第7話 魔獣とマレビトと魔女

 それは、あまりにも強大だった。

通常ならどんなに大きくても人間の腰程度の大きさを超えることは無いヴォルヴ、しかしごく稀に例外は存在する。それはまさにその例外イレギュラー。膨大過ぎる、濃密すぎるマナに適応した結果、魔獣と呼ばれる獣に変貌した。強大にして強力なバケモノ。

 陣の知る、本来の意味でのモンスター魔物

「森の中でヴェルヴの大型とか、シャレにならんぞ!?」

グルスが腰に佩いていたスピアを引き抜き、本来の長さに伸ばす。

そのグルスの背後をフォローするように、陣が立つ。

「判るか?」

「なんとなく」

 虎サイズの大型で、さらに巨大な翼まで生えているというのに、ヴェルヴはすんなりと木々の中に姿を隠した。その辺りは野生生物の面目躍如と言ったところか。グルスは雇われとして何度も戦ってきた経験で、陣は魔術を使ったソナーでその位置を把握しているが、なんとなくでしかない。

兎に角、速い。「あの魔獣はそうでなくても大型化した翼が邪魔になろうものだが」とグルスが周囲を警戒しながら呟く。

 がさり、と木が揺れて何かが飛び上がるような音が聞こえた、急激に翳る光に、二人そろって上を見上げる。

目に入ったのは、翼を広げ、こちらに突撃してくる魔狼。

ほぼ本能でグルスは右に、陣は左に回避する。直撃は避けたが分断されたとみるべきか。

「おぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

大声を上げ、魔狼の気を引きながらグルスがスピアを突き出す。全身の力を込めて突き出されたそれは、魔狼の体毛を貫いたが、皮膚を軽く裂いた結果に終わった。

一方の陣は攻撃のタイミングを計りきれずにいた、絶好の攻撃位置に魔狼が居る時は、大体においてその対角線上にグルスが居る。攻撃タイミングを逃すことが多すぎる。かといってあの魔術に巻き込む訳にいかないので、結果として小技主体での嫌がらせが主な行動となっていた。

 細かく攻撃のタイミングを外される魔狼と、それに相対する戦士。魔狼が配下を呼び寄せたとしても、後ろにいる魔術師モドキが即座に対応する。それに苛立つかのように、魔狼が吠えた。

ただの咆哮ではない、周囲の精霊の力を従え、力を引き出したそれは音の砲弾を相手に浴びせかける。魔狼が魔狼たる所以の一つ。

「ぐわっ!?」

直撃こそしなかったが、グルスが衝撃で吹き飛ばされ、木に叩きつけられる。

「グルス!」

追いかけるように陣が飛び出し、グルスの取り落とした槍を構える。突進してくる魔狼に穂先を向けると、その石突を足で踏んで固定する。

騎馬突撃に対する防御態勢の様な構えのそれは、グルスに追い打ちをかけようと突撃してきた魔狼の左前脚と左翼を貫いた。

魔狼の悲鳴が響き、一瞬の間も開けずにお返しとばかりに怒りの咆哮が陣の周辺に着弾の土煙を上げる。

ずるりと重たい何かが抜ける感触が陣の腕に伝わる。抜けられた、と思う間もなく、陣は魔術を展開、放つのは光の槍。陣のマナのイメージからくる、絶対の破壊の象徴。本人曰く粒子加速砲。

「照射!」

あてずっぽうに光を放ち、その光を維持したまま前方180度を薙ぎ払う。目の前が見えないが故の、めくら撃ち。果たして直撃の手ごたえは無かったが、巨大な何かが後ずさる音は確かに響いた。それとほぼ一緒に槍が引っこ抜かれる、後ろから飛び出したのはグルスだ。木に激突したのか、足でも滑らせたのか、魔狼は倒れ、起き上がろうと躍起になっている所だった。その目を狙って、グルスの槍が突き立てられる。

「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

今度こそ上がる魔狼の悲鳴と、それすらかき消さんばかりのグルスの雄たけび。暴れに暴れ、立ち上がるついでにグルスを振り払う魔狼が残った眼で見たものは……

「風は、汝を縛る鎖となる、荒れ狂う嵐の元、汝、苦しみの内に果てるべし」

杖を構え、詠唱を終えたエル。


 その小さな唇が紡ぐのは、ターゲット周辺の空気を麻痺ガスに変化させる魔術。

本来は対軍規模の非殺傷魔術として構成されるそれの密度を、どこまでもどこまでも上げていく。

効果範囲は狭まり、その密度は上がる。

 一群を包み込み、無力化する麻痺ガスが、たった一体を包み込むのがやっとな大きさに収束された時……その濃度、すなわち毒性はどんなものになるのか。

吠え声でまとわりつく霧を消し飛ばそうと大きく息を吸い込んだ魔狼がどうと倒れる。断末魔の痙攣は二度。

 ただのひと吸いで、心臓の動きまでもが麻痺した。遠からず低酸素状態になった脳が壊死し、本格的に死ぬだろう。その前に、既に虚ろな眼窩となった左目から頭を貫くように、グルスが槍を突き刺した。


「ふぃ~~~~」

気が抜けた、とばかりにグルスが腰を下ろす。

「タイミングばっちりだぜ、エル」

「グルスも、良い感じに押さえつけてくれてた」

グルスのように座り込んでこそいないものの、緊張が解けた様な雰囲気のエルがぱん、とグルスとハイタッチする。

「おまえも、見事なもんだぜ、ジン。あの魔術はなんだ?」

「……あれ、多分「光の槍ジャベリン」」

陣の代わりにエルが答える。

「……割とシャレにならない威力が出てたと思うんだが?」

「……ジンは抗魔力がバカみたいに高い、だから、魔術を使う時も出力がとんでもなく必要になる、そしてジン自身は魔術をまだまともに制御できないから……」

「魔術を放つと半暴走状態で全力ぶっぱになる……と」

グルスとエル、二人して沈黙する。

陣に下手に魔術を使わせると大惨事になりかねない。それが、今の二人の共通の認識。

「というか……」

森の中に新たに出来た広場を見ながら、グルスが呟く。

「制御させるより、使わせない、方が正しいかもな」

魔力切れでダウンしている陣を見ながら、思わず考え込んでしまう二人だった。

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