第11話 魔女狩りの神官とマレビト

「本格的に人を集め出してるから、動き出しは早くとも数日って処だろう」

 エルの家の中で、陣とグルスとエル、三人そろって話をする。話題は町に来たという女神教の武装神官の事。

 このあたりの町や村で「森にすむエルムの魔女」と言えば大方エルの事を差す。目的がその排除、誰がやろうと言い出したのかは判らないが、判らないものへの恐怖は誰もが共通して持つもの。上手くそれを利用した、と言うべきか。

「女神教の異端審問官、武装神官の厄介さは半端じゃない。あいつらが出張ってくるとエルムが町から姿を消す、と言われるほどだ」

「クレメアのリースは……いや、あそこで働いてるエルムのコ達は?」

 エルと同時に陣が気になったのがリースの事、武装神官とやらがなんの為にどうするのかは判らないが、原理主義者みたいな連中が選ばれるのであれば碌な結果にはならないだろうと予想する。

「そっちは大丈夫だ、逃げ隠れが上手くなきゃエルムを雇う事はできやしないさ」

「で、どうするの?」

エルの言葉にグルスが改めて陣に向き直る。

「ジン、俺と訓練に入ってもらうが、いいな?多分、武装神官に追われれば、エルは殺される」

「あぁ、時間、無いんだろ?使えなきゃ、どんな武器でも棒きれと変わらない」

付け焼き刃でも無いよりはまし、少なくとも、一緒に来るだろう有象無象への牽制にはなる。

基本的な動きを覚える事も不可能な時間制限付きだから、グルスはいっそ割り切った事を教える事にする。

「いいか、この祭俺が教える動きは、振り下ろす、薙ぎ払う、突く、受けるの4つに絞る。本来ハルバードは、切る、突く、払う、掛ける、殴る・・・位の動きはできるんだが、動きが多すぎて混乱するのが付随する武器でもあるからな」

二人で表に出て、実際に構えを取ってみる。

「左手で斧頭の方を持って、右手は石突に近いほうを持つ、斧の刃は基本相手に向ける。右利きなら、左右逆になるだけだな」

 陣の手にするのは、可能な限りの軽量化が施された事が見える、いかにも初心者向けのもの、対してグルスは、それが本来の得物なのか、斧頭が陣の物より大きく重いものを構えて見せている。

「いいか、なにより大事なのは……その一撃で必ず相手を仕留める、最低限行動不能にすると思って全力でやる事だ、金属部分以外は結局木の棒だからな」

 一応守りの術もあるが、どちらかというと受け流す技術で熟練には訓練が必須だ、と続ける。

「それでも、包囲突破の時にはまぁ使えるはずだ、なにせ振り回すだけでも脅威だからな」

 互いに向き直り、構える。腰が引け、無様ともいえる陣に対してグルスは相手に対して半身になっており、きちんとした構えを取っていた。

「おいおい、それじゃあ……」

グルスが動いた……と思った瞬間、陣の左胸に刺先が付きつけられていた。

「あっさり、殺されるぜ?」

慌てて三歩後ろに下がり、グルスを真似て半身になり、刺先を向けるように構える。

第二撃、陣にも見える程度の速さで薙ぎ払われたそれを、陣は思わず柄舌を絡めて受ける。

直ぐにグルスが斧頭を反して、ピック部分を振り上げる。陣の顎先で死を招く棘が止まる。

「二度死んだな」

その後も慣れぬ道具にもたもたしているうちに、陣は頭を切り落とされ、足を斬られた後に顔を潰され、胸にハルバードを突き立てられて三度追加で「死んだ」

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 数時間も訓練すれば、動きは体が覚えてくる。もちろん使いこなせるには程遠い、使えると言えるかも怪しいだろう。しかし、多少無様でも振り回すこと位はできてきている。

「本来は防御も合わせてやるもんだが……無事で済んだら本格的に訓練するか?」

休憩中、エルの用意した昼食を食べながら言うグルスに対し、陣は喋る事も難しいほどグロッキーになっていた。

ランドゴン騎乗竜でも確保出来りゃ、逃げる分には楽なんだがなぁ」

スカウトラビットと同程度の大きさを誇る二足歩行の竜が居れば、騎馬突撃で包囲網を力づくでブチ抜くことも可能だ。ないものは仕方ないのでどうしようもないが。

今のうちに逃げられるだけ逃げたい……が、そうもいかない事はエルが知っていた。

 先刻から家の近くを一頭のヴェルヴが嗅ぎまわっている。群れの偵察……にしては様子がヘンだ、その行動に理性の様なものを感じさせる。恐らく使い魔だろう、とエルは推定した。

隠密行動に特化はしていないが、ある程度の滑空と近接戦闘能力を持つヴェルヴは、魔術師にとって有用な使い魔だ。逃げるにしても、あれをどうにかしなければ話にならない。そしてそれがどれだけ居るか判らない。まずい事に、周辺にヴェルヴの群れがうろついているため、使い魔が群れに紛れている可能性を否定できないからだ。

「どっちにしても、最悪薙ぎ払う」

とはエルの弁。

「それに……相手は予想以上に周到に用意していたみたい」

 窓をの外を見ながら、そう続ける。釣られて外を見たグルスと陣が見たものは……サーコートを身に纏ったフルプレートの男と、その後ろに続く男たちだった。

「いや早すぎだろ」

 もっと時間かけろよ、とグルスが軽く愚痴を漏らすが言ってどうなるものでもない。

 陣の方はエルにどうする?と視線で問いかける、それを受けてエルは家の外に向かった。慌てて追いかける男二人、エルを守る様に左右に立ち、武装神官とその取り巻きに相対する。

「エルムの女、お前が森の魔女と言われている者に相違ないな?」

「そういわれているのは、間違いない」

 傲慢、という言葉がいかにも似あう様な雰囲気が漂ってくる。自分たちが負けるわけが無い、自分たちはあの女を好きにしていい。神に認められた正当な権利だと既に心の内がこの後の凌辱と略奪に向いている男たちの下碑た表情。

「ジン、鎧は俺が相手する」

「判った、死ぬなよ」

 可能ならば殺したくはないと当然のように思うが、極力考えないようにする。殺さなければ、あの集団に自分が殺されるだろう。それだけではない、エルが……自分を真摯に助けてくれた女の子が犠牲となる。

許容できるか?と心の内で問いかける。自分自身の返答は「否」


ならばどうする?殺したなら殺人罪だ。

こんな異世界まで通じるほど、日本国憲法ってのは幅広く対応されるものか?

しかし人間として守るべきラインと言うものがある

当然だ、だから戦う。結果あの武装蜂起集団を皆殺しにする事になっても、人としての矜持を守り、エルを守る為に、手を血に染める。


脳裏で何かが抵抗する、殺したくないと悲鳴を上げる心は閉じ込める。

「異端審問官として、森の魔女、エルネット・アーセニックに裁決を下す。怪しげな魔術を操り、周辺住民を恐怖に陥れた罪、薄汚く、穢れたエルムであるという罪、いずれも度し難く救い難し」

淡々と、最初から決まっていた「判決」を読み上げる武装神官

「よって、聖光教会はここにエルネット・アーセニックを断罪するものとする!」

言葉が終わるか終わらぬかの内に、神官の後ろに居た男たちがエルを捉えようと駆け寄ってきて……

「薄汚い手で……エルに触るなぁぁぁぁっ!」

掴みかかろうとした男の腕を、陣の振り下ろした槍斧が切り落とした。

「な……ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

一瞬何が起こったか判らない、と地に落ちた自分の腕を見ていた男は、遅れてきた痛みに悲鳴を上げる。

すぐさま、グルスが悲鳴を上げる口ごと頭を貫いてその男を仕留め、戦旗を掲げるようにその躯を高く掲げる。

「次にこうなりてぇ奴ぁどいつだ!!」

それを見て、取り巻き達の得物を持つ力が恐怖で緩む。

戦いは今、始まった。

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