第25話 第二十四章

どうせ魔物になると決めたのだ。

 青の心臓ももうない。

「いいよ。幾らでも喰らってやる」

 夜明けまではまだ時間がある。

 自室に居た。

 既に興奮しているのか、レニアの裸身に赤い蝶が二つ、浮かびあがる。

 乳房の下に一つ。陰部に一つ。

 膝立ちでイートスを跨ぐようにしていた。

 身体を見せつけるように。

 突き出た胸。

 豊かな腰。

 こんな状況でなければ幾らかはその気に成ったのかも知れない。


 何であろうと喰らう。魔物で構わない。数日は冒険には出ない。レクシアの回復を待つ。

「目が怖いですよぉ」

「『誘惑』でもかけてくれ。これが嫌ならな」

 僅かにレニアが震えた。

「で、でも、これもいいかも」

 被虐的な目に成っていた。ふっ、ふっ、と息が荒くなっていく。

「お前はただ言われた通りにしていればいい。獣の声にだろうが従え。俺は食事をするだけだ。いいか。これだけはいつも意識しろ。お前が俺を魔物にしたんだ」

「はいっ。言う通りにしますっ」

 潤んだ目でイートスを見上げる。従う者の目だった。

「私が魔物にしました。食べて下さい。繰り返せ。それ以外言うな」

 そう言われて呼吸が荒くなっていた。

「わ、私が魔物にしました。食べて下さいっ」

 びくり、とレニアの背が快感に震える。

 上気した顔だった。

「お前は今日からエサだ」

「お、怒ってらっしゃいます?」

 怒らない理由がどこにあるというのか。

「余計な事は言うな。繰り返せ」

「はい。私が魔物にしました。食べて……下さい。なんか、おかしいよ。身体が熱いよ」

 胸の蝶が真っ赤に染まって見えた。

「よし。喰ってやる」

 胸を乱暴に揉んだ。既に硬くなった乳首が手のひらに触れる。

「あ……あっ、私が魔物に、しました。食べて下さいっ」

 勝手に自分の魔物が吠える。意識を保とうとしても無駄だ。

 赤く染まっていく視界にレニアの裸体が消えていく。

 胸だけで何度も痙攣する。悦びに満ちた顔。口を伝う唾液。

 輝くように見える深紅の蝶。

 弄ぶ左手のガントレット。

 伸縮し巻き付きレニアの身体を壊そうとする。

 およそ人の営みとは思えないシーンが蘇る。

 ぐったりと横たわり荒い呼吸をしているレニアが、うわ言のように言う。

「私が……魔物にっ。しました。どうか、食べて下さい……」

 その通りだ。

 快楽の名残なのか自分の身体が熱いのが忌々しい。

 また爆発を繰り返しては成長していく街を窓辺で見ていた。

「何が酒場娘が食べ放題だ」

 こんな化け物に慣れ親しむ者など魔物だけだろう。

 どんなに思いに駆られようと、レクシアに触れるべきではないと自己を戒める。

 もう触れられない所まで来ている。

 レクシアを壊したくなどない。

「ん……あ。あっ。あの、もう終わりですか?」

 まだ息が熱い。甘えるような声だった。

 涙さえ浮かべている。

 陶酔し切った顔だった。

「お前のような底なしとは違う」

 魔物でさえ満足し尽くしたのだ。

 食事は終わった。

 レクシアが苦しんでいる。その間に何をしているんだ。

「えへ。まだまだ私は大丈夫ですよ」

 イートスの背にしがみつく。

「良かったな」

「あと三日は大丈夫かなっ」

「……私が魔物にしました。だったよな」

「そうだけど……城に成りたかったみたいだったし……これからですよ? 本当に怖い森は」

 恩を感じろとでもいうのか?

「気を使ったあげく人を魔物にした、そう言いたそうだな」

 だって、とレニアが言い訳のように言う。

「光と闇じゃあ相性悪いとか思ってるんでしょ? でもそんな事はあの、魔法ではよくあることで……」

 見る間に酒家が出来上がる。

 夜明けを迎える前に幾つも気の早い馬車が煌びやかに森へと向かっていく。

 一攫千金というのではなく、これが生活なのだ。

「続けて見ろ。言い訳なら最後まで言え」

「だって! 滅茶苦茶機嫌悪そうだし」

「言いたい事は最後まで言って見ろ。簡単に機嫌が直るような事か。これが」

 期待を詰め込んだようにどの馬車も照明が眩しい。

「最強に、二人揃ったら最強に、レクシアさんは光で、ご主人様は闇で……」

「泣いているのか。悲劇がどうとかいうシナリオは直せるんだろうな」

「冗談だもん。あんなの」

「誰が信じるんだお前の言葉なんか」

 気が付けば光り輝く馬車に飛び乗りたくなっている。

 冒険者、か。

 こんな化け物でも受け入れてくれるだろうか。

 酒場で飲み交わしてくれるだろうか。

 この魔法都市で生きていけるだけの者に成っただろうか。

「あの、あのね。寿命が延びるだけじゃなくて、ちょっと若くなるんですよ。いつまでも、その、戦えるように」

「上出来な化け物だな」

 泣きたいのはこっちだ。

 無限の寿命を作り出したとでも言いたいのか。

 寿命などと言う制限は、これまで殺してきた魔物には感じなかった。

 人でなくなれば済むのか。

 城であること。

 この上もなく堅牢な城であること。

「信じてやる。今から真実だけを喋れ。俺は何年生きられる? 原理的には」

「無限」

「レクシアは?」

「無限」

 絶望した。

「お前の言うとおりに悲劇の二、三回は起きるだろうな。永遠は人には馴染まない。お前は何がしたかったんだ」

「女王様より強い人になるには寿命を延ばすしか方法がないことは明らかでしょ?」

「いつの日か最強になるっていう事か」

 そんな埒外の化け物がいつまでも生存を許されたりはしない。

「よく考えたな。そのうち世界の仇敵になるだけだよ。本物の化け物として。寿命はお前が考えるよりずっと短い」

 伝説にある魔王だ。レクシアは神にでも成るのだろうか。

 魔王を打ち倒せ。レクシア。

 英雄になれば百年くらいは生きていても化け物扱いはされないだろう。

 久しぶりに眩い光が宿舎を照らす。

 白んでいく広場で飲み過ぎた冒険者達が交渉している。

「無料の部屋はないのかよ!」

 ここまで響く。

 まだ間に合うから。狩りにでも行きなよ!

 どうやら耳は化け物のスペックを満たすようだ。

 出て行けとまくし立てる酒場女の声が聞こえる。

 あるいは。

「まさか、俺は考えが読めるのか?」

「あ、もう出来るようになりました? やった」

「……お前を鞭打ちにして苦しみでも食ってやろうか?」

 自分の痛みが食えるのならば。一生飢えることはないだろう。

 いつか打ち倒される日までは。

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