第10話 夏休みの大冒険-前編-

魔法使いで引きこもり?12巻の発売記念として

こちらは前後編の前編になります



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 リュカがスサたちメイドの「一緒に夏休みを過ごしましょう」というお願いを振り切ったのは、ミルトが「俺らの里帰りに同行するか」と言ってくれたからだ。父親が「いつか獣人族の集落に行ってみたい」と話していたのをリュカはちゃんと覚えていた。そして、こんな機会はもうないかもしれないと思った。

 でも、実はそれだけではない。いろいろ学ぶうちに、このままブラード家にお世話になっていいのかと、子供ながらに不安を感じた。その気持ちはリュカ自身にも言葉にできないような小さなものだった。当然、皆にも上手く伝えられず、はっきりと言えた動機は「おとうの行きたかった場所に代わりに行きたいの」これだけだ。

 スサたちは驚き、笑顔で何度も何度も確認してきた。けれど、リュカはどうしても行ってみたかった。だから一生懸命お願いした。彼女たちが許してくれたのは、シウが「リュカが自分で決めたことなら」と後押ししたからだ。シウはいつもリュカの気持ちを優先してくれる。リュカはそんなシウが好きだった。


 あとでメイドの一人が「まだ小さいリュカ君を家庭教師に任せるだなんて、シウ様は少し冷たくありませんか?」と話しているのを聞いた。リュカが「そんなことないよ」と廊下に出ようとして思い止まったのは、スサが彼女に言い返したから。

「というより、冷静なんでしょう。シウ様はリュカ君の考えを尊重したいのだわ。相手が子供でも『対等に』と思っていらっしゃるのじゃないかしら。それは、甘えさせたい大人からすれば冷たいとも見えるわね。甘えたい子供にとっても。でも、わたしはリュカ君なら大丈夫だと思うのよ。そりゃあ、心配よ? だけど、彼の成長を見守ってあげたい気持ちもあるの」

 すると、シウを冷たいと言ったメイドも「そうね、言い過ぎたわ」と謝った。彼女がシウを普段から嫌いだと思っているのなら、リュカは怒ったかもしれない。けれど、そのメイドはシウにもらった飴をすごく喜んでいたし感謝もしていた。それをリュカにも分けてくれ「シウ様はすごいのよ」と褒めていたのだ。そして、リュカの面倒をよく見てくれていた。

 だから、リュカは誰も嫌になんて思わない。皆がそれぞれの形でリュカを思ってくれている。それが分かるから、我が儘を言ってでも獣人族の集落に行こうと決めた自分が少し嫌だった。言葉にすれば後ろめたいという気持ちになるのだろうか。けれど、リュカにはその言葉すら思い付かないほど幼かった。

 リュカは小さな体に大きな不安を抱いたまま、獣人族の集落へと旅立った。



 その不安は、集落に入った途端に霧散した。びっくりするぐらい皆が優しかったのだ。ミルトやクラフトが事前に「良い子だ」と言ってあったかららしい。リュカは驚き、そして嬉しくなった。

「あの、ミルト先生、ありがとう」

「なんだぁ、リュカ。照れてるな?」

「気にするなよ。ミルトが張り切ってるだけだ」

「クラフト先生もありがとう」

「ははは。俺にもか。お前は本当に良い子だな」

 よしよしと頭を撫でてくれる。二人はシーカー魔法学院の生徒だ。シーカー魔法学院が「とてもすごいところ」なのはリュカでも知っている。きっとシウと同じで賢いのだろう。それだけでも尊敬や憧れといった気持ちを抱くのは当然で、何より二人はリュカに様々なことを教えてくれる「いい獣人族」だから大好きだった。

 リュカは耳をピコピコさせて喜んだ。


 この獣人族の里への旅にはソロルという人族の青年も一緒だった。リュカにとって兄とも呼べる人だ。父親を亡くした時にも一緒にいて、ずっと面倒を見てくれた。

 けれど、獣人族の里の人にとっては「人族」だ。最初は、何人かの若い獣人族がソロルに嫌な視線を向けた。それがリュカには驚きだった。何故なら、その目はいつもリュカに向けられていたものだからだ。

「どうして? どうして、僕じゃなくてソロルお兄ちゃんを睨むの?」

 こっそりミルトに聞くと、苦笑いで理由を教えてくれる。

「ここじゃ、王都と逆だからだよ。王都には人族が多いだろ。特にラトリシアは差別が強い国だ。自分たちと違う姿なのを嫌がる。閉鎖的なんだな。それはここも同じだ。見たことのない格好をしていりゃ『なんだ?』って不思議に思う。その不思議さを、好奇心じゃなくて『怖い』って感じる方にいくと、差別になっちまうんだよ」

