第8話 普通の村とマレビトと異端
魔狼の襲来から数日、陣はグルスと一緒に村の中心に着ていた。たまには男同士で飲もう、とグルスに引っ張って来られたからだが。
「まぁ、なんだ……落ち着かないだろ?エルに一日ぴったり引っ付かれてると」
実はその原因はエル。先日の魔狼の件というよりは、その前の村長の息子の襲来以来、エルは陣の傍にいつも居るようになった。それだけなら陣も悪い気はしない、で済む話だが。寝ている間や風呂場まで一緒に居たがる……となると話は違ってくる。
本人は不安と恐怖から陣の傍に居たいだけかもしれないが、陣の側が色々と辛抱たまらん状況になってしまう訳で、それを察したグルスが連れ出した、という訳だ。
「正直、辛いだろ?あの男心をくすぐるスタイルの美少女に一日中引っ付かれるのは」
「……いままで押し倒さなかったのはきっと奇跡の集大成だよ」
それは同意だ、とグルスが頷く。
「という訳でここに来たわけだが」
「……普通の酒場?宿屋?だよな」
村と言ってもそこそこ規模がある、半分町の様な場所。陣がここまで案内されてきただけで、日常の食品や雑貨の販売から武器防具、冒険のための消耗品など様々なモノが販売されていた。
「まぁその両方だな?と言っても、特に今のお前には救いになると思うぜ?まずは酒だ」
「いや酒って……?俺まだ17……!」
「15超えてるなら飲めるじゃないか。あ、さては今まで飲んでなかった口だな?丁度いいや、飲め飲め」
飲酒できるようになるのが15というのがここいらの常識らしい。
郷に入りては……という訳では無いが、少なくとも今いない場所の常識に縛られても仕方がない、と思い直す。
店の中はそろそろ夕方という点を差し引いても少し暗い。その為かもうテーブルにはろうそくが立てられ、壁にはいくつかの松明が灯っている。
店内はグルスと同じ傭兵や遺跡探索の冒険者パーティーがそれなりに屯しており、その間をウェイトレスが忙しそうに行き来していた。
いわいる平民の女性は「カートル」と呼ばれる貫頭衣を着ているのがほとんどだが、この店のウェイトレス達はその下半分、スカート部分を腿の中ほどより上に切り上げており、胸元も大きく開くように着崩したり、切り開いたりしている。
「いらっしゃい!……ってグルスじゃん?こっち来てたの?」
「あぁ、向こうでの仕事もひと段落したからな、骨休めさ」
注文を取りに来たらしいウェイトレスとグルスは顔なじみらしく、親しそうに話をしている。
「で、そっちの若い人は?」
「あぁ、最近知り合ったジンだ。こー見えて、それなり以上に優秀な魔術師になれるかも、って逸材だぜ?」
グルスが陣の肩をばんばんと叩きながら笑う。
それを見ていたウェイトレスは、改めて陣に向き直ると
「いらっしゃい、ファータ・ラ・クレメアにようこそ」
律儀な営業スマイルを浮かべ、それでなくとも短いスカートのすそを軽く持ち上げて一礼する。
ちらと見えた腰の部分に、下着らしき結び目は……なかった
ぐい、とグルスの耳を口元に寄せて、陣が問いかける。
「おいグルス……ここってまさか……」
「なんだよ、店の名前で想像つくだろ?“妖精のクリーム”なんて名前で、店員があの格好だぜ?」
簡潔過ぎて判らなかったらしい陣を見て、グルスが軽くため息をつく。
「ルーナ、こいつに説明してやってくれ」
「……やば、初心で無知シチュって良いかも……じゃなくて」
こほん、と咳ばらいを一つ。
「ここは、争いや長い緊張につかれた人たちに、可憐な妖精が一時の夢を与える場所……まぁ、酒場付きの娼館ね」
ばっさりいった。
速攻で回れ右して逃げようとした陣をグルスが捕まえる。灰金色の髪をした無駄にイケメンな偉丈夫はとてもイイ笑顔を浮かべつつ、獲物を逃がすつもりは欠片も無いようだ。
「おいおい、別段逃げる事でも恥ずかしがる事でもないだろ?」
「恥ずかしいし逃げるわ!」
