第23話 第二十三章
目覚めは突然だった。何かが頭の中で砕け散ったように感じた。
イートスは麻痺から覚めたような感覚を振り払いながら、ベッドから起き上がる。
まだ夜だ。
指先が痺れる。
「眠りの魔法の効果が切れたのか?」
関節をほぐしながら、考えていることは一つだった。
レクシアの容態はどうなのか。
せめて、報告だけでも聞いてはならないのか。
ふらつく身体で、気が付けば外に出ていた。あまり味わうことのない夜気は少し涼しい。
手すりに縋りながら階段を降りた。
もう、地下へ降りることしか考えていなかった。
地下のドアをノックする。
「イートスだ。レクシアの容態を聞いていいだろうか」
「どうぞ、ご自由にお入りください」
聞き慣れない声が高く響いた。
どこかで聞いた事が?
「ここの封鎖を弾いたついでに、『眠り』を飛ばしてしまったようですね。そう。以前女王としてお会いしました」
恐る恐るドアを開く。
「施術には影響しないようなら」
「魔法的影響はありません。魔人さん」
石の祭壇の上にレクシアの裸身が見えた。屈みこみ胸のあたりに触れているセフィ。
そして。
下着だけを身に付けた女王が石の椅子に座っていた。
以前は緊張して見落としていたが、エルフだ。
風格に相応しい美麗さと胸周りが目立った。
「拝謁の許可を頂き感謝の極みです」
屈みこみ礼をする。
「堅苦しいのはやめましょう。今は女王を演じている積りもないのよ。ルフィアと呼んで」
いや、待てよ。最初に会っている。
「そうよ。指令室にいたのは私。あなたの敵ね。優秀な方だから優遇せよとは言いました。間違っても捕虜の房になど入れないようにと」
当たり前のように頭を読まれる。
「それで、容体は安定してきたわ。あとはセフィさんと私がどれだけレクシアさんと向き合えるか。そこにかかっているわよ」
女王と呼ばれる者に直接処置をして貰えるのは――信じられないが――有り難い。
同時にあの戦場を統べていた者なのかという思いもあった。
総数四千。正確に補足された。
前線に二千。
陣形まで補足されていたように思う。
どうやっていたのかは分からないが壁面に光点の集まりとして描かれていた。
こちらは霧の中を相手の数も知らず彷徨っていたというのに。
「ああ、戦いなら収束するわ。何しろ要求通りに通行税を上げたから。争点がそこならば小事に拘る必要なんかないでしょう?」
穏やかに微笑む。
「もはや攻める意味さえ、ないということか」
「折を見て通行税は引き下げさせてもいいし、このままでも困らない。簡単よ。液体燃料の値段を一時的に上げるだけ。必需品の価格まで上がればいずれ暴動が起きるでしょう? あの人たちは全滅するまで兵を投入する積りだったらしいから一時休戦」
つくづく、無駄だった。所領を得た者の無知と思い上がりで起きただけの戦いだった。
「貴方の事は買っているの。内通者として扱うつもりはない。いまセフィが必死に治しているのを見ても分かるけれど、山に籠った困りものがいるようね。話をつけるか片づけるかはお任せするわ。レクシアさんとセフィ、レニア。人数は足りるかしら」
「……相手は大人数ではないと思う」
「貴方がそう言うのなら信じるわ」
全員が魔物でもない限り、兵站は集落から奪った食料程度だ。
だが一時的なものだ。
周辺に大規模な集落は殆どない。
盗賊のように村から村へと収奪を繰り返していけば大人数も養えるが。
山に籠っていたのではそんな生活は出来ない。
森自体は食料調達には向いていない。
食料を以前に蓄えていたのでなければ、保存の効くものを除けば平時は森から食料を得ていたはずだ。
養えて精々が十人以下だろう。
そうであれば臆するほどの差ではない。
セフィが、レクシアが復帰すれば戦い方の問題だけだ。
呪いを使いこなし蟲を使いこなすが、逆に言えば人数を頼んだ攻撃など一度も受けていない。
「いつまでに排除すれば?」
「お任せよ。貴方にとって邪魔であればいつでもどうぞ」
レクシアに加えれられた一撃への復讐心はあったが、冷静に成らなければならない。
「あー飲んだ飲んだ」
ドアが蹴りでもしたかのように開いた。
「あれ? 女王様っ」
レニアが直立不動に変わった。
「ただいま戻りましたっ」
何の礼だその恰好は。
イートスは突っ込みたくなったが放置した。
帝国式敬礼をしてどうする。
酔ってるな。
「相変わらずね。ここの酒場はどう? 資金は援助しているの。会議所が貸し付けたいって聞かなくて」
「ええとっ。いい人ばっかりで、お酒もおいしいし、」
「『酔い覚まし』、いるかしら」
「大丈夫ですっ。料理も美味しいし、店員も一流でした。繁盛すると思います」
「そう。好きなだけそこで固まっていなさいね。もう一つ聞きたいことがあるの。いつに成ったら青の心臓は完成するの? 並みの錬金術師でも、もう仕上げてるはずよ?」
「九割出来てますっ」
「余計な細工が残りの一割なのね。性欲は残したい、緊急時の生命維持以外の機能は切りたい、隠しスイッチを入れたい、生命力の爆発的増大を実験してみたい、性器のサイズを変えてみたい、感覚を三千倍にして味わってみたい、ああもうらめえとか言って見たい、快楽堕ち? してみたい、泡を吹いてみたい、量産して大儲けしたい、このサイズの魔晶なんか買えるのあなた、まだあるわね、」
「か、考えてません!」
「考えてるわよ? 貴女の頭にはそう書いてある。いいから今の状態で渡して。仕上げは私がするから。時間は三日はあるはずよ」
「まさか、治療にずっと付き合ってくれるのか?」
イートスは思わず念押しするように聞いていた。
「当然よ? セフィばかり困らせておくわけにはいかないわ。貴方に協力しろとセフィに言った以上、私はここにいるべきでしょう?」
「ならば提案がある。青の心臓は、使えるのならばレクシアに使ってくれ。自分の寿命など、どうでもいい」
「名案ではあるわね。いいの? それで」
試すようにルフィアが見詰める。
「俺は魔物で構わない。食らえというのならば汚辱でも喰らう」
毎夜怪物となろうが、そんなことに拘っている場合ではない。
ほんの少しでもレクシアの治療の可能性が増えればいい。
何かに願えるのならば。都市神だかに祈ればいいのなら祈っただろう。
それ以外に望みなどない。
城に成る。自分の言葉を噛み締めた。
「見込んだ通りの人ね。いつか魔法都市の中央にも遊びに来て下さいね。では治療方針に青の心臓を加えますね」
「あ、じゃあご主人様は私と毎日、」
「今言う事か?」
いつの間にかレニアの直立不動が解けていた。
手を繋いでどうする。
だが、何でも喰う。汚辱でも喰う。
そう言ったばかりだった。
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