第9話 普通の村とマレビトと異端(2)
ぱたん……
リースの背後で扉が締められる。後ろ手に施錠して間違えて開くのを防ぎ、改めて彼女は陣に向き直る。
「えっと……その……」
「あ、えっと……すみません、急に押し込んじゃうような形で」
流石に陣とてそういう施設で個室がどういう風に利用されているかは知識がある。
目の前のお相手は奇麗な金髪をポニーテールにしている女の子、体のメリハリはあるとは言い難いが薄手の服の裾からのぞく、すらりとした腕足が陣にどこか魅力的なものを感じさせる。
「以前から言い寄ってくる貴族様が来てて……他の姉さん達があなたにあたしを付けるから……って」
「あぁ、なるほど」
接客中、となればそれなりに常識があるなら声をかけようがないという事か、と陣が納得のいく表情になる。
やや大きめのベッドに二人で腰かけて、相手にちらと視線を向け……たまたまタイミングが合い、視線が合ってしまったため、二人そろって大慌てでそっぽを向く。
「えっと……ごめん、名前、なんだっけ?」
「あ、リースです、リース・クライア」
「俺は、陣、よろしく、リース」
なんとなく手を差し出し、なんとなく握手。近くに寄った顔にどきどきする陣の目に、エルよりは小さいが、エルと同じく尖っている短い耳が見えた。
「あ、リース……その耳って……?」
はっとした様に、リースが耳を抑える。
「す、すみません……私、エルムで……もしエルムがお嫌いでしたら……」
「いや、そんな事無いよ、俺の知り合いにもエルムはいるから」
それを聞いて、リースがきょとんとした表情を浮かべる。彼女の常識からしたらエルムというのは忌み嫌われるもので、必要最低限の交流を持たざるを得ないとしても、たいていの人はそれを隠すものだ。
それほどに、帝国で……いや、この世界でエルムは忌み嫌われている。
それも主に両親がヒュムネ、エルンのみの場合、産まれた子供がエルムである事が稀にあり、これは特に忌仔として扱われ、多くの場合育てられることなく捨てられる。リースの両親は、孤児院の前に棄てていった辺りまだ良心があるほうなのだとか。
陣はそれを聞いて「ただの隔世遺伝じゃないか?それ」と思ってはいたが、黙っていた。正直この世界に遺伝と言う概念があるかは怪しいと踏んでいたし。下手に話すと遺伝子改良にまでつながる話でもあるからだ。正直知識を話したところでそれをどう使って、自滅しようとそれは使った側の責任、と思う処もないではないが、寝ざめは悪くなる。
「それに……エルムと親しくするって、たいていの人は異端扱いされるのを怖がって嫌がりますから」
「……あぁ、そういえば宗教もあるんだっけ」
小さく頷くリース、おそらく自分よりも年下の女の子が、こういう処で男を相手に春をひさぐ必要がある社会の原因と判断して、陣の中でその宗教に対する信用は疑問符が付く。正直どんなものか知らない、と言うのは自分の中で蓋をしたようだ。
「世界に魔王が現れる時、虹の勇者が聖剣を携えて現れる。魔王を倒し世界を平和に導いてくれる……その勇者を導く神こそが、光の女神リアラ、その光の女神を奉ずる、聖光教団っていうのがあるんです」
「うっさんくさ」
思わず声に出たのを聞いてリースが苦笑する。
「そう思いますよね、けど、人の多い所で批判しちゃダメですよ?教団員どころか信者の耳に入っただけでも異端扱いされて攻撃の対象にされますから」
リースが話を続ける、聖光教団は世界的に一番の大きさを誇る宗教で、帝国を始めとして複数の国家に渡る影響力を持っている事、女神教と呼ばれるそれを信仰している居ないに関わらず、教義に疑問を抱くものを異端として攻撃対象にする事、エルムを目の敵にしている事……。
人種差別というのはどんな世界でもあるものなのか、それともある程度の知性を持った生物は差別をせずにはいられないのか。陣はとりあえずその命題を頭から蹴り出しておく。何故なら、それよりも大事な事が目の前にあるのだ。先ほどから話しているリース、少し服が大きいのか、大きく開いた胸元から小ぶりながら形がいいと思われる北半球が特に覗き込まなくても見えるような状況になっており、ちょっと覗き込めば先端の……