「お前まさか……」
「あーそうだよ!けーけん無いよ悪いかちくしょーーーー!!?」
「いや悪くは無いけど……その、なんだ……ごめん」
周囲の女性店員の目に、一部火が付いた事に気が付いて、グルスは撤退準備に入る。
引き際を見誤らないことも傭兵の才能なのだ。
ともあれ、女性経験のない若い冒険者が、こういう店で経験を積む、というのはない事ではない。大体が同じパーティーや所属する傭兵団の先輩に連れられて、それなりに経験のある女性から手ほどきを受ける。
次に来た時は同年齢程の、経験も同じくらいな遊女を宛がわれ、そのまま馴染みになり身請けまでいく例も無いではない。
そう、基本的に陣の様な「年若い」「先輩に連れて来られた経験のない男」は最初に手慣れた遊女に相手をしてもらい、色々と教わるのが常なのだ。
そんな陣の所に来たのは……。
「は、はじめまして……ファータ・ラ・クレメアにようこそ……お話の相手をさせていただきます、リースです」
奇麗な長い金髪をポニーテールに束ねた、愛らしい少女だった。
「ってリース?なんであんた?」
「あ、ルーナ姉さん……私、こちらの男性の相手をしろと仰せつかっただけで……」
ちょっとちょっと……と素早く周囲を確認したルーナは……あぁ、と頭を抱える。
「あれ?ルーナ、リースって水揚げ終わったばかり、だよな?」
様子を見ていたグルスもきょとんとした感じだ。
「そーなんだけど……ごめん、えっと……ジン?君」
周りをはばかる様に陣に顔を寄せるルーナ、体が掠るように触れる感触に、陣の胸が高鳴る
「いますぐ、リースと部屋に入って?多分、皆事情は知ってるから」
「は、ひゃい?」
「リース、旦那様をお部屋にお通しして」
陣の意見は果たしてどこへ行ったのか、小柄なポニテ少女に連れていかれる陣の頭には疑問符が大量に浮かんでいたに違いない。
「おい、どーなってんだよ?」
陣が連れていかれるのを見ながら、グルスがルーナに問いかける。
いくらなんでもやや急ぎ過ぎだ、と思う程度には、強引だったからだ。
「しっ……入口の方見て、人だかりの中」
グルスといちゃついているように見せながら、ルーナが耳打ちする。
視線だけを動かして、その方を見る。果たしてそこに居たのは……
「ハルメアのとこのか……相変わらず横に伸びてるな」
そろそろ初老……と言っても差し支えない、大きく太った貴族らしき男と、その取り巻きが見える。
「ヴィデル村長の息子と言い……今日は俺厄日か?」
はぁ、とため息つきつつ、耳を澄ませる。
「……ではヴェルデよ、森の魔女の討伐は予定どうりに行ってよいのだな?」
「はい、魔女自体は居なくなりさえすればよいのでどうとでも……」
「ふふふ……
交わされる会話にグルスの目から感情が消える。もしも陣がこの会話を聞いていたら、下手すれば問答無用で斬りかかっていたかもしれない、そう考えるとルーナの差配も見事、という処か。
「しかしリースは……ふむ、おらんか」
「なんでしたら、呼びつけてしまいましても」
「ふむ、ではそのように……」
豚人であってももう少し脂肪を減らすよう心がけるだろう、と評される体を揺らして、男……ロキウス・フォン・ハルメアは手近な店員にリースを呼ぶように命じようとする。
「あら、貴族様?」
そこに声を掛ける遊女が一人、メリハリのある体つきに、高い身長、やや厚い唇が特徴的な女性だ。
「やせっぽちのフービットみたいなコより、私はいかがです?」
「ふむ、儂としてはリースは決して魅力的でないとは言えないが……おぬしは蠱惑的ですらあるな」
スタイルの良い美人に鼻の下を伸ばして、件の貴族殿はほいほいと付いていく。
そのまま部屋の中に太りすぎたからだが消えたのを確認して、グルスとルーナはようやく安堵のため息を吐いた。
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