第22話 第二十二章

――焼けていく。羽根を再生したのも何度目かは分からない。

 自負はある。

 私はただのサキュバスではない。

 だが逃げようがないのだ。

 あらゆる箇所を予想して、ほんの少し先を読み切った攻撃だけが続く。

 下からの攻撃は全て読める。

 ただ激しいだけだ。

 たとえ一撃で身体が炭になる攻撃だろうと。

「いいかげん落ちろ!」

「金足りねえぞ!」

「俺は元々攻撃専門だ!」

 魔法使いが喚いている。

 震えはする。恐ろしくはある。

 建築専用の魔法使いなど一人も居ないのだ。

 誰もが機会さえ与えられれば本性を露わにする。

 魔法使いである事とは、無限の自由に晒されることだ。

 いや、自分を含めて魔であることとは、無限の自由を手に入れることだ。

 いずれにせよ、これ以上無様な姿を晒すわけにはいかない。

 都市中央の何物かが来ている以上は、これだけの攻撃施設が作られている以上は、捕まれば主の死を意味する。

 薬を盛られ白目を剥いているところに『尋問』でもかけられるのだろう。

 あるいは蟲でも寄生させられ快楽に泡を吹くのだろう。

 逃げる以外の手はない。

 生涯に一度のレベルの魔法を詠唱なしに起動する。

「『転送』」

 サキュバスはその場所から消えた。

 セフィがひっきりなしに、歩く代わりに起動する魔法だった。

「騒がしいわね」

 セフィが『感覚』で街のざわめきを聞いていた。

 『予感』があり『封鎖』を唱え『排除』さえ張り巡らせてていた。

 『施術』に一切の邪魔を入れるつもりは無い。

 『強化』した灯りで傷口を照らしている。

 すぐ傍に置いたナイフが冷たい光を放つ。

 筋肉質のレクシアは憧れるほどに美しい。

 だが、貫通した矢は絶え間ない『腐食』を出したかと思えば蟲さえ召喚し解毒を無効化し己のエネルギーをレクシアの血から得ていた。

 傷口は汚れている。汚されている。

 思いつく限り最悪のものだ。

 何よりも忌まわしいのは強力な『衰退』であり『流出』だ。

 無効化は詠唱してある。

 だが、多くを奪われていた。

 奪うのを許してしまった。

 血は流れ続け吸い尽くされ毒に変わる。

「しっかりして。セフィ」

 自分に言い聞かせる。

「高等魔術研究員なのよ? 音を上げる事だけは許さない」

 レクシアを、イートスさんを一生苦しめることだけは決して許さない。

「どうか……誰に願うと言うの?」

 今は自分しかいないのだ。

 数千の魔法が展開され続ける。

 一本の矢に仕掛けられた魔法、魔法陣がレクシアを襲っていた。

 それを切り離し無効化し新たな魔法をかけ続ける。

「これだけじゃだめ。失った力を取り戻さないと」

 魔法的には『封鎖』していなければ新しい街そのものが災厄で吹き飛ぶだろう。

 それだけの全力を振り絞っていた。

 相手が使ってきている魔法はまとめれば『浸食』のバリエーションだ。

 こんなものを使うエルフなど見た事も無い。

 魔力はともかく体力の限界が近い。

 休息だ。

『都市神に命ずる。我はセフィ。汝の上に立つものである! 絶対停止せよ!』

 全力で詠唱した。

 これでレクシアは悪化はしない。

 治療も進みはしない。

 全てが固定された。

 がくりと膝が折れる。

 椅子に身体を固定するように座った。

 どうしよう。

 頭を抱えていた。

 涙が零れる。

 床を見詰めたまま動けない。

 得意げに治してみせますとイートスさんに期待させたのは私だ。

 レクシアだって今は旧知の友人のように感じる。

「これが足りなかったのね。私には。庇護者を得て弱くなったのね」

 助けて。女王様。

 そう言えば笑われるだろう。

「私は気が付いたら最強になっていただけなのよ?」

 笑顔が思い浮かぶ。

 どれだけの力があれば。

 何の努力もなくその場所に辿り着けるのだろう。

 趣味で魔導書の稀覯本を諳んじ、危険だと言われる者とは積極的に出会い、ありとあらゆる禁を破り続ける女王。

 一秒も休まない生活。

 本人が努力だと言っていないだけで大変な努力なのだが。

 女王は絶対不可能と言われるレベル9に片手で触れるところにいる。

 また涙が滴った。

 私は真似をしていただけだ。

 追いかけていただけだ。

「どうしたの? 泣いたりなんかして」

 目の前に白銀の髪の女性が立っていた。

「女王様……」

「ルフィア。気持ち悪いのよ女王なんて。来月返上するわよこんなの」

「たかが……呪いの矢一本を崩せません!」

「そういうものよ。呪いは全部そう。汚くてごちゃごちゃしてるのよ。……レクシアさん? この子」

「はい」

「手順が違うわよ。バカね。こうやるの」

 手刀が一閃する。

 矢は折れていた。

 手早くルフィアは反対から矢を引き抜く。

「それじゃ、呪いが全部!」

 悲鳴を上げていた。

「だから? どうせ全部と戦うんでしょう? 刺したままじゃ相手から呪いを受信するだけよ」

「……え?」

「遠隔呪術。読めなかったのね。優しいわ。大きなものしか見えない」

「そんな……ここは隔離して……」

「あなたの力でね。ごめんなさい。弱いの。どうやって私がここに『転送』をかけられたと思うの?」

 純白のドレスが揺れる。

「面倒ねこの格好」

 するっとドレスが床に落ちていた。

「セフィ。学ぶことを恐れないで。見ることを恐れないで。自分より上を見なければ何も分からないのよ」

 流れるように指先が止血し、傷口で光を放つ。

「呪いには祝福。ダメージより上の祝福を。後は出来るでしょう? 付き合ってあげる。貴女に任せたと言う事は私は貴女の一挙一動にこの命を賭したのだから。貴女の失敗は私の死」

 レクシアの傷口に頬をつけるようにルフィアは白銀の髪を揺らした。

「わからなければ近づきなさい。ほら」

「……やってみます」

 セフィも頬をレクシアの胸に近づけた。

 確かな鼓動。

 同時に伝わって来る。

 ルフィア様は全てを解除したのだ。絶対停止も。

 鼓動が何よりの証拠だ。

「ほら。私を退屈させないで。責任は全部取るわ。確かに数日はかかる。でもその子は元通り以上に治せる。禁呪も何もかも制約は忘れなさい」

 ルフィアの声は優しい。

 セフィにも勇気が戻って来るように思えた。

「はい。……それまで眠りませんが……」

「そうじゃないと面白くないわ。私も目が冴えて仕方が無いのよ。戦争はほぼ終わり。指令室で何度寝そうになったか。退屈以外の何物でもなかったわ」

 木の椅子に下着だけで座って、ルフィアは背伸びするように手を伸ばした。

「まだ関わっていらっしゃったのですか?」

 思わずセフィは息を呑む。

 指揮官は解放されていたのではなかったか。

「そうね。でもあなたみたいな子がいたら放ってはおけない、いけないじゃない?」

 世界は世話が焼ける。

 だから楽しい。

 一度たりとも女王だなどと浮ついた――頭のおかしい話に喜んだことはない。

 ルフィアは思う。

 都市神がちょっとだけ頼むと泣き付いたから旅行だけ受けたのだ。

 ひとりひとりと向き合う以外に何の解決があると言うのか。

「幸いあれ」

 ふう、と溜息が続いた。

「は、はい」

「最初に都市神に言わされた言葉よ。彼女じゃなきゃぶっ殺してたわ。こんな無責任な言葉。兵の前で言えってバカなことまで言うから相手に言ってやれって言ったわよ」

「ふふっ」

 不謹慎だけどセフィも笑ってしまう。

「戦争は一つも面白くなかった。ゲームだと思ってる奴は前線に送ってやったわ。……治療しなさい。本来、魔法はそのためにあるんだから」

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