「怖いからなの?」

「そうさ。分からないんだ。分からなくて、怖い。でも怖いって言いたくない。恥ずかしいし、格好悪いって思うんだろ。だから『これは怖いんじゃない、こんな思いをするのは相手が悪いからだ、悪い奴は嫌いだ』になるのさ」

 ミルトの話は難しかった。けれど、自分と違う姿を嫌がる、というのはなんとなく理解できた。リュカもよく「あの子は違う」と言われたからだ。嫌なものを見る目で何度も言われた。その度に父親が守ってくれた。

 今、その父親はいない。リュカを守ってくれるのはシウで、ブラード家の人で、そしてソロルだった。

 普段、リュカを守ってくれるソロルがいじめられるかもしれない。リュカはこのままミルトに隠れていてもいいのだろうか。不安に思っていたら、ミルトが「長」という人に言ってくれた。

「長、ただいま帰りました。ていうか、人族を連れてくるって言ってあったんだから、もう少しなんとかしてくれよ。たった一人相手に情けないったらないぜ」

「まあまあ、虚勢を張っているのは若い奴等だけだ。許してやってくれ。お客人、すまんね。我が里は二人を歓迎するよ。さあさ、小さい子よ、こちらにおいで」

 隠れていたリュカを手招きする。リュカはクラフトを見上げた。彼がにこりと笑って背を軽く押す。リュカはそうっと、前に出た。

「よしよし、良い子だ。名前は言えるかね」

「ぼ、僕はリュカです。あっ、えっと、ファイクの子のリュカです」

 慌てて父親の名を告げる。リュカにも父親にも出身地や氏族はない。その場合は父親の名前を告げるのだとミルトから教わっていた。

 ちゃんと名乗れたリュカの頭をミルトとクラフトが交互に撫でる。それを見て、長は優しい顔で微笑んだ。それからリュカにも名乗ってくれる。更にソロルとも同じ名乗りの挨拶をした。これが終われば問題ないと最初にミルトが話していたので、リュカとソロルは顔を見合わせてホッとしたのだった。


 その後の歓迎会でも、和気藹々として楽しい一時を過ごした。最初は遠巻きにしていた子らもそのうち近付いて「王都の子?」「すごーい」と物珍しそうだった。興味津々といった様子だ。

 翌日もミルトの兄弟や従兄弟らが集まって王都の話をせがんでくる。ミルトやクラフトはそれぞれ報告があったり買い出し品を収めに行ったりでいなかった。だから、リュカとソロルは目を丸くして応対した。こんなに元気よく、しかも悪意のない態度でぐいぐい迫ってくる人をリュカは知らない。けれども、せっかく来てくれたのだ。一生懸命お話をした。

「えっと、えっとね、あのね」

 ソロルも助けてくれて、二人で王都の話をする。といっても、リュカはまだ子供で奴隷の子だったから王都を知っている方ではない。ソロルも元は奴隷に落とされていたから小さい頃のことしか覚えていなかった。

 それでもリュカはシウが何度も外に連れ出してくれたし、ソロルだってブラード家に来てから仕事という名目で「おでかけ」の経験はある。だからそれらを口にした。

「あのね、公園がすごく大きいの。入り口には屋台がいっぱいあるんだよ。ずーっと続く広くて綺麗な道が真ん中にあってね、端っこに黄色い葉っぱの木が植わってるんだ。あとね、小さな公園には、お絵かきするお爺さんがいるんだぁ」

 スサたちメイドと一緒に行くのは屋敷の近くの小さな公園だ。そこには近所に住んでいる「ご隠居」さんが絵を描きに来ている。リュカにも話し掛けてくれる良い人だ。

「へぇぇ、わざわざ木を植えてるのか。王都って面白いなぁ」

「絵を描く人がいるんだな~」

 リュカより少し大きな子たちがうんうんと頷く。もう少し大きな子はソロルに「食べ物屋ってどんなもの売ってるんだ」と聞いている。

「喫茶店のことかな、ええと、屋台?」

 どう違うのかと聞かれてソロルが一生懸命答える。リュカとソロルは以前、シウにシュタイーバンの王都ロワルに連れていってもらったことがある。その時にあちこちの飲食店に案内してもらった。屋台でも買い食いし、楽しかった思い出ばかりだ。

