第26話 第二十五章
「ご主人様ぁ……あの、今日はヒマですよね」
まだ裸でいたらしい。着装する音が高く聞こえた。魔装を着けたのだ。
「息が出来なくなるまで喰われたいか」
窓辺に居た。
広場で争う冒険者。諦めて隅で持参した毛布に身を包む者の数が増えた。
どこででも生きていくのかと感心する。
「それも、いいですけど。うーん。どっちがいいかな」
本当に一日中喰ってやろうか。
振り返りレニアを睨むと、期待したように震えた。
「い、いいですよ。壊しても。お願いします。ご主人様が欲しくて」
広場に目を戻す。
代わりに広場を占めるのは喧騒を嫌ったのか、建築技師たち――魔法使いだ。
朝食を摂るのだろう。
いつ寝ているのかいつ建築しているのかまるで段取りが分からない。
「壊されたいのかお前は」
「ご主人様になら、はい」
「いつでも滅茶苦茶にしてやる。腹が減った」
「朝食でもどうでしょ。あの、昨日結構稼いだんで、表のお店で」
「早速錬金でも使ったか。……いいだろう。いつもなら朝食の時間だ。こんなに派手な酒場は知らない。見聞きしておくのもいいだろう」
冒険者としてこの宿舎を追われればどう生きるのか。興味はあった。
それに、この嘘吐きも――レニアも困ったことに悪気だけはないのだろう。
――給仕が極上の笑顔で朝食を運んでくる。
眠そうな顔だったのが金貨二枚で全員の顔色が変わった。
どうせなら、と一番派手な店を選んでいた。露出の多い服だった。
朝の光は天蓋で細く明るさを届けるだけで、雰囲気は常に夜のように思えた。
店の巨大さに圧倒される。
「ここは昼も営業しているのか?」
レニアに聞いた。
「お金に成る事ならなんでも。給仕さん大半は寝てると思うけどね。みんな森に行っちゃってますからね。でも稼げた人は二、三日通しで騒いだりしますよ。あのほら。怒るかもしれないけど、お姉さんと遊んだり、ね」
「そういう生き方を否定するつもりはない」
帝国でも同じだ。
運よく金を手に入れた時は――多くは略奪だが――歓楽街に入り浸る者も居た。
軍規も大勝の後は緩む。
あげく略奪ばかりを繰り返す将も後を絶たないわけだが。
こちらでは――森で稼いだ金で何をしようが構わない。勝手にすればいい。
木のテーブルがおよそ五十。
休憩中だろう魔法使いが黙々と朝食を平らげては出て行く。談笑する暇もないのだろうか。
「たぶん仮眠するんですよ」
頭を読んだわけではなく視線を読み取ったらしいレニアが言う。
「忙しいな」
「一軒でも余計に作れればそれだけ儲かりますからね。レニアも修業時代にやりました」
真面目にこんな――細部まで手の込んだ――ものを作ったことが有るとは思えない。
「いつ道を間違ったんだお前は」
「錬金術を選ぶでしょ? 人と同じものを作ってたら声がかからないでしょ?」
「そんなものか。わからない」
木のテーブルの周りに給仕が並ぶ。大男が混じっているのは恐らく用心棒だ。
事情はそれぞれだろう。得物を持たせると弱くなる者もいる。
あるいは、給仕に言い寄っている数人を見た限りでは華やかな場所と美女が好きなのか。
一皿食べ終わると肌も露わな給仕が先を争うように頼んでもいない料理を運んでくる。
テーブルに置いた金貨二枚と、最初に渡したチップが金貨だったのが効いていた。
――これ以上細かい金が無くてね。
おかしなことを言ったのだろう。
銅貨が普通なのだとは部屋に置いてあった本で読んだ。
およそ百枚で金貨一枚。
飲んでいるエールが一杯で銅貨一枚。銀貨は会議所が鑑定しない。事実上存在しない。
金貨を積んだせいか、食器が銀細工だった。
「エール、お代わりはいかがでしょう」
目の覚めるような美人が最高の笑顔を作って尋ねて来る。
「じゃあ頼む。今日三度目だな。これを」
金貨を渡す。
目の色を変えて喜んでいるからいいのだろう。
次は私、と気負っている誰かの念が流れ込んでくる。誰かではなく殆どだ。
「そういう滅茶苦茶をさせるために稼いだ金貨じゃないですからね」
レニアが口を尖らせる。
「ちょっと美人だとすぐこれなんだから。私にはかまってくれないのに」
とても心外だ。
「……部屋から叩き出したいと思っても我慢しているんだがな」
「最高のサービスを一晩自由に受けられるのが金貨一枚ですからね」
「魔法でも使ってくれるのか?」
無駄に何にでも詳しいレニア。
「出来ることは何でもってことです。三人くらいまとめて呼べます」
「金にはうるさいのか。錬金術師は」
「常識は覚えといてくださいってだけです」
「お前に常識を説かれるようになったか」
大袈裟に溜息を吐いて見せた。
「自分が常識ないのは知ってます!」
「そうでもない。魔法都市の何が俺に分ってるかも分からん」
口の中で溶けるような肉を味わう。
こんな何もないところでどうやって高級な材料を集め調理が出来るのかも分からない。
魔法で豚でも召喚しているのか。
あるいは厨房は覗いてはならないのかも知れない。
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