが軽くかぶりをふる。

「で、まず当座の目標になる大石橋ってのは?」

「ルーナリア峡谷海を横断する、帝国最大の橋だな……正確には、元帝国領って処だが」

男二人、仕留めて置いたスカウトラビットの肉をあぶりながら今後の目的地に向けてルートを絞っていく。

道は長く、ゴールは見えない。……けれど、歩きださなければ、歩き続けなければ、未来はない。

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 教会の異端審問官に従う聖騎士、彼がその町の壊滅を報告したのはまさにその頃だった。

「直ぐに、調査隊を派遣し状況を確認しよう」

「はっ……しかし、エルムの呪いは並みの守護魔術では抑えきれないものとも聞きますが」

報告に走った男を休ませ、意識が戻ったら酒でも出し「労う」様にと侍従の青年に命じ、報告を受けた男の意識は思考に没する。街一つ分の収入の消滅、規模的に痛い所ではある。

「ヴェルデめ、欲でもかいて失敗したか……大人しく報告だけすればよいものを」

男、ロキウス・フォン・ハルメアは楽しくもなさそうに呟く。あの町が何らかの方法で使用不能になったという事は、単に税収が減るという問題だけでなく開拓の足掛かりがなくなり、全ての計画に大幅な修正が必要になった事にもつながる。

「何も封印の内部まで調べる必要はない、なんらかの異常を確認したら即座に帰還せよ」

「は、了解しました」

配下の聖騎士が部隊編成の為兵舎に戻る、それを確認してからロキウスは手元の水晶玉に手を伸ばした。

一言二言呪文を唱えると、水晶に光が灯り、風景が浮かぶ。そこに映るのは一人の老人。

『どうした、ハルメア卿……いい知らせとは言い難い顔をしているが?』

「申し訳ありません、大司教様……我が教区内にエルムがいるとの知らせがあり、討伐隊を派遣したのですが……」

『失敗したのだな?』

「言い訳のしようもありません」

映像の向こうで、大司教と呼ばれた男が軽くため息をつく。

「挙句エルムの反撃を許し、開拓町を一つ使用不能にしてしまったとか……」

『それはいい、こぼれた水は汲み直せばいいだけの事だ』

開拓町と言えば住んでいるのは平民とならず者……そんな場所が一つ潰れた所で痛くもかゆくもない、と言いたげな大司教に、ロキウスは唇を歪ませる。

「しかし我ら下賤の者としては街一つ分の税収が無くなるのは痛いのですよ」

『わかったわかった、貴様の今後半年の賦役は免除とする』

「は、ご寛大なる処遇、まことありがたく」

腹の内で罵倒を浴びせつつ、ロキウスは水晶に流す魔力を切る。通信が相手方に流れていない事を確認してから、ロキウスは水晶玉を想い切り床に叩きつけた。

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「エルムの呪い……か」

「どうした?」

エルや陣達を襲った武装神官……アーディンが従騎士達に混じって会話をしていた。

「いえ、先のエルムが街一つを呪い、そこに住む人々を全て邪神への生贄に捧げたとうわさを聞きまして」

「……そもそもさ、邪神なんて存在がいると思うか?」

不安そうな従騎士に、別の従騎士が声を掛ける。

「教会が光の女神の元設立したとされてから、予言はことごとく外れてきたんだぜ?」

「……お前の言葉、俺は聞かなかったことにしておこう」

ともすれば、所ではない。明確な教会の教えに対する不審に、アーディンは苦笑する。

「お前たちはまだ若い、信仰や、教義に不安を覚えたり不信を持ったりもするだろう……だが、信じろ。そうすれば女神の加護は我らの下にある」

それは、若者たちをたしなめている様にも聞こえ、彼自身を説得しているようにも聞こえた。

「……次の出撃が決まった、滞りなく準備を整えて置け」

「「了解しました、聖騎士アーディン!」」

撃てば響く返答、従騎士達が立ち去った方向を見ながら……アーディンは強く握っていた拳を緩めた。

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