 だから「ラトリシアではないけれど」と前置きしてから説明している。

 それを聞いていた子が、何故ラトリシアの話じゃないのとリュカに聞く。

「えっとね、ルシエラは屋台が少ないの。冬はほとんど出ないんだよ」

「あー、そっか! 王都はスゲー寒いって言うもんな」

「うん、そうなの」

「俺、いつか屋台ってところで買い食いしたいんだ~」

「あの、あのね、すごく楽しいよ」

 こんな感じで売っているのだと身振り手振りで説明すれば、話し掛けてくれた子が目をキラキラさせる。いいないいなと言うから、リュカはふと思ったことを勇気を出して告げてみた。

「やってみる?」

「え?」

「あのね、お店を出すの」

「……えっ、どこに」

「ダメかなぁ。おうちの前に、えっと美味しいのを置いて、売るの。みんなやでやって、交代でお友達のところを順番に回るんだよ」

「……っ! お前スゲーな! 頭いい!」

 その子が叫ぶと、周りの子たちも一緒になって喜んだ。やろうやろうと楽しそうだ。リュカはドキドキしたけれど、受け入れてもらったような気がして嬉しかった。

 やがてソロルたちと話していた子も合流し、皆で今度やってみようと大きな話になった。


 といっても準備があるし、大人の許可も必要だ。ミルトに言われて、その段取りは彼等がしてくれることになった。それまでの間、リュカとソロルは里の中や周囲を案内してもらう。ここは狼獣人族の里なので魔獣はあまり近付かないというけれど、周辺には罠がある。気を付けるようにと何度も注意された。

 最初はこわごわ、やがて夢中になって案内してくれる子供たちの後を追った。夏になれば遊んでいい水場、子供だけでも行ける丘や登っていい木など、存分に遊び回る。

 里のお母さんたちには狼獣人族が好む料理の作り方を教わった。リュカ自身は犬獣人族だ。しかも半分は人族の血を引いている。けれど、父親が狼獣人族の血を半分引いているなら覚えておいて損はないと言われた。

「バッタ団子だよ。とっても美味しいからね。いいかい、これは体を作るのにも良いんだ。ちゃぁんと覚えておくんだよ」

「はい!」

「良い子じゃないか。あんたは人族の血を引いてるのかもしれないけどね、誇り高き我が狼族の血を引いた強い子さ。それを覚えておくんだよ」

 と、お母さんたちもリュカを可愛がってくれた。すごく小さな子たちと一緒に寝かしつけられもした。恥ずかしかったけれど、母親を思い出してちょっとだけ甘えたリュカだ。


 そのうち、ミルトやクラフトがいなくても子供たちだけで遊ぶようになった。ソロルもついてきた。ソロルは優しいので良い遊び相手として目を付けられたようだ。高い高いをせがまれ応じている。お母さんたちは元気いっぱいで遊び回る子供の面倒から解き放たれて「有り難い」とソロルに感謝していた。

 リュカも皆と一緒になって泥んこになった。バッタ探しも一緒にしたし、芋虫焼きも食べた。芋虫は初めてだったけれど、シウが「良いタンパク質になるんだよ」と話していたので嫌だとは思わなかった。嫌がったのはソロルだけだ。それでも食べたのだから、リュカはソロルを「すごいかっこいい!」と思った。

 リュカは森遊びの時は薬草を集めた。知っているものは少ないけれど、シウに教わって覚えたものばかりだ。持って帰ると、大人に褒められた。

「こりゃ、すごい。まだこんなに小さいのに薬草を見極められるのか」

「シウが教えてくれたんだよ」

 えへへと照れながら、シウの自慢をする。シウは自分やソロルを助けてくれて、賢くて、とてもすごいのだ。

「ほほう。そういや、ミルト坊も世話になったって話していたな。俺ぁ、ミルトやクラフトほど賢い子はいないと思ってたが、世の中は広いもんだぜ」

「あ、あの、ミルト先生とクラフト先生もすごいの。僕の先生なんだよ」

「そうかいそうかい。リュカは先生をちゃんと褒められて偉いなぁ」

 頭を撫でてくれる大人の獣人族に、リュカは頬を染めた。

 そんな風に楽しく過ごしていたけれど、もちろん全員が受け入れてくれたわけではない。

 最初に嫌な視線があった時からすればかなり減ったけれど、時々すれ違う時に睨む人がいるのだ。

 人族のソロルにだけではない。リュカにもだ。でもそれは慣れているから、リュカは気にしていなかった。いや、気にしないようにと我慢していた。

 それが爆発したのは、あるお祭りの日だった。

 リュカが発案した「屋台ごっこ」の日だ。


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