「あ、あの……やっぱり、気になりますか?」
「え、あ、いやその……!?」
視線に気づき、少し頬を染めつつ胸元を微妙に隠しながら、リースが訪ねる。陣の方は自分のエロい視線がばれたと焦っている始末。そんな陣を見て、リースが口元を隠して笑う。
「もう、ジンさん。ここがそーいう事をするお店って忘れてませんか?胸やお尻に視線が来るなんて、しょっちゅうですよ?」
「そういや、そうだった……」
けど今の状況は緊急避難の様なもの、リースだって仕事とはいえこんな見た目の特徴も少なければ、話して面白くも無い男に抱かれたいとは思わないハズ、と陣は護心を始める。
「……興味、ありますか?」
意図的に、ただでさえ短いスカート部分がたくし上げられ、胸元をさらに開いて、谷間くらいは楽に見えるようにしてにじり寄ってくるリースに、陣の脳はあっさりと無条件降伏を決めた。
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明け方に近いころ、陣は抱きしめられる感触で目を覚ます。最初に目に飛び込んできたのは、一糸まとわぬリースの寝顔。一瞬驚くが、昨夜した事を思い出し一人頬を赤らめる。
白い肌が上気し、自分の腕の中で目の前の少女が悶える様を、陣はしっかりと覚えている。
「……」
体のつくりはヒュムネと変わらず、耳の形が少々違う程度。陣としてはヒュムネとエルムに差を見出すことが難しい、と正直思う。それと一緒にどの世界でも人は人な訳だな、とも心の隅で思ったりもする。
そして、裸の女の子を前にしてそんな事を考えるあたり、これが賢者タイムってやつか、と思いながらもう少し、と再度横になる。誰かと、裸のままでぬくもりを分け合って寝るってのは、いいもんだな‥…。そんな事を考えながら。
「ん……?」
「あ、ごめん……起こしちゃった?」
胸の中で、リースが身じろぎし、うっすらと目を開く。彼女は陣の顔を見ると、へへ、と笑みを浮かべて顔を隠すように、陣の体を抱きしめる。
「ジンさん、あったかいです」
すりすりと胸元にすり寄ってくる様は、陣に妹か、甘えたがりの子猫を連想させた。
「……素敵でした、次の機会があったら、また、いいですか?」
恥じらう様に、期待するように訪ねてくるリースの頭を撫でて、陣が頷く。
「勿論、リース可愛いからね」
「もぅ……あんまり、浮気しないでくださいね?」
身を寄せ合ったまま、触れるだけのキスをして……リースは優しく微笑んだ。
着衣を正し、二人が酒場に出て最初に見たものは……。
「よ、ジン」
「こ……のっ……!体力バカぁ……!」
やたらすっきりとした表情のグルスと、隣の席で腰砕けになっているルーナだった。
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「……すんすん」
「あ、あの……エル?」
エルの小屋に戻ってから、一晩待ちわびていたエルがすぐさま陣に抱き着き……匂いを嗅いで小首をかしげる。
「……グルス、ジンをどこに連れてったの?」
「どこって、クレメあ゛っ!?」
ごすん、といい音を立ててエルの杖がグルスの頭頂部に叩き込まれる。
「なんで、そーいう所に連れて行くの……!?」
「いやちょっとまて!?とりあえず八つ当たりする前に俺の話を聞けぇぇぇぇぇぇぇっ!?……ってあれ?」
追撃が無い事に異常を感じたグルスが、陣と一緒にエルの顔を覗き込むと……
「あそこっ……奇麗な人とか……っかわっ……いコ沢山だ……からっ……」
ぽろぽろと涙を流して、嗚咽をを堪えようとして……
「こん……っ……地味なコ……っ……ジン、わすれちゃ……!」
男二人、泣きじゃくる女の子を慰めるのに、半日を要したとだけ、最後に記しておく。
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