第15話 第十五章

――翌日はオーガの湧き場所まで急いで、昨日果たせなかった全滅を狙った。

 当然、レクシアの『ファイアバインド』が活躍する。

 炎の首輪が猛り狂うオーガを焼く。

 戦術的勝利はこちらにある。

 オーガには戦略性こそないが、戦術は心得ていた。

 数体で固まって突進し、その体躯で蹂躙しようとする。

 そして数体同時であれば脚を斬り飛ばすのも間に合わない。

 一体には背後を取られる。

 それも予期した上で体を入れ替え、振り返りざまに脚を斬り落とす。

 だが炎の首輪だけで敵の動きは制御出来た。

 レクシアの術に嵌まった者は何一つ出来ず大剣の餌食に成る。

「まだだ。こんな所で死ぬつもりはない」

 レクシアに追いつこうという思いが強い。焦ってはいた。

 だが戦闘時はそんなことは考えない。

 ただ敵と自分の動きを読み走り抜け斬る。

 衰えなどという言葉を口にする必要もない。

 たかがレベル1つ上がっただけで破壊的なまでに速度も力も上がった。

 全盛期でさえこれだけの動きはしなかった。

 体勢を立て直しながらでも横薙ぎにする剣で両足を斬れる。

 崩れ落ちる巨躯が地面に着く前に振り上げた剣が胴を垂直に斬る。

 剣の重さを利用して回転運動でまとめて斬る。

 ただの重いだけの肉だ。

 レクシアあっての動きなのは当為。

 自在だった。

 昼食前には全滅させた。

「これ以上となると巨人族くらいしか強敵はいません」

 セフィがいつもの黄色い非常食を齧る。気に入っているのだろう。

「もうレベルは3に成ると思います」

 セフィが予告する。ひらっ、と封筒が手の中に落ちて来る。

「ほら、ね」

 今日はセフィが上機嫌だった。レクシアは、

「良かったですね」

 と言うだけだが。

 セフィと昨晩合一していた。

 レクシアほどの鍛え上げられた身体ではないが、毎日でも急峻な坂を登る無駄のない細身だった。

 胸はどうかと言えばセフィの方が魔装でも明らかだが豊かだ。

 ベッドで向き合って、

「これが魔力の漏出です」

 と、白く果てしなく広がる翼のような光を見た。

 熱いものが常に翼から滴る。火傷をするかと思った。

 これでセフィの炎で傷つくことはない。

 レクシアもセフィとの合一は済ませていた。

 何があったかは知らない。

「どうせ休憩中ですし、確認したらどうですか?」

 セフィも興味深そうに封筒を見る。

「そうだな。これでレクシアに助けてもらうばかりでなくなればいいんだが」

「私はいつでも助力致します」

 レクシアの不機嫌は続きそうだった。

 レベル3。力はこれまでに比して十倍以上。

 総合的にこれまでと比して一騎当千。

 悪魔、邪神の助力。

「悪魔? 邪神?」

 思わず上げた声に、セフィが走り寄る。

「まさか。こんなこと……」

 ありえない。

 顔がそう語っていた。

「早すぎます。四大の支配はどこへ行ったんですか」

 そういう順らしい。

 火が、水が、風が、土が使えない。

 代わりに何かを飛ばして、悪魔と邪神。

 そういうことらしい。

「私の協力が必要ってことですね」

 まだ機嫌は直っていないのだろうが、レクシアが微笑した。

 底意地の悪いレクシアではない。

 共に戦っている間に通じるものはある。

 互いに持っていない力で補い合うのはいいが、邪神の使い方など想像も付かない。

「初めはエンチャントか、効果の限定的な支援を受けるのがいいでしょうね……」

 セフィが戸惑っていた。

 まともに呼び出したりしたら森が滅茶苦茶になるだろうことは想像できた。

 我を呼べ。頭のどこかから声が響く。

 いや、我を。

 妾を呼ぶがいい。

 いえ、わたくしこそが相応しい。

 貴様ら下級がおこがましい。俺をこそ永久の牢から召喚せよ。

 天に比して虫に等しい汝らが声を上げるのは児戯である。

 忙しい。

 一々聞いていられるか。

 百の声が千の声が響く。

「エンチャント、だな?」

 実際に呼び出すわけではない。魔法防御の円は必要ない。

 詠唱文が浮かんでくる。

「いと勇猛なる黒き魔人よ。我が剣に汝が怒りを宿らせよ。無数の敵に対峙しても耐えられる力を」

 剣を地に突き立てた。

 そこまでは意識することなく身体が動いた。

 耳を破る落雷の音の後、剣は禍々しさを増したように思えた。

 重さや使い勝手は変わらない。

「……あ、またオーガが湧きましたね」

 セフィが焼き尽くそうと手を伸ばした時だった。

 剣から黒い球体が飛んだ。

 オーガを包むほどに巨大化すると、球体は禍々しい鉄の檻に変わった。

 そして急速に収縮する。

 骨を砕く音を立てて鉄の檻はオーガを押し潰し消えた。

「遠隔、同時多数ですか?」

 セフィが驚いているのだから、邪神使いなどそうは居ないのだろう。

「そもそも、俺は剣にこんな力は求めていない……」

 剣が力を持つのは構わない。だが、魔人の力の一部を宿す呪具など求めていない。

 剣として強くなるのだと思っていた。

 慣れれば次第に――例えば契約を通じて――どう変化させるのか望むことも出来るのだろう。

 そうは思ったが。

 これでは戦いになる前に敵が全滅してしまう。

「まるで拷問具ね」

 セフィが呆れたように言う。

 押し潰されたオーガ。

 飛び散る血と骨。

「魔法属性ならいいんですけど……この先は物理攻撃無効の敵も増えますから」

 光と四大魔法、高等魔法を使いこなすレクシア。

 それに対して奇妙な能力ばかりが増えていく。

 道が分岐してしまったようにさえ感じる。

「イートス様。これまでと何も変わりません。少しばかり作戦が変わるだけです」

 流石に顔色を見たのかレクシアがフォローするように言った。

「まず私が突っ込みます。イートス様は援護射撃を。弓兵だと思えばよろしいのです。そしてイートス様も前線に復帰。いかがでしょう」

「……作戦の幅が広がったと思えばいいか」

 レクシア。

 策士に成ったな。

 地に落ちた思いが一つの指示で光を帯びる。

 そうだ。

 力をつけたな。レクシア。

「幸い、その剣の力は闇ではなく悪魔、邪神ですから」

 何が違うのかはともかく、これでいい。

 そういう意味だろう? レクシア。

「合一が切れたりはしないのか?」

 念のためにセフィに尋ねた。

「そう思いますが、悪しきものの力ですから光とは相性が悪いのは確かです。お気をつけて」

「こうやって引き裂かれていく魔法的運命……うふふ」

 レニアがうっとりと虚空を見ていた。

「素晴らしいわ。私」

 うふふじゃない。

 殺すぞ。

 軽口も言えるようには成った。

 魔法が自分を解放するとは思ってもいなかった。

「無駄口は叩くなと言っただろう」

 言うだけ徒労と言うものだろうが。

「これも計画のうちだというのなら、檻にぶち込んで砕いてやる」

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