第4話 遺言-前編-


三人称→三人称一視点→一人称混じり、という大変読みにくいお話です。

また、本編(現在第二部166話ぐらい?)ではまだ触れてない部分もあります。うっすらお気づきの方もいらっしゃるでしょうが、ネタバレと言えばネタバレになります。

そうしたものが気になる方はご覧になられませんよう、ご注意ください。

また、この話の主人公はヴァスタという「シウを育てた爺様」です。

シウはほとんど出てきません。ヴァスタの若い頃の話です。

独立したお話のように見えますが、本編第一部を読んでないと分からないという、大変ひどい構成になっておりますのでお気をつけください。

こんなに注意書きをしてまで、「よく投稿したな」というような内容ですが、それでもよろしければお茶請けにひとつw


前編・後編のうちの、前編です。



*****




 この世界では、転生者という言葉は特別扱いされていない。そもそも、転生者、という言い方をすることもあまりない。

 物語の中で強調する時にだけ、使う。ただそれだけのことだ。

 何故なら、サヴォネシア信仰では、「魂は浄化され次の世へ巡っていく」ものと教えられている。信仰心のない者でさえ当たり前のように理解でき、身に染み付いていた。

 生まれてから息をするのと同じように、魂に組み込まれていると言っても過言ではない。

 全く特別なことではなかったのだ。


 ただ、以前の記憶を持って生まれるということは、ほとんどない。

 魂の浄化は記憶をも消し去る。

 それもまた、当然の「ことわり」として知られていた。


 中には珍しく、記憶を持ったまま生まれ出る者もいる。

 しかし、サヴォネシア信仰ではあるがままを受け入れていた。

 だから前世の記憶を持って生まれるということを、畏れることはない。もちろん、恥じる必要もないのだ。


 つまり、この世界の者ならば「前世の記憶がある」ことを隠す必要はなかった。

 たまたま記憶を持って生まれた者は、それらを面白おかしく話したり、こんなことがあったのだと親に教えたりする。そして彼等は、記憶が遠い過去のものだとすぐ理解し、処理することができた。

 そう、仕組まれていると言っても良いだろう。

 あまりに当たり前すぎて、神官がわざわざ説法で語らないこともあるほどだ。






 ヴァスタが、妻リネの最期の言葉を聞いて以来ずっと疑問に感じていたことは、長い時を経て養い子を育てた時に判明した。


 リネは記憶持ちの転生者だったが、ただの転生者ではなかった。

 彼女は異世界からの転生者だったのだ。


 それは、養い子が、そうであるから分かったことだった。






 ヴァスタがリネと出会ったのは、冒険者としてなんとか生きていけるだろうと、自信を持ち始めた時のことだ。

 リネは不幸な生い立ちゆえに誰も信じることができず、孤独に生きていた。

 冒険者をやるような者には、多かれ少なかれそうしたところがあるから、ヴァスタも当初は気にしなかった。

 しかし、女だてらに冒険者をやるにしては、どこかちくはぐな存在であった。ようは彼女は冒険者ギルドでとても浮いていた。

 一人で行動するには極めて危険でもあった。若い女の一人行動など、襲ってくれと言っているようなものだ。

 ヴァスタが助ける必要はなかったが、孤児院育ちで弟妹の面倒を見る癖がついていたため、声を掛けた。ヴァスタにとっては、それだけのことだった。

 弟妹を見る目であったからか、リネはほとんど警戒らしい警戒を抱かずに、ヴァスタのことを信じた。

 ヴァスタに、他の男のような二心がなかったことを、本能的に悟っていたのかもしれない。

 とにかく、ヴァスタはただ親切を焼いただけ。他に何の考えもなかったのだ。


 まさか、それからずっと一緒に組むことになるとは思わなかったし、ましてや結婚するなどとは夢にも思わなかった。

 ヴァスタはそもそも結婚できるなどと想像したこともなかったのだ。



 それは実にありふれた話で、ヴァスタも他の冒険者仲間と同じ、孤独で不幸な生まれに付いた。

 父親が何者かに殺された後、母親は幼子をたった一人で育てることはできないと、人買いにヴァスタを売った。

 賢しい子供であったから、人買いの目を盗んで神殿に駆け込み保護を頼んだ。ヴァスタは幸運だったのだろう。そのまま攫われていく子供の話は、あちこちにあった。

 跡継ぎのいない農家の家や辺境の地の開拓民の子として、安い値で買われていくのだ。働き手はいくらでも求められていた。子供でもいい。彼等は半ば奴隷のように洗脳して育てられ、長じてからも考えることを放棄したまま、飼い殺しの農民として生きていく。

 途中で我に返って逃げ出した者などが、生きるために冒険者を選ぶことは多かった。

 なにしろ、他にやれることがない。

 満足に読み書きも教わらず、ただ毎日を生きるしかできなかったのだから。

 両親を殺されて孤児になり、スラムから抜け出すために冒険者を選んだ者もいる。

 孤児院で居心地が悪くて逃げ出した者や、貴族や役人、商人の子でさえも親に恵まれず逃げてきた者は多かった。

 そうした人間は、まっとうな職に就くことは困難だ。

 何も手にすることなく、ただ逃げてきたからだ。

 冒険者という職業は、彼等にとって最後の砦だった。

 受け皿として機能できたのも、世の中に危険な生き物「魔獣」が存在したからである。

 ヴァスタもまた、魔獣討伐を生業として生きていた。


 殺伐とした生活の中で、結婚に夢も希望も抱ける者など、ありはしない。

 毎日を生きる。それだけだ。

 それはヴァスタだけではなかった。皆が、同じ、毎日をただ生きていた。



 リネも、同じようなものだっただろう。ヴァスタの目から見ても、女という以外は他の冒険者と同じ。ただ毎日を生きるだけだ。


 リネはエルフの血を引く少女だった。

 両親は殺されており、幼い頃は逃げ惑う日々だったそうだ。

 冒険者として臨時のパーティーを組むと、そうしたことをポツポツとヴァスタに語った。

 ヴァスタと違ってリネは女だ。

 その苦労はヴァスタ以上だった。

 幼い頃は少年のフリをして、泥をすすりながら生きたようだ。

 育つと、女というのは体にメリハリがついてしまう。ハーフエルフという種族だから、かろうじて誤魔化せていたが、とうとうどうにも「男」と言い張れなくなっていた頃にヴァスタと出会った。

 彼女は賭けに出て、勝った。

 ヴァスタはリネを食い物にはしなかったし、襲うこともなかったからだ。




 臨時パーティーだったヴァスタ達は、いつの間にか本格的なパーティーとして登録していた。前衛から中衛ができるヴァスタと、魔法の得意なリネの組み合わせが、合っていた。

 ただ、ヴァスタは一箇所で落ち着いて、レベルを上げたいと思っていた。しかし、リネは色んな場所へ行きたがった。ひとつところに留まることを厭っているかのように。

 移動は大変だが、ヴァスタも冒険者の端くれだ。あちこちを旅するのは、冒険者として望むところでもある。もう少しレベルを上げてからと思っていたが、リネの希望を聞くことにした。


 旅をしながら、ギルドで依頼を受けて魔獣を討伐する。

 その繰り返しの中で、ヴァスタとリネは自然と結ばれた。

 リネは古風な女で、体を求めるのなら正式に結婚してほしいと言った。ヴァスタも、心の底では家族に憧れがあった。今なら、家族を持てるという自信もあった。

 だから、すぐに神殿へ駆け込んで、誓いを立てた。


 結婚してからも変わることはなかった。

 二人で旅をしながら、冒険を続けた。

 リネは結婚したからか、以前よりずっとヴァスタに心を許すようになった。

 安心して笑うことも増えた。

 たまに暗い顔をしていることもあったが、そうした時は「殺された両親を思い出していた」というので、ヴァスタは素直に信じていた。


 リネの作る料理が、ヴァスタの知るどれにも当たらないことも、不思議に思わなかった。

 エルフの血を引いているということは、親はエルフだろう。大昔、奴隷狩りにあったこともあるエルフは、総じて臆病だ。隠れ住んでいる者も多い。そんな田舎の暮らしで培われた「珍しい料理」なのだとしか考えなかった。


 リネが時折、寝言でヴァスタの知らない言葉を吐くのも、エルフだからだろうと――。


 ヴァスタは、妻となったリネのことを、本当には知らなかった。

 知ろうとしなかった。

 リネが苦しんでいることにも、彼女が死ぬ寸前まで気付かなかったのだ。



*****



 それは突然のことだった。

 ある深い森で、ヴァスタ達は囲まれた。

 魔獣のスタンピードかと思ったが、どこかおかしかった。だが、どこがと追求する暇はなかった。

 とにかく、逃げて逃げて――。

 リネだけでも助けようと、ヴァスタは必死に彼女を逃した。

 ヴァスタが生き延びれたのは、地中深く開いた小さな穴へ、偶然すっぽりと落ちたからだ。多年草でもあるリュウノヒゲが密集していたから、ヴァスタの足跡を隠してくれた。

 襲ってきた魔獣の群れは、勢いのまま進んでしまった。いずれどこかの村へ行き着くか、あるいは共食いしただろうが、深い深い地底へ落ちたヴァスタの知るところではなかった。


 リネがどうなったのか分からず、ヴァスタは死に物狂いで地上を目指した。

 緊急事態を想定して、いつも待ち合わせ場所を作っていたから、その時もそこへと急いだ。

 そして、見てしまった。

 おかしな装束の男を。

 男の耳は、尖っていた。

 ハーフエルフの丸みを帯びたリネの耳よりもずっと、エルフらしい耳。

 ヴァスタはその男をエルフだと思った。

 だが、違った。

 彼は、もう反撃する力もない血だらけのリネに向かって唾を吐きかけ、刃を振り落とそうとしていた。

「ハイエルフの血を穢す紛い物め!」

 その瞬間、ヴァスタは頭の中が真っ白になった。


 正気に戻った時には、ハイエルフと思われる男は死んでいた。

 ヴァスタ自身も怪我を負っていたが、ハイエルフの男は形が分からないほどだった。


 正気に戻れたのは、リネの言葉のおかげだ。

「お願い、お願い、ヴァスタさん、話を聞いて――」


 息も絶え絶えに、リネはヴァスタを呼んでいた。

 慌てて駆け寄ると、彼女は口元から血を流しながら、必死でヴァスタに語りかけた。

「追われて、いたの……。黙っていてごめんなさい。言えなくてごめんなさい」

「いいんだ、そんなこと、いいんだ。それより早く、ポーションを――」

「逃げる時に、使った、から……」

 それに、もういいのだと、慌てるヴァスタの手を握る。

 死にゆく人間とは思えないほどの強い力で。

 ヴァスタの頭の隅には、冷静にそれを感じるもう一人の自分がいた。

「ハイエルフは、異常なの……。少しの、混血も、許さない。怖くて、ころ、されたく、なくて、逃げていた。でも、もう、終わり」

「リネ、死ぬな、死なないでくれ」

「いいの。疲れて、いたの。この、世界は、怖い。魔獣なんて、どうして? わたし、殺したく、なかった。こんな、世界、夢だったら、良かった」

「リネ、リネ」

「……でも、ヴァスタさん。あなたに、出会えた、こと、良かった」

「俺もだ、だから――」

 死なないでほしいと願いながらも、ヴァスタには分かっていた。リネの命はもう残り少ない。

 何故、上級ポーションを用意していなかったのか。

 今の自分達なら用意できたはずだ。無理すれば買えたはずだった。

 ヴァスタは少し前の自分を呪った。

 でも、もう遅いのだ。

 ヴァスタは、自分の責任だと、思った。

「リネ、お前が死んだら、俺は――」

 どうすればいいのだと、身勝手なことを言いかけた。

 そんなヴァスタに対して、リネは力強く、返した。死に際とは思えないほどの、大きな声だった。

「ヴァスタさん! わたしの、最後のお願いを、聞いて」

「ああ、なんでも聞く、だから」

「絶対に、自ら死のうと、しないで。お願い。自殺したら、転生が、できないの。わたしのこと、おかしいと思う、でしょ。でも、お願い、信じて」

 自死が転生できないなど、聞いたことがない。サヴォネシア信仰では、魂は等しく、廻っていくものだ。精霊信仰でも、同じ――

「リネ? リネ、俺は……」

「お願い。命を、全うして。今度は、普通の、女の子として、会いたい。お互いの、親に、祝福され、結婚式、あげたいの」

「……俺と、もう一度、結婚してくれるのか?」

 ヴァスタの涙ながらの問いに、リネは笑顔で頷いた。

 そして、そのまま息を引き取った。


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