第6話 エルムと敵意と脅威

「……えっと…」

 存外にシリアスな空気が辺りを漂い……

「ごめん、えるむって……なんだ?」

エルとグルスの二人が盛大にコケた。

「……知恵持つ者の説明、するの忘れてた」

「あのノリからこのオチはねーだろ……エル……」

がっくり、という表現がまさにぴったりくるような体制で、エルとグルスがへし折れた空気をどーしてくれる、とばかりに陣を見やる。

「いやそんな風に見られたって……判らないもんは判らないぜ」

「だよね……ま、そんなに難しいものでもないから」

エルが説明のために口を開く。

この世界で最も多い「平原の民ヒュムネ

高い魔力と素早い身のこなしを旨とする「森の民エルン

背は小さいが屈強な肉体と、その体に見合わぬ腕を持った「洞窟の小人ドゥビット

体の大きさはヒュムネの子供ほどだが、鋭い身のこなしと器用な指先を併せ持つ「風の小人フービット

そして……

「ヒュムネとエルンの間に生まれた子供が「半人半精エルム」力はヒュムネに、魔術はエルンに劣る……そして……」

「時々、ヒュムネ同士、エルン同士の両親から、エルムが産まれる事がある……そういうのは……まぁ、概ね最悪の末路を辿るな」

エルが言いにくいであろう部分を、グルスが引き継ぐ。

なるほど、と陣が頭の中で情報を反芻する。言葉の響きから察するに、種族はそれぞれ、人間、エルフ、ドワーフ、ホビット……そしてエルのそれはハーフエルフ。

「なぁ、ジン……お前がエルをどんな風に見ていたかは判らないが、エルムだからって、エルを嫌わないでやってくれ」

真面目に、至極真面目にグルスが続ける。

「どんな事をされても誰も助けてくれない、話すら聞いてくれない……そんな年頃の女の子がどんな目に遭うかなんて、想像の一つも付くだろ?」

面白くも無い想像だけど、とだけ口に出して、陣は頷く。

エルはうつむいたまま、その表情は陰になり読み取れない。

「あの……」

兎に角何か言おう、と陣が口を開いた時。

「おい!混ざりもの、居ないのか!?」

響いてきた怒鳴り声に、3人は視線を向ける。グルスは露骨に警戒を露わにし、エルは、怯えた表情を浮かべている。

「……今のは?」

「ここら……ウィデル村長の息子だな、村長は事なかれ主義の毒にも薬にもならねー奴だが……あいつは阿呆だ」

茂みの影からグルスと陣が様子をうかがう、エルの小屋の前で喚いている小太りの青年が、件の息子なのだろう、周りにいるのは取り巻きか何かか。

「ひっ……!」

エルが小さく息をのみ、身をすくませる。

「……奴が、一番ひどくエルを嬲った……、俺が助けに入った時、エルは服をボロボロに引き裂かれて、殴られた跡もあった」

ぎり……とグルスが歯ぎしりする音が聞こえた。

「本人は、夜這いに行って、つい熱が入った……でごりおして、村の連中もそれを認めた。意味は分かるな?」

静かに、陣も頷く。

「つまり、二度目の機会を狙ってきた、と」

「もっと多いかもな」

エルの怯えようを見れば、どれだけ酷いことをされたのかは想像に難くない。

今はまだいいが、すぐに周辺を調べて、ここも見つかるだろう。痛めつけてこの場はどうにかしても、次は権力をかさに着て周囲を扇動して攻撃してくるに決まっている。

(……)

 脳裏によぎるのは先ほど首長兎を狩る時に考えた事。あの大きさの生き物を黒焦げに出来る熱量を持っている光なら、焼き尽くす、とまでは行かなくとも首を落とす、事位は可能なはずだ。

 声を出して周りに知らせるスキさえ与えなければいい、科学技術は発展していないだろうし「死体が見つからなければどうとでもなる」そんな事を考える自分に気づいて、陣は愕然とする。

「どうした?少し青ざめてるみたいだが……?」

「いや、なんでもない」

グルスの声に我に返り、恐ろしい考えを頭の外へ出す。いずれにせよ、荒事にならずに事が収まればそれに越したことは無いが、陣の知っているタイプの中で、あの手合いが物事を話し合いで解決した所を見たことが無い。

「言っちゃ悪いけど、話し合いで物事解決するタイプにも見えない。正直スカウトラビットの方が知性を感じるよ」

陣の率直な意見に、ちがいねぇ、とグルスが苦笑する。

「で、どうする?」

「黙らせる、に、関してグルスにちょいと頼みがあるんだが……」

「なんだ?」

少し考えて、陣が口を開く。

「小型の、他の動物の肉を食べる獣っているか?この辺」

いたとして少ないかな?と思いながらそう問う。そもそもあまり危険な場所ならばエルも住もうとは思わないはずだから。

「……ヴェルヴだな、群れで他の獣を襲う。大きさは俺らの腿くらいまでだが、スカウトラビットを食い殺す位には獰猛だ」

「それでいこう、そいつを何匹か、あいつらの後ろに誘導してくれないか?」

何をするか悟ったグルスが犬歯をむき出しにして笑う。

「よっし、ヴェルヴを自在に引っ張りまわすのは俺の好きな遊びの一つだぜ。一群れ引っ張ってきてやるから、みてろよ」

「じゃあ、準備出来たら遠吠えの真似でもなんでもしてくれ、俺が「後ろ」と言ったらそのヴェルヴってのをあいつらにけしかけて、すぐにその場を離れてくれ」

「了解だ、指揮官殿」

直ぐに行こうとするグルスに「そういえば」と陣が声を掛ける。

「ヴェルヴは確実に消し飛ばされるが、いいか?」

「あぁ、減ってくれるなら正直ありがたいぜ、大きい群れは家畜も襲うからな」

それだけ残して、グルスは森の中へと消えていく。

目を閉じて一度深呼吸、まだ怯えているエルの傍によって、しゃがみ込み、目を合わせる。

「いま、追い払ってくるから、まってて」

それだけ言うと、陣はどこまでも自然に……ちょっとそこいらに散歩にでも行くかのように、隠れていた茂みから音を立てて出た。

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 傍の茂みががさがさと鳴って、人間の影が出てきたことで、ヒュゲルと手下はそちらの方に向き直る事になった。そこに居たのは、漆黒の髪を持つ人間。

「さっきからぎゃあぎゃあと煩いのはお前たちか?」

「あ!?みねーツラだが、おめぇ余所者だな?なんでこんな所に余所者が居やがる!?」

「質問してるのは俺なんだが……まぁいい、ここの家主に世話になってる者だ」

 とうとつに高飛車に出て怒鳴り散らし、自分の優位を示そうとする姿に陣はさっそくうんざりした感じを覚えるが、人間も獣の一種だと我慢する。獣同士の威嚇は、戦いを回避するための手段でもあるのだ。

バレない様に、エレメントスペルを展開する、イメージするのは拡声器

「てめーの質問なんざ聞いてねぇ!余所者は失せろ!痛い目みたくなきゃな!!」

かさにかかって大声を上げ、腰に佩いている長剣をこれ見よがしに抜き放った所で……。

「喝っ!」

 全力の大声で相手の声をかき消してやる。村長の息子とやらは驚きの余り剣を取り落としながら耐えきったようだが、取り巻き2名はまともに顔色を変えてへたり込む。

「び、ビビるなてめーら!ただのこけおどしだ!」

 どちらかというと自分自身を鼓舞するように怒声を上げ、剣を取るのももどかしいと陣に殴りかかるヒュゲル。腕力だけにものを言わせたなってない殴り方だが、ヒュゲル自身はこうして殴りかかる事に絶対の自信を持っていた。こうやって殴りつけて黙らせればいい。どんな奴でも、それこそあの混ざりものの魔術師でも好きに出来た。

 己を信じ、力を信じて放った必殺の一撃の筈の拳は空を切り、あろうことか、ヒュゲルの体は持ち上げられ、そのまま放り投げられる。したたかに背を打ち、呼吸が一瞬止まる。

自分が地面に倒れている。それを理解するよりも早く、顔の横に足が落ちてきた。

「続けるか?終わるか?」

 殴りつけてくるやりかたがあまりにも雑で、思わず授業でならった背負い投げを披露したが……あってるよな?これ、と陣は頭の中で小首をかしげる。まぁ相手は地面に伸びているのだから問題ないが。我に返って起き上がろうとする村長の息子より早く、陣はその顔のすぐ隣に足を振り下ろす。これ以上ないほどわかりやすい程力の差を現したうえでの、降伏勧告。彼の様な人間には「屈辱」としか映らないだろう事。

「炎・爆ぜろ!」

 当然の結果として、返答代わりに襲ってきたのは魔術。エルのそれと比べればあまりにも弱く、小さく、悲しくなるほど低コストの攻撃。陣はそれを真っ向から受けて、傷一つ負わず、焦げ跡一つついていない。

いよいよヒュゲルの顔色も変わってくる。自分の隠し玉の中の隠し玉すら、目の前の余所者に焦げ目一つ付ける事は出来ない。それどころか、こちらを見下す眼すら変わることは無い。「終わりか?では死ね」そういわれている。少なくともヒュゲルはそう感じ、恐れはただでさえ雑な制御をさらに乱す。

 そこに、遠吠えが響いた。陣はそれを聞いて、テレビで見た狼の遠吠えを思い出す。ヒュゲル達の方はますます顔色を悪くし、周囲をきょろきょろと見回す、敵を目の前にしているとは思えない狼狽ぶりに、陣も少し訝しむ。

(ヴォルヴ……だったか?聞いた限りじゃ、せいぜい中型犬位の大きさの獣みたいだけど……)

タイミングよく、グルスが飛び出してきた、小屋を挟んで反対側の茂みから。

「ジン!やべぇ逃げろ!!」

「は?」

そのグルスを追うように……虎サイズの、翼を持った、巨大な牙を持つ狼が飛び出してきた

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