第16話 第十六章
――「さて次は……効率をさらに上げていきますか。レクシアさんの道のりは結構長いですからね」
地図を片手にセフィが悩んでいた。
「長いとは?」
レクシアは順調に魔法を学ぶ途上だと思っていた。
「魔法を極めていくにはレベル5は必要です。それに対して、言葉は悪いですがイートスさんはレベル3にして事実上、神を使えるようなものですから、」
「チート成功ですよねっ」
手柄のようにレニアが浮かれた声で言う。
「レニア。10年くらい凍結処理にされてみる?」
苦々しげなセフィの表情も声もセフィには届かないようだった。
「だったら蟲攻めがいいです。終わらない苦痛と快楽・・・」
神経を逆撫でしようが、日に何度かはテンションを上げないとならない体質でもあるのか。
「黙って青き心臓の魔法回路設計してなさい!」
「もう飽きたから、」
「それ以上続けて喋ると焼くわよ」
セフィの呆れた声に、レニアの発作? も収まった。
「やります!」
何を書いているのかは分からないノートをめくる。
「で、申し訳ないですけど、今後も少しレクシアさんを優先します」
セフィは小さな紙片を幾つも取り出すと、地図に当てはめる。
魔力の通り道のパターンで先を読む。
「シャドウ系はこっちね」
かつかつと広場の端まで歩くと、樹々が燃え上がった。
また直線で道を切り開くのだ。
「シャドウって、俺そのものじゃないか?」
「魔法で形作られたもの。それが獣の形、人の形を取る。シャドウはそういうものらしいです」
レクシアが高等魔法から原理を説明する。
高等魔法の使い手として不足はないように思える。
それでもセフィから見れば物足りないのだろう。
シャドウ。イートス自身の倒し方をこれから見ることになる。
光の剣であれば一撃だろう。
開けた道を抜けると陽が遮られるように暗さが増して行く。
魔が霧のように立ち込めていた。
重いような霧だ。
すぐに夕暮れのような闇に包まれる。
闇属性だ。当然こんな場所を選ぶだろう。
「湧き場を見つけるのに苦労しました……あ、もう召喚士でいいんですね」
「召喚士?」
聞き慣れない言葉だった。
「レクシアさんが全滅させれば分る事です。レベルの変動は認識そのものの変容です」
確かに魔そのものを感じる力が変わっている。
微かな匂いのようだったものが、今はまるで見えているかのように思える。
薄暗がりの向こうに広がっている草叢。
そこに強い魔法存在が居ることがわかる。
これがシャドウ、自分にも通じる、魔が形を取ったものなのか。
「どうぞ、レクシアさん」
セフィに促されるように、藪の向こうへとレクシアが脚を踏み入れた。
これからだ。これからが言って見ればレクシアが自分を屠る闘いになるのだ。
光が闇を突き刺す。蹂躙する。
藪越しでも薄く白く発光しているレクシアが見えた。影が取り囲んでいた。
数歩ステップバックし包囲からは逃れた。
レクシアが強く踏み出す。稲妻を伴って光が直線を描く。
一体が葬られたのだと分かる。
踏み出したレクシアがその位置から刺突を繰り出す。
瞬く間に合計四頭が屠られた。
はっ、と短い呼吸が合間に入る。
刺突の威力が高い。どれも正確に心臓を捉えている。
獣を真似た影は、心臓の位置まで真似たようだった。
「『光球』」
レクシアの身体を中心に光が広がり爆発する。
包囲しようとしていたシャドウウルフが粉砕され、あるいは必死に距離を開ける。
「『雷撃旋風』」
飛び上がったレクシアが群れの中央に着地する。
光と雷が渦を巻いて竜巻のように吹き上がった。
もうシャドウウルフは数えるほどしか残っていない。
イートスが正面から戦えばこの刺突、光球、雷撃旋風で葬られるのだろう。
あるいはもっと高位の魔法で。
光が闇の中で直線を描く。
ほどなく藪からレクシアが戻った。
「簡単でしたか」
少し驚いたようにセフィが言う。
「いえ、正確に心臓を狙うのが難しい上に敏捷性がこれまでとは全く違います。一体ずつ相手したのでは負けると考えました。その上での光球、雷撃旋風です」
「でも純粋な魔だけあって、魔力の収支はプラス。腰の魔液入れが熱いでしょう。おめでとうございます。漆黒です」
まともに道を切り開いていれば、こんな隠されたような場所には容易には突き当たらないだろう。
チート? そう言えばそうなる。
ひらっ、とレクシアの手に封筒が落ちる。
「ふふん。これは効率がいいわね」
すっ、と腰の魔液入れは透明に戻る。
「俺の魔液は持って帰って金にするか」
濃い魔液は同量の金以上の価値がある。
魔力そのものだからだ。
「また溜めるのは大変じゃないですか?」
気遣うようにレクシアが眉を寄せる。
「オーガでも粉々にすればすぐ紫にはなる」
破壊力だけならレクシアにそうは負けない。
ただし、今のレベルアップ前の話だ。
「え? 本当? 神と天使の助力」
封筒を開いたレクシアが飛び上がりそうな笑顔に成る。
そうだ。それでいい。
戦場で覚えた表情はいらない。
邪神など一撃だろう。
つくづくレクシアはイートスの上を行く。
「もう一人前ですね。レクシアさん。応用の仕方は教えますが、一人でもこの森を制覇できますよ」
「そ、そんな事ないです。イートス様のレベルも上げて下さい」
「……考えてあります。どう伸びるのか、私が干渉できるのか、考えなければなりませんが。ねえ、レニア」
すっかりただの地図専用書記官のフリでもしているようなレニアが、名を呼ばれて飛び上がりそうになる。
「きょ、今日の売り上げ計算してました。……飛んじゃった」
「ちゃんと記録を取るのね。ほら」
と、セフィが水晶球を渡す。
「思考記録に使うものです。会議所ではこれなしに議事は進行しません」
「あ、じゃ、頂きます」
セフィには必要以上に低姿勢だ。
ふざけているのか低姿勢なのか分からない。
レニアの懲罰は一手にセフィの権限で決められるというのに、だ。
頭を卑屈に下げてみせるあたりがダメだが。
「いやーこれ何に使おうかなあ。秘め事の記録にも使えますよね」
「レニアさん?」
苛ついたセフィがブーツの足先をこつこつと鳴らす。
「そんなこと考えてもいません!」
考えただろうが。
思っても居ない事でも喋れるのかお前は。
「あなたには紙とペンで充分ね」
「使います。使いますから!」
蜂が飛んできたのはその時だった。
かなり大型だった。
「シビレバチ?」
セフィが表情を変える。
「全員、逃げて。近くの休憩所まで全力疾走してください」
その言葉に追い立てられるように走った。
たかが蜂で? とは思った。
「これは明らかに山に住むものが召喚したものです。攻撃です」
しゅっ、と消えては足取りに合わせたようにセフィが現れる。
走るより跳んだほうが早いのは確かだ。
どれだけ魔力があるんだ。
大群が迫る。
走る速度では太刀打ちできないようだった。
「このセフィに蜂とは舐めたものね」
左手が群れに伸びる。
業火が噴き出した。
群れは右往左往しながら近づいて来る。
速度は緩んだ。
「これだけ集めて来るとは」
ぎり、と歯を噛み締める。
真剣なのは分かるが深刻さが理解出来ていない。
「やむを得ないわ。『転送』」
その言葉を聞いた瞬間に、目の前に川が見えた。
成すすべもなく清流に落ちる。
「顔を上げないで下さいねぇ」
レニアが川遊びをするように潜って見せる。
「息が続かないだろうが」
「ぷはっ。あの蜂から逃げるには、水中に身体を隠すか、薬草を身体に塗り込むかどちらかしか手がないんですよ」
すいーっとレニアが泳ぐ。
「後で薬草取りでもしましょうか」
「優雅に言ってるが何匹か来たぞ」
「大群じゃなきゃ、高等魔法になりますが『施術』の範囲ですよ。後で全身に薬草塗りたくってあげますからね」
「私がやります」
水に落ちて戸惑っていたらしいレクシアも、慣れた動きで川の流れに逆らって泳いでいた。
「薬草の取り方も形も知らないでしょう? へへへ」
確かに森の事はレニアに任せた方が良い。
信頼できないというだけだ。
「薬草なんか知らなくても『変性』をかければ水だって虫よけに変えられるわ」
レクシアが指で光の円陣を描く。
高等魔法が始まるらしいとだけ分った。
「一歩間違えれば猛毒ですよー」
「集中しているのよ私は! 邪魔をしないで」
意味の分からない言葉が続いた。
高等魔法の詠唱なのだろう。
「……出来た? 自分で実験してみるわ」
緑色の、ほのかに湯気を漂わせる液体がポーション入れの瓶に入っていた。
「痒くなっても知りませんよー」
「……毒だったらレニア、飲んでいいわよ」
そう言い放つレクシアには風格があった。
レベルもそろそろレニアと互角ではないかと思える。
水に濡れた白い髪を後ろに束ねると、薬を手の甲に塗ってしばらく待つ。
「痒みはないわ。『鑑定』でもこれは火吹き草の汁よ」
身体に塗ろうとした。
「そこにもうちょっと混ぜるのがコツなんですよ? ヤブレゴケ、キツネブドウ」
「……うるさいわね。じゃあ作ってらっしゃいよ」
「お安い御用です」
水から上がると、さっと岩陰までレニアが走った。
「うるさいったらないですね。イートス様」
レクシアが忌々しそうに溜息を吐く。
「……もう癖みたいなものだろう。詠唱の邪魔をしたのは怒っていい」
「当然です。もうセフィさんに言いつけます」
休憩所として使える広い地には川が流れ、背の低い木が陽光に照らされていた。
ここにも小屋を作るのだろう。そこまでして初めて正式な休憩所だ。
夜を過ごすためではない。あくまで昼間に治療や休憩の場とするためだ。
それにしても、と蜂が気に成る。
セフィが顔色を変えるほどだ。
ただの虫ではないのだろう。
魔物以外にも敵がいるのか。
ちょうど曲がり角になっている場所にセフィが立っていた。
虫を引き付けては焼き払っている。
「もう少しです! 注意を!」
叫んだ。
「あれには武器は通じませんね」
レクシアが困った顔になる。
「森を根城にしている連中が何をするかは全くわからない。戦略がわからない」
自分の経験が崩れていくような感覚。
それが魔法都市なのだとは何度も痛感している。
今さらだ。
闘い、生き抜くしか手はないのだ。
レニアが崖の上から器用に岩を伝って降りて来ていた。
「レニア! 危ないからどきなさい」
セフィが怒鳴る。
「炎に巻き込まないで貰えれば大丈夫です。これ、薬草ですよ」
瓶を振って見せた。
「じゃあまず自分に塗って! まだ制圧出来てないのよ」
くすっとレニアが笑う。
「そんな虫が怖いレニアじゃありません」
「じゃあ勝手に刺されて麻痺して死になさいね」
「身体を幼虫に食べられるまで十日はかかるでしょ?」
「いいから早く! 川に行って、二人に瓶を渡して」
「はいはーい」
駆け足でレニアが川に近づく。蜂が一匹、レニアの腕を刺した。
「あーもう。瓶、ここに置きますから取ってくださいね」
レニアは瓶を置くと、ナイフを取り出す。
にい、と笑うと自分の腕を切り裂いた。
軽くではない。大怪我だ。
噴き出す血にも慌てる様子はない。
「毒と幼虫の卵を出さないと食べられちゃいますからね」
見る間に傷口が塞がっていった。
「へへぇ。レニアもご主人様と同じなんですよ?」
イートスに微笑する。
「同じ?」
「人間じゃないんです。あ、やっぱり瓶持っていきます」
容赦なく頭から浴びせられる。
匂いは不快なほどではないが、青臭い草の香りがした。
これを水から作り出したレクシアの実力を思った。
もはや高等魔法の使い手だ。
「どれ。これで戦えるか」
剣を携えてセフィの元に走った。
「まだ危険……薬は全身に浴びましたか?」
「一瞬で全滅させる。水浴びで策が浮かんだ」
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