第7話 小さな庭にて
七巻の発売が決まりましたので記念として
結婚後のベルヘルトとエドラのシーンです(六巻)
**********
ベルヘルトとエドラの結婚式翌日、シウは片付けを手伝おうと彼等の屋敷に出向いた。
元々ささやかな結婚式の予定だったが、シウのクラスメイトたちによる飾り付けで装飾が派手になった。食器類は都度、浄化魔法で綺麗にしたが、装飾の取り外しまではできていない。
老人でもあるベルヘルトたちはきっと疲れただろう。シウとフェレスは静かに屋敷内へ入ろうとしたのだが――。
「ベルヘルト様、こちらがビオラです」
「おお、これがビオラですか。可愛い花ですな」
「ええ。先日贈ってくださった百合も素敵でした。大きなお花も嬉しゅうございますが、毎日贈ってくださらなくてもいいのですよ。この小さなお花たちも可愛いでしょう?」
「うむ。あ、いや、そのようです」
「まあ、ベルヘルト様。わたくしに敬語など……。昨日お願いしたではありませんか」
「う、うむ。そうだったな。しかしな。わしからもお願いしたはずだ」
「まあ……。ですが、わたくし、どうしても慣れなくて」
「その、おいおいでいいのだ。わしも、あなたに敬語を使わないことに慣れぬのだ。あなたの名を呼ぶのも少々気恥ずかしい」
「そんな。あなた様はわたくしの夫でございますのに」
「う、うむ。そうだった。そうなのだが」
ベルヘルトの肘にそっと触れていたエドラの指が、腕に添えられた。二人が顔を見合わせ、恥ずかしそうに微笑み合っている。
シウは見てはいけないものを見たような気になって、ドキドキしてしまった。
そうっと、知らぬ振りで玄関に向かう。老執事がすぐに中へ入れてくれた。
広間では先日入ったばかりの執事見習いや若いメイドたちが片付けを始めている。
「シウ殿、昨日はありがとうございました」
「いえ。ところで、もう片付けを始められてるんですね」
まだ朝早い時間だ。昨日の主役二人ももう起きて庭を歩いている。
「ええ。我々老人は朝が早いものでしてね。案の定、ベルヘルト様もエドラ様も早起きでいらっしゃって……」
そう言うと、老執事はとても嬉しそうに笑った。
「ですから、昨夜の片付けもそこそこに全員で早めに就寝しました。お二人のお世話をきちんとさせていただくためにもね。それにシウ殿が来てくださると仰ってくださったので」
当てにしております、と茶目っ気たっぷりの笑顔でウィンクする。
老執事だけでなく老メイドも体を揺すって笑った。新しく入ったばかりの執事見習いやメイド、そして護衛の騎士たちもこちらを見て笑顔で頭を下げる。彼等はすでにこの屋敷の暖かい雰囲気に染まったらしい。
「じゃあ、魔法を使って急ぎ片付けます。お二人の散策が終わるまでに」
エドラは、片付けで屋敷内がざわつくことを踏まえて、ベルヘルトを外に連れ出してくれたのだろう。それは働く者たちへの気遣いでもあったし、ベルヘルトのことを考えた末の行動だろうとシウは思った。
先ほどもベルヘルトに対して優しく話し掛けていた。あんな風に思いやれるエドラはとても素敵だ。だからこそ、この屋敷の人も笑顔で朝早くから頑張ろうと思える。
帰る時、そっと玄関から出ようとして、二人の姿を見かけた。
「まあ、魔法使いの方って本当にすごいのね」
「いやいや。わしなど、まだまだ。常に研究の毎日でな」
「ベルヘルト様は第一級宮廷魔術師でいらっしゃるのに、更に研鑽を積まれようとなされるのね」
「うむ。あ、いや、あまりおだててくださるな。……どうか、あなただけは、わしのことをダメなやつよと思って見ておくれ」
「それは、どうしてですの?」
「自惚れてあなたに呆れられるぐらいなら、一番悪い部分を知ってもらう方がいい」
「ベルヘルト様……」
「こんな男で、あなたはきっと後悔しただろうが」
「いいえ、いいえ。わたくし、あなた様の妻になれたことを神に感謝しとうございます」
「エドラ殿」
「どうぞ、エドラ、と」
聞くつもりはなかった。けれど、耳に入ってしまい、つい立ち止まってしまった。
しかし、この先はいけない。
シウは慌てて、しかし足音は消し、急いで屋敷を後にした。もちろんフェレスも忍び足だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます