第21話 第二十一章

――気がついたらレニアは、目を輝かせる冒険者の真っただ中に居た。

 喧騒を逃れて田舎に来たわけではない。

 懐かしく騒々しい。

 注目されるのも堪らない。

 真新しいレンガに囲まれた巨大な部屋に声が反響する。

 全体が酒場の一階だった。

 見上げるとさすがに魔法使いに金貨を積んだらしく、まるで石の尖塔のように天井は上へ上へと伸びていた。

 思わず、うはぁと声が出そうになる。

 上層の構造は全て石造り。

 金で飾られている。

 ずらっと並ぶ磨かれた木のテーブルも高級感がある。

 酒場には付き物の宿泊施設は二階にぐるりと円形に並んでいた。

 どうやらここはモチーフが回転と螺旋だな。

 そうレニアは思う。

 いかがわしいことだってあの綺麗な部屋で自由自在なんだろうな。

 時々火酒のお代わりを怒鳴る以外は、すっかり酔客はこのテーブルに集まってしまっていた。

 退屈そうな酒場の子が睨んでいる。

 ごめんね。

 でも人だかりの真ん中にいるのは気分がいい。

「だからぁ」

 テーブルの上にぺたりと座ってレニアは続ける。

「金貨置いてくれないと地図は書いてあげないっ。タダなのはゴブリンのとこまでね。いいでしょ? それだって」

「まあ飲んでくれよ、な、錬金の姉ちゃん」

「レニア! はい。じゃ書いたげる」

 書く、のではなく空中からあらかじめ書いた紙を引っ張り出して渡す。

 ゴブリンの湧く広場三つ目までを描いてある。

「肉食べたいなー」

 わざと左斜め上くらいを眺める。

「いいぞいいぞ俺が注文する」

「へへぇ。いい人だねオジサン。ちょっとサービス。脚揉んでいいよ」

 片足を前へ伸ばす。

「はいこれ地図ね」

 と空中を飛ばす。

 酔客の手に収まった。

 ヒゲが脚に押し付けられる。

「あー。道中長かった。んー」

 なんか顔をくっつけて味わってる。

 触ってもいいとは言ったけども。

「変態。ま、いいけど」

 誰もが地図を貰ってはすぐさま背嚢にしまい込む。

 写させようとする者も稀にはいた。

 そちらでも人だかりが激しい。

 この街に来る前に誰もが金は用意してある。

 安酒一杯で手に入るのなら――しかも長旅の末の本物の魔法使い、さらに妖艶で、服は露出が高い――ここで騒いでいたほうが得だとばかりに次々と地図を求めて酒を、料理を頼む。

 レニアもそんなに大食漢でもない。

 調子に乗って頼んでは味見して、周りに配っているというのが正しい。

 ちょっと手柄を上げた冒険者ならば同じようにテーブルに上がって、自分の冒険譚を語っては食事を振舞い酒を飲み交わす。

 地図。

 冒険者必須のアイテムの一つ。

「あと何か気を付けろって言ってなかったかい姉ちゃん」

「レニアよ。一杯頂戴」

「おう。すぐ持って来てくれ!」

 飲み干せばすぐに天国行きの濃い酒が木のカップで置かれる。

 そこは魔物だ。

 にやっと笑って見せ、一気に飲み干す。

 ごくごく鳴る喉が煽情的でしょ。

「ぷはぁ」

「姉ちゃん酔わねえのか? 魔法で消してるとか?」

「『酔い覚まし』ってのはあるけどね。もったいないじゃない。酔ってるわよちゃんと」

「で、気を付けろってのは?」

「なんだっけなー」

 本当に目が回って来た。

 火酒は魔物にさえ効く。

 店によって混ぜる薬草や木の実は違うけれどここのはかなり効く。

 ふわっとしているようで後で炎のように来る。

 いいねなかなか。

 なんだっけ。

 冒険者の群れを見渡す。

「あーそうそう。その地図の先はオークが居てね? 気を付けないとみんな死んじゃうよ?」

 顔がオークっぽい人が居たから思い出したのは内緒だ。

「デカイしカタイし簡単じゃないよ?」

 誰か今下ネタ言った。

「あんたらのじゃ比較になんないからねぇ」

 それより真面目な話、心配だから言っている。

 誰よりも先に大物をしとめようとするのが当たり前なんだけど。

 だからって死んでほしくはない。

 最初はゴブリンにしとこうね。

「そこまでは聞いた。地図だよ、地図が欲しい」

「調べながら行きなよ。急いで行ったっていいことないよ? 装備大丈夫?」

 いま地図を急かしたのは。

 鉾使いらしい。手入れは行き届いている。

 残念だけどそれで全滅なんかさせられない。

「金貨一枚でさあ」

 可哀そうになってきた。

「魔法の剣作ってあげようか? 鉾でも槍でもいいよ?」

 破格も破格、初歩の魔法アイテムだって金貨十枚。

 高級な剣なら百枚以上。

 上は千枚なんていうのもある。

「それよりもう一枚脱がねえか。肉なら頼む」

「だーめ。気が向いたらね」

 これ以上どこを脱げっていうのよ。

 魔装から二枚剥がしてる時点でもう出すトコないわよ。

「武器の話に割り込むんじゃねえよバカ野郎。金貨ならある。鑑定済みだぜ」

「……へえ。見せて。ちょっとかかるけどいい? その間飲んでてね」

 ばん、と脚の間に金貨が置かれる。

 『鑑定』してみた。

 混ぜ物はない。

「どのくらいかかる?」

「それ飲んでる間に作ってあげる。剣でいい?」

「おう」

 休む暇なんかなくて、まだまだ地図を渡すので精一杯だった。

 片手間でも出せる武器――召喚するか。

「レニアちゃんよ、やけに俺らに同情的ってか協力的ってか……」

「あっさり死んでなんかほしくないもん」

 真顔になった何人かがレニアに見蕩れたように静かに成る。

 そして先を争うようにレニアに言う。

「いつでも来てくれよな。奢るぜ」「いや俺がな」「このヒゲを覚えといてくれよ」

「へへ。ありがと」

 わざと遠くに座っているのは三人。

 ちょっと気に成る。

 三人は自信はありそうだった。

 森で狩り過ぎると居づらくはなる。

 そんなタイプか、人でごった返す狩り場が嫌になったのかな。

 『遠目』のモノクルを右目に付ける。

 一人は大騒ぎが嫌そう。

 一人は誰かに追われてるのかな。顔を隠してる。

 一人は分からないけど楽しそう。

 頭を読もうかと思ったけどここじゃね。

 新天地って聞けば誰でもわくわくする。

 そういうことかな。

 それにしてもここは一流店だ。

 レニアが好き放題していても睨むだけで邪魔はしない。

 笑っている子もいる。

 暇ならみんなで話していればいい。

 変に澄ましている店は好きじゃない。

 にぎやかで、騒がしくて、自由に。

 このレニアのように。

 ……みんな明日起きられるかな。大騒ぎは終わりそうにない。

 外で何かが爆発する音が響いた。

 建築の途中? じゃない。

 空で響いた。

 警報だ。

 ちゃんとそこまで作ってあるんだ。

「野盗が来たか!」

 今にも寝そうだった酔客さんたちが立ち上がる。

「よし、最初の手柄は俺様だぜ」

 人間離れした鉄の棍棒を振り回して、肉の塊みたいな人が店を飛び出して行く。

 筋骨隆々っていうんじゃなくて殆ど怪物だ。

「加勢する!」

「俺も混ぜろ。やつらからはぎ取ってやる」

 テーブルを飛び越えて鋭い目の剣士が走る。

「この店は俺らで守ってやるからな!」

 テーブルを踏み越えて鉾使いが続いた。

 この気概はやっぱり冒険者だ。

 真正面から盗賊団とでも戦えそう。

 気に成ったレニアも道へ飛び出す。

 そういえば金貨貰っちゃったな。

 明日何本か作っていくかな。魔剣。

――「魔法障壁もないのね。焼き払うのも……えっ」

 夜空高く飛んでいたサキュバスの羽根を火球が掠める。

 特大だった。まともに食らえば焼かれるのは自分だ。

 偵察役は気楽かと思っていたらそんな事はなかった。

「防御施設? こんな僻地に?」

 飛行もままならない。周囲に火球が湧いては正確に狙って来る。

「敵、一体。本当に来るんだ。びっくり。あたしも来たかいがあったってもんね」

 金の魔装を着た女が一人、そう呟いた。

 長い髪は金に輝く。

 壁の一面に逃げ惑うサキュバスが写っていた。

「会議所曰く。西の要害は全力で守れ、か。言わせただけだけどね」

 酒場の群れの中に一つ、黒い建物がある。

 目立った明かりもなく、存在感は無に等しい。

 金髪の女はそこに居た。

 会議所を焚きつけたおかげで予算はたっぷり。

 外観こそ地味だがそれは隠蔽の一環だ。

「酒場が自律防御するまでの拠点、街が要塞になるまでの防御を任ずる、ね。セフィが心配なだけかと思ったけど、ひと暴れできそうじゃない」

 サキュバスが逃げ惑う姿を革張りの椅子で眺める。

「超絶最新兵器。果て無き火球。稼働試験完了よ、女王様。どれだけ逃げ回れるかしらね」

 高等魔法の粋であり、同時に女王が作ったガラクタの一つだ。

 空中を見たらしい、建設作業に駆り出された魔法使い達もてんでに雷を、炎を投げかける。

 数日働きづめの怒りも込めて攻撃は熾烈を極めた。

「死ねっ」

「糞野郎ばっかりだぜ」

「金払え。眠らせろ!」

 八つ当たりだ。

「あら加勢も入っちゃったじゃない。逃げなくていいの? 下等妖魔ちゃん」

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