第14話 第十四章

 古い記憶に流されてはならない。

 ここでは命は差し出すものではなく自分で守るものだ。

 さらに会議所が守る。

 帝国の戦士としての自分。

 魔法剣士かつ冒険者としての自分。

 魔法都市の掟に従えば、森であれどこであれ殺人は許されない。

 私闘あり、会議所への仲裁依頼ありで処分が決まる。

 次の強敵までセフィが案内する間、ゾンビの話は誰もしない。

 無かったことにするのではない。

 「永劫の苦を彼の地で味合わぬ事をどうか幸せとして下さい」

 セフィはそう唱えながら真っ赤な魔晶を拾った。

 散らばった赤い魔晶は他のものと分け、森で死んだ者の家族に贈る。

 セフィの言だ。

 まだ絶叫と泣き声に満ちた頭を切り替える。

 冒険者としての自分に――戻る。

 戻るという感覚が強くなってきていた。

 自分の新しい力を見ることでも再認識させられることに成る。

 レクシアも、かつての力をはるかに上回っていた。

 綺麗に切り取られた道の先で、セフィが

「次はこの辺りでしょうか」

 と開けた土地を示す。

 トロルの群れ。巨躯というのではなく、巨人族のようにスケールが全く違う。

「普通の――チートなしの道のりも辿ってみようと思ったので」

 そうセフィが言った。

 心臓を一突きとはいかない。戦術を練る。

 太く長い脚。一撃で斬れるか。

 幸い俊敏ではない。棍棒を振るう時は恐ろしい勢いになるが。

 脚を切り払い、倒れたものの心臓を突く。一体目はそう倒した。

 手数がかかるのは仕方がないか、と諦めた時だった。

 手を出しかねていたレクシアが狙いを定めるように巨体を睨む。

「『光の槍』!」叫んだ次の瞬間には、トロルの胸を貫く光が伸びていた。

 その先端からレクシアがふわり、と着地する。身体ごと跳んだようには見えなかった。

 光そのものに成り、刺突を繰り出した。

 魔力は消費するようだったが、巨体から得られる紫の光、魔力はそれを補って余りある量だ。

 光の竜巻といい、光の槍といい、日々レクシアが魔法を手に入れて行く。

 これが正統派の魔法剣士――魔法剣姫なのだろう。

 ならば。闇を見せよう。怒りを解き放ち、左手をトロルの胸に伸ばす。

 渦を巻いた触手が、鋭く胸を貫いた。

 闇ならば闇の力を伸ばして行かなければならない。

「お見事です! ご主人様」

 存在感がここ数日薄いレニアが拍手する。

「石拾いばかり任せているが、いいのか?」

「元々その積りでしたし、いま、あの、青の心臓の設計中なんで……」

「お前が、か」

 不安しかない。

「チェックは全てセフィさんがしていますから」

 全く安心できない。

「どうぞご心配なく!」

「心配だよ! 余計なもの付け足してないだろうな」

「い、いいえ、全然。アイデアはあるんですけどね」

「いらない。忘れろ」

 余計な事を言い出す前に追いやった。

 魔法の原理に思考が戻る。

 レクシアも思い付きでやっているわけではないだろう。

 組み合わせ、増幅、集中、そうした試行錯誤の中で次の技を考えている筈だ。

――闇魔法を行使している間は光魔法使いとは合一が切れる――

 これだけは気を付けなければならない。

 今は圧倒的なレクシアの魔力を受けて、実質の体力も筋力も増やしているのだ。

 何気なく、セフィを見ていた。

 闇を酷使しようと、セフィの力が有れば魔力は余りあるだろう。

 この戦場で頼むことではないが、夕食後にでも合一を頼むことにした。

 まだ魔力が足りないのだ。

 自分の力だけではトロルの足を斬り落とすのさえ全力で行かなければならない。

 疲労がまるで違う。

 セフィの力がどれだけ絶大なのかはわからない。

 が、今でさえ漲る力が増えるのは間違いないだろう。

――「思ったより早かったですね」

 セフィが昼食を齧る。また黄色の簡易食だ。

「レクシアの活躍だよ。闇魔法の使いどころがまだ分からない。合一が切れるのも心配でね」

「……そんな、気にしないで下さい」

 レクシアが口を尖らせる。

「魔力も貰ってばかりだ」

「もうレベル3ですから。お伺いしたところでは、レベル2の千人と伍する力があるらしいです。どこまで本当かはわかりませんが」

 口調が穏やかだ。

 昨日今日と酷いことが続いた。

 気を使ってくれているのかも知れない。

「俺は力を貰ってばかりだ。一桁や二桁、魔力が違ってても不思議じゃない。早くレベル3を目指すよ」

 二人とも魔液の色は濃い紫に変わっている。

 レベル上昇後には透明に戻っていたのに、一日で紫まで来た。

 ガイドに徹しているセフィが案内する場所も適切なんだろう。

『森の悪意』は偏っているように思えた。

 オークの時のように、重武装のトロルが出て来るわけでもない。

 初心者から中級者が挑むオークに注力し過ぎだ。

 だがこれも策の一つかも知れない。油断させておいて、さらに奥で全滅させる。

 幾ら時間的に余裕を持っていても、囲まれてしまえば大幅に時間をロスする。

 一人の冒険者として、どうするか。

 そうそう辿り着くことがないというレベル3に挑むべきか。

 まだ陽は高い。

「魔法抵抗力が高ければ、次はリャナンシーに挑むところなんですが……」

 とセフィがイートスの左手を見る。

「闇に引き込まれやすい、共振しやすい場所でもあるんです」

 この先の道は明確に属性で分岐する。

 セフィとしては闇を選びたくは無かった。

 まだ心を侵す敵に十全の対策があるわけではない。

「扱い方はサキュバスだと思っていいんだな」

「ま、まあ。より人に近いですけどね。森の奥に行くにつれて、高等な知性を持ち人に近いものが現れます。そう、今の内に化け物の代表格、オーガを狩っておきますか」

 闇は当面回避する。セフィはそう決めていた。

 単に強い敵。

 それでレベルを稼ごう。

「任せるよ」

 実際、イートスは任せるしかないし任せて間違いだと思う事もない。

 セフィの考えでは今日は暴れ回るのに適した相手。

 明日からは多少の知略が必要。

 単に強いだけの敵でも、イートス、レクシア二人の能力を引き出すには役立つ。

――凶暴さではオーガは抜きんでていた。

 刃かと思う歯が腕を掠める。

 まず、食餌が人の肉体そのものだという所が恐怖を感じさせる。

 隙さえあれば手足に噛みつき、あるいはもぎ取ろうとする。

 食人鬼。

 丸ごと奪われた手足まではポーションでは治らない。

 治療もそうだ。

 そして巨躯にしては速度が速い。

 一体一体に隙がない。

 同時に数体に目を配らなければ確実に喰われる。

「ハイポーションの準備はありますが……」

 セフィも不安げだった。

 鋭利な包丁のような得物と鋭い爪、歯。全身が武器のように感じる。

「接近戦向きではありませんね」

 巨大なだけのトロルとはまるで違う。

 レクシアが敵の列から離れる。

 醜怪な肉の塊。不意を打つ動き。

「四大を使います」

 地精、水精、火精、風精。

 魔装で酷使しているが魔法として使うのは初めてに近い。

「『ファイアバインド』」。

 そうレクシアが詠唱する。

 オーガの首に、燃え盛る炎が首輪のように巻き付き、肉を焦がしていた。

「これで接近戦でも倒せます。イートス様、お任せします」

「サポートまで有難う。倒して見せる」

 視界を奪われているらしいオーガを、慣れた戦術、脚を斬り胴を切り開く動きで倒していく。

 頭から炎を上げ、そのまま焦げて絶命するものも居る。

 外れない火の首輪。

 並みの痛覚があれば戦うどころではないだろう。

 腰の魔液が黒みを帯びて来るのが分る。

 これだけの大型を斬り続けているのだ。

 レクシアの助力――むしろ主力だが――が無ければ肉片の一つも齧り取られている。

「全滅は狙わないでください。そろそろ時間です」

 セフィの声が響いた。

 力は出し切っていなかったが、帰途につく。

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