第11話 夏休みの大冒険-後編-
魔法使いで引きこもり?12巻の発売記念として
こちらは前後編の後編になります
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いつもの夏祭りに「屋台ごっこ」を追加した。腕に覚えのある家の主婦が食事を作り、それを外に置いたテーブル上で売るのだ。売るといってもお金は使わない。物々交換にする。通りから離れている家の者はテーブルを通りまで運ぶか、専用の台を使う。その手伝いにリュカもソロルも参加した。
その時に、ある家の子たちに邪魔されたのだ。
「くっせーんだよ、犬っころのくせして」
「しかも半分は人族の血だろ。そっちなんて、完全に人族じゃねぇかよ」
数人がかりで囲まれて怒鳴られる。リュカが持っていた箱を落とすと、慌ててソロルが前に立った。
「ほっ、本人がどうしようもできないことを言うのは、よ、良くないと思います!」
「はぁ? なんだコイツ」
「狼族に楯突こうってのかよ。はっ。これだから人族って奴はよぉ!」
「なーにが、賢い魔法使いのシウ様、だよ。そっちのチビも自慢ばっかりしやがって。うちのガキ共に自慢できて嬉しかったかよ。シュタイバーンに行っただと? 人族に媚びてんじゃねぇぞ。ああ、逆か。人族の女が媚びたから、お前のオヤジはコロッと騙されたんだな。犬っころはこれだから――」
「お、おとうを馬鹿にするなっ!」
その時のリュカは頭が真っ白で何も考えていなかった。ただがむしゃらに、体が勝手に動いて、気付けば自分よりも年上の子に頭突きしていた。「ぐぇ」という声が聞こえてきたけれど闇雲に手を振り回す。リュカ自身にも何かが当たるけれど、興奮していてそれどころではなかった。
「シウを馬鹿にするな、ソロルお兄ちゃんは頑張ってる! おかあも、おかあは何にも悪くない。お、おとうだって、おとうは!」
泣きながら叫ぶ。わんわん泣いた。とにかく暴れ回った。つもりだった。
けれども、リュカが思うほど暴れてはいなかった。リュカの体を包んでいたソロルが、抑え込んでいたからだ。
「だ、大丈夫、大丈夫だよ。リュカ、落ち着こう、な?」
「ふ、ふぇ、ソロルお兄ちゃん……」
「うん、大丈夫。落ち着いた。偉いなぁ、リュカは。ほら、シウ様を思い出そう」
「シウ? シ、シウ、怒るかな」
「怒らないよ。ニコニコしてると思うな。いつも優しくリュカを見てる。ね?」
「う、うん」
落ち着いたリュカを見て、ソロルは「もう大丈夫だよね、ちょっと待っててね」と言った。立ち上がり、尻餅を付いたままの少年たちに向かう。
「わ、悪気はなかったけど、自慢に聞こえたならすみません。俺は奴隷だったし、リュカ君のお父さんも騙されて奴隷に落とされていたから、ルシエラでは良い経験がなかった。聞かれても、答えられなかったんだ。シュタイーバンの話をしたのは、だから自慢じゃない。それとっ、シウ様が賢いのは本当だ。ミルト様やクラフト様と同じ学校で学んでいるのだから、賢くて当然だと思う。それは間違いない。あと、生まれについてどうしようもないっていうのは、さっきも言ったよね」
ソロルは毅然とした態度で狼獣人族の少年らに告げる。早口なのは緊張しているから。それが手を握られたままのリュカにも分かった。
「けど、俺は犬獣人族も狼獣人族も同じだと思っている」
「なんだとっ?」
「そして人族の俺も同じ」
「は?」
「同じ人間同士だよ。何故、差別するのか分からない。半分の血? それの何が悪いの?」
「悪いに決まってるだろ、犬っころなんぞ――」
「どうして? 俺はシウ様から『どうして自分たちの方が上だなんて言い切れるんだろう』と、聞いたことがある。シウ様はこうも言ったよ。『上も下も関係ない、ただ人と人とが付き合うだけだ。血ではなく個人で付き合うんだよ』って。だから、互いの得意なところを生かして協力し合って、楽しかったり面白かったり、切磋琢磨すればいい。俺はそう教わったんだ。誰にだって得意なことがある。小さくてもいい。やりたいことを頑張ればいいのだと。それでいいんじゃないのかな。どうして、どうしてわざと相手を痛めつけようとするの。それは、君たちが痛めつけられたから? 哀しい思いをしたからかな」
リュカはソロルに向けていた視線を少年たちに向けた。震えながら怒る一番年上の子、唇を噛む真ん中の子、泣きそうな顔で睨み付ける一番下の子がいる。その三人の後ろには、いつの間にかミルトとクラフトが立っていた。他にも数人の大人がいる。
「そういうの、止めよう? 自分がされて嫌だったことを人にしちゃダメだよ。それと」
ソロルがリュカを見下ろし、それからまた顔を上げた。
「さっきはリュカが叩いてごめんなさい。リュカも、謝ろう?」
「ぼ、僕……」
「リュカ、どんなに腹が立っても暴力はいけないんだ。言葉には言葉で返さなきゃいけないって――」
「シウが言ってた……」
「うん。自分の命や体を守るための暴力なら仕方ないけれど、相手を痛めつける暴力はいけない。そう教えてもらったよね。さっきのリュカはどうだった?」
「ダメだった。ちゃんと言う。……お兄ちゃん、手を握ってて」
小声で頼むとソロルは「もちろん」と笑顔で言って、強くリュカの手を握った。
リュカは大きく息を吸い、ゆっくりと頭を下げた。
「叩いてごめんなさい」
言い終わると顔を上げ、今度はキリッとした顔で続ける。
「だけど、嫌がることを言うのはいけないと思う。犬っころ、って言ったらダメだもん。僕を助けてくれたシウのことも悪く言わないで。それから、おかあは僕を生んでくれた人ですごく優しかったの。僕の服に犬の刺繍とかしてくれたんだって。僕のこと好きだったんだよ。僕も大好き。お、おとうは雪がいっぱいの中で、僕を守ってくれたんだ。すごいの。かっこいいんだよ。大好きなんだ。だから、大好きな人のこと悪く言うの、止めて」
ひくっと喉が鳴る。最後の方はしゃくり上げながらだったけれど、リュカはなんとか言いたいことが言えた。でも耐えきれずにソロルに抱き着く。ソロルはまた屈んでリュカを抱き締めてくれた。
「そうだよな、大好きな奴のこと、貶されたり悪く言われたりしたら誰だって嫌だよな」
ミルトの声だ。ざくざくと歩く音が聞こえてくる。リュカが顔を上げると、笑顔のミルトがいた。「よく頑張ったな」と声を掛けてくれる。それを見て、リュカはまた泣いた。
「おい、俺を見て泣くなよ。っと、後は頼むな、ソロル」
「は、はい」
「お前も頑張ったじゃん。クラフト、こっち頼むわ」
「いや、俺が叩きのめす」
「お前ねぇ」
「ミルトだとまずいだろ。なにしろお前こそ『犬獣人族』の血を引いているんだ」
「おう、そうだな。じゃあ任せた」
そう言うと、ミルトはリュカを抱き上げて歩き出した。
お祭りの開始時間まではまだある。だからそれまでに説明しようとミルトが言った。
お母さんたちの何人かが駆け付けて、泣いたリュカを心配している。彼女たちはリュカの顔を拭いながらミルトの話に相槌を打った。ミルトはさっきの少年たちの事情を教えてくれた。
「大事な家族が、違う集落にある犬獣人族の子と駆け落ちしちまってな。その後が分かったもんで、心が追いついてないんだ。ああ、こういう言い方だとリュカには分かんねぇか」
「そうだよ、ミルト様ったら」
「ミルト坊はまだまだだねぇ」
「ちぇ。……つまりな、生きてると信じていた家族が死んだって分かったんだ。で、自分たちが結婚を反対したから駆け落ちしたって事実を、どうしても認めたくなかったんだな。誰かのせいにしたかった。それを、まだ小さなあいつらに大人が言っちまったんだ。ガキは信じちゃうよな。まあ、上のは分かってて、怒りのはけ口をお前らにぶつけたんだろうけど。とにかく、お前らは巻き込まれただけだ。悪かったな」
笑顔なのに哀しそうな顔で言うミルトが、リュカにはとても可哀想に思えた。そっと手を伸ばして頬に触れる。少しざらりとしたミルトの頬を、リュカは父親にされたように優しく撫でた。ミルトがまた哀しそうに笑った。
「あの、あのね」
「おう、どうした」
「僕、おとうが死んだから、あの子たちの気持ち分かるよ」
「そうか」
「でも、シウがいたんだぁ。ソロルお兄ちゃんも。スサもいたよ。いっぱいいたの」
「そうだな。あいつらには、そういう奴がいなかった」
「ソロルお兄ちゃん、僕、そういうのをできるかなぁ」
「できなくても、頑張ってみようか。俺もやってみるから」
「うん。うん!」
リュカが何を決意したのか、ソロルはもちろんミルトも分かったようだった。それは、お母さんたちもだ。いつの間にか集まっていた長や大人たちも。
「あの家の問題を放置していたのは俺たちのせいでもある。一緒にやろう」
「俺たちも交ぜてくれ」
「あたしもだよ」
みんなが声を掛けてくれる。リュカは大きく頷いた。
それから、事情を知る人も知らない人も、とにかくほとんどの人がお祭りを楽しんだ。「あの家」の人もだ。彼等が楽しかったのかどうかはリュカにはよく分からない。けれど、ミルトやクラフトたちが無理矢理に連れ出して参加させたそうだ。
このお祭りは元々「弔い」の意味があるらしい。先祖の冥福を祈る、夏の大事な行事だ。
そんな狼獣人族の大事な祭りを、リュカは教わった。
次は犬獣人族の集落に伝わる祭りを教えてくれるそうだ。この里にも数は少ないけれど犬獣人族がいるという。彼等が「今度来た時にじっくり教えてあげるわ」と言ってくれた。
ソロルには「自由に出入りができる札」が渡された。人族でこれを持つ者はほぼいない。ミルトが「お前すごいな」と驚いていた。
そしてリュカは――。
「お前、じゃあ三つも良いとこ取りしてるってことじゃん。人族と犬獣人族と狼獣人族だろ。やっぱズルいじゃねぇか」
「えへへ。いいでしょ」
「おい、それは完全に自慢だろ」
「いいんだもん! おかあとおとうの子だってことなんだから」
「ふん! 俺は薬草を見付けるのが誰より早いんだからな!」
「すごいね! 目がいいの?」
「お、おう」
「どうやって探すの?」
「……まあ、教えてやってもいいけどよ」
喧嘩した一番下の子とだけは仲直りができた。上の子たちとはまだまだ話もできないけれど、それでもいい。何故ならリュカには機会がある。「またおいで」「絶対来いよ」と言ってくれる皆がいるからだ。
「ソロルお兄ちゃん、僕たち、森に行ってきてもいい?」
「待って、俺も一緒に行くから!」
「お前ドンくさなのに、ついてこれるのかよ」
小さな彼は、ソロルに「人族なのに」とは言わなかった。
「つ、ついていくから、ゆっくり走って。お願いします」
「しようがねーなー」
満更でもない様子で笑う少年に、リュカは、
「僕も遅いけど、いーい?」
と声を掛けた。少年は「おう」と笑顔で頭を撫でてくる。
「弟分ができたのはいいけど、二人も面倒見るのは大変だぜ」
「えぇー、待ってよ。リュカ君なら分かるけど俺まで弟分なの?」
「ソロルお兄ちゃん、森歩きの時いつも疲れるって言うからだよ~」
「お前ら楽しそうだよな」
ミルトやクラフトもやってきて、結局皆一緒に森で遊んだ。
リュカの楽しい夏休みはこうして過ぎたのだった